富士山の東側には丹沢山系が横たわっています。東京から西の方を見るとこの丹沢の山並みの向うに残雪を頂いた富士の峰が見えます。この丹沢山系の麓に宮ケ瀬湖というダム湖があり、神奈川県の水源の一つになっています。
宮ケ瀬湖には二つの広大な公園があります。ダムの下の公園と、湖のさらに上に広がる風景の良い公園です。
昨日は午前中から出かけて湖の上に広がる公園を大きく歩いて一周して来ました。
歩いたりランニングしたり、あるいは野外音楽会をしたりして楽しめるように広い芝生が青々としています。下の方にはダム湖を周遊する遊覧船も見えます。
その上、公園には小さな湖や小川が作ってあり散策だけでなくカヌー遊びも出来ます。巨大な噴水も水柱を高く上げています。
そしてそれらの広大な公園の上に遊歩のための巨大な吊り橋がかかっているのです。
異常に元気な家内が吊り橋に上り、公園の上を横断し、下りて来ました。
そんな広い公園の様子を5枚の写真で示します。
私はこの公園の小さな湖の周りを悠々と歩いていました。
昨日は梅雨空で暗い雲が覆っていました。憂鬱な感じです。しかしホトトギスが良い声でしきりに啼いています。この声が周囲の森に木霊して、何とも言えない詩の世界作っているのです。そこで歩きながら「梅雨」を主題にした詩のことを考えていました。
ところが、あまり思いあたりません。
帰宅後少し調べたら杜甫の「梅雨」という漢詩を見つけました。梅雨は揚子江地方にもあって唐の時代から憂鬱な季節だったのです。趣の深い漢詩なので以下に解説もつけてご紹介いたします。以下の出典は、http://nigai-hanyu.at.webry.info/201106/article_9.html です。
以下に転載しました解説は明快です。それを丁寧に読むと私も杜甫の梅雨の不快感や憂鬱さが乗り移って来るようで不思議な気分になります。なお蛟龍とは水の中に棲んでいる龍の一種でしょう。
「梅雨」 杜甫
南京西浦の道
四月黄梅熟す
湛湛として長江去り
冥冥として細雨來たる
茅茨疏にして溼(うるお)い易く
雲霧密にして開き難し
竟日(きょうじつ)蛟龍喜び
盤渦(ばんか)岸と迴(めぐ)る
ここでの南京は現在の南京(Nánjīng)ではありません。玄宗皇帝が蜀に行幸してから現在の成都(Chéngdū)をこの時「南京」と言っていたようです。長江という語があるので惑わされそうですが。
「西浦」のところは「犀浦」としているテキストもあるようです。杜甫が草堂を建てたところです。いずれにしても杜甫のいた地域を表します。
「湛湛」とは水流の激しい様などを表すようですが、長江を満たすほどの雨を言うのでしょう。
「去る」は今いるところから別のところへと離れていくこと。つまり現代中国語で使う「去(qù)」です。川の流れには付き物の語です。その次の句の「来(lái)」と対になっています。
「冥冥」は真っ暗な様ですね。雨雲の様子を表しています。以下は省略します。
かやぶきの屋根は湿りやすい。それに対して雨雲といえばみっちりとしていて開いて晴れ間を見せることもない。梅雨時の不快感を言っています。杜甫の言葉によく共感できます。
一日中蛟竜が喜ぶ。「蛟龍」は「みずち」と言います。水によって勢いを得る様子が「喜ぶ」なのでしょう。流れでできた「うず」と一緒になって蛟竜が回っている。なんとなく流れるプールを連想します。
雨雲の様子は「難開」と表現していますね。暗くたちこめた雲は閉塞感を表していると思います。一方そんな状況を喜ぶ蛟竜。勢いを得た人達への羨望でしょうか。
ふさがっているときは力をためるとき。ときがきたら一気に突き進んでいけますよ。
原詩は以下の通りです。
梅雨(Méiyǔ) 杜甫(Dù Fǔ)
南京西浦道(Nánjīng xī pǔ dào)
四月熟黄梅(sìyuè shú huángméi)
湛湛長江去(zhànzhàn chángjiāng qù)
冥冥細雨來(míngmíng xìyǔ lái)
茅茨疏易溼(máocí shū yì shī)
雲霧密難開(yúnwù mì nán kāi)
竟日蛟龍喜(jìngrì jiāolóng xǐ)
盤渦與岸迴(pánwō yú àn huí)
詩の後にローマ字と四声のしるしが付いています。四声を無視してローマ字読みにしてみると中国語の響きが何となく分かります。漢詩は解説を根気よく読むと味わいの深いものですね。
それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈りいたします。後藤和弘(藤山杜人)
宮ケ瀬湖には二つの広大な公園があります。ダムの下の公園と、湖のさらに上に広がる風景の良い公園です。
昨日は午前中から出かけて湖の上に広がる公園を大きく歩いて一周して来ました。
歩いたりランニングしたり、あるいは野外音楽会をしたりして楽しめるように広い芝生が青々としています。下の方にはダム湖を周遊する遊覧船も見えます。
その上、公園には小さな湖や小川が作ってあり散策だけでなくカヌー遊びも出来ます。巨大な噴水も水柱を高く上げています。
そしてそれらの広大な公園の上に遊歩のための巨大な吊り橋がかかっているのです。
異常に元気な家内が吊り橋に上り、公園の上を横断し、下りて来ました。
そんな広い公園の様子を5枚の写真で示します。
私はこの公園の小さな湖の周りを悠々と歩いていました。
昨日は梅雨空で暗い雲が覆っていました。憂鬱な感じです。しかしホトトギスが良い声でしきりに啼いています。この声が周囲の森に木霊して、何とも言えない詩の世界作っているのです。そこで歩きながら「梅雨」を主題にした詩のことを考えていました。
ところが、あまり思いあたりません。
帰宅後少し調べたら杜甫の「梅雨」という漢詩を見つけました。梅雨は揚子江地方にもあって唐の時代から憂鬱な季節だったのです。趣の深い漢詩なので以下に解説もつけてご紹介いたします。以下の出典は、http://nigai-hanyu.at.webry.info/201106/article_9.html です。
以下に転載しました解説は明快です。それを丁寧に読むと私も杜甫の梅雨の不快感や憂鬱さが乗り移って来るようで不思議な気分になります。なお蛟龍とは水の中に棲んでいる龍の一種でしょう。
「梅雨」 杜甫
南京西浦の道
四月黄梅熟す
湛湛として長江去り
冥冥として細雨來たる
茅茨疏にして溼(うるお)い易く
雲霧密にして開き難し
竟日(きょうじつ)蛟龍喜び
盤渦(ばんか)岸と迴(めぐ)る
ここでの南京は現在の南京(Nánjīng)ではありません。玄宗皇帝が蜀に行幸してから現在の成都(Chéngdū)をこの時「南京」と言っていたようです。長江という語があるので惑わされそうですが。
「西浦」のところは「犀浦」としているテキストもあるようです。杜甫が草堂を建てたところです。いずれにしても杜甫のいた地域を表します。
「湛湛」とは水流の激しい様などを表すようですが、長江を満たすほどの雨を言うのでしょう。
「去る」は今いるところから別のところへと離れていくこと。つまり現代中国語で使う「去(qù)」です。川の流れには付き物の語です。その次の句の「来(lái)」と対になっています。
「冥冥」は真っ暗な様ですね。雨雲の様子を表しています。以下は省略します。
かやぶきの屋根は湿りやすい。それに対して雨雲といえばみっちりとしていて開いて晴れ間を見せることもない。梅雨時の不快感を言っています。杜甫の言葉によく共感できます。
一日中蛟竜が喜ぶ。「蛟龍」は「みずち」と言います。水によって勢いを得る様子が「喜ぶ」なのでしょう。流れでできた「うず」と一緒になって蛟竜が回っている。なんとなく流れるプールを連想します。
雨雲の様子は「難開」と表現していますね。暗くたちこめた雲は閉塞感を表していると思います。一方そんな状況を喜ぶ蛟竜。勢いを得た人達への羨望でしょうか。
ふさがっているときは力をためるとき。ときがきたら一気に突き進んでいけますよ。
原詩は以下の通りです。
梅雨(Méiyǔ) 杜甫(Dù Fǔ)
南京西浦道(Nánjīng xī pǔ dào)
四月熟黄梅(sìyuè shú huángméi)
湛湛長江去(zhànzhàn chángjiāng qù)
冥冥細雨來(míngmíng xìyǔ lái)
茅茨疏易溼(máocí shū yì shī)
雲霧密難開(yúnwù mì nán kāi)
竟日蛟龍喜(jìngrì jiāolóng xǐ)
盤渦與岸迴(pánwō yú àn huí)
詩の後にローマ字と四声のしるしが付いています。四声を無視してローマ字読みにしてみると中国語の響きが何となく分かります。漢詩は解説を根気よく読むと味わいの深いものですね。
それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈りいたします。後藤和弘(藤山杜人)