後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

「何故イエスは馬小屋で生まれる羽目になったのか?」

2021年12月25日 | 日記・エッセイ・コラム
昨日はクリスマス・イブの夜半のミサに行きました。
考えてみるとキリスト教は不思議な宗教です。新約聖書に不思議なことが沢山書いてあります。しかし実際に起きた事実も記録されています。一例はイエスが馬小屋で生まれた事実です。何故こんな羽目になったのでしょうか?
当時の中近東の政治情勢を考えると、「成程、そういう理由か!」と納得します。
簡単に当時の中近東の政治情勢を書きます。当時その地方はローマ帝国の領土でローマから派遣された提督が治めていました。しかし中近東にはいろいろな民族がいて幾つかの王国がありました。イエスの父母のヨゼフとマリアが住んでいたナザレはヘロデ王が治めていました。彼はローマから来た提督に恭順を誓いローマ人の提督の下でユダヤの王としての地位を保ったのです。
すなわち当時の中近東はローマ人の提督と土着の王の二重権力に支配されていたのです。
こんな情勢の中でローマ皇帝は「全領土の住民は出身地の役所に登録せよ」という勅令を出したのです。全領土の住民の戸籍を作ろうとしたのです。
大工のヨゼフとマリアはナザレに住んでいましたが出身地はベツレヘムです。急遽ベツレヘムへ行きます。ところが急に出身地に帰った人々で旅籠は全て満員です。ヨゼフとマリアには泊る旅籠はありません。仕方なく町はずれの馬屋に泊ったのです。そこは馬の体温で暖かく心地良い場所でした。マリアはそこでイエスを生んだのです。そして飼葉桶に藁を敷いてイエスを寝かせたのです。
これがイエスが馬小屋で生まれる羽目になったいきさつです。何故か臨場感ある描写ではありませんか。なるほどと納得します。

上記の出来事をルカの福音書 2:1-14は次のように書いています。
 ・・・そのころ、皇帝アウグストが全ローマ帝国の住民登録をせよと命じました。 2 これは、クレニオがシリヤの総督だった時に行われた最初の住民登録でした。 3 登録のため、国中の者がそれぞれ先祖の故郷へ帰りました。 4 ヨセフは王家の血筋だったので、ガリラヤ地方のナザレから、ダビデ王の出身地ユダヤのベツレヘムまで行かなければなりません。 5 婚約者のマリヤも連れて行きましたが、この時にはもう、マリヤのお腹は目立つほどになっていました。 6 そして、ベツレヘムにいる間に、 7 マリヤは初めての子を産みました。男の子です。彼女はその子を布でくるみ、飼葉おけに寝かせました。宿屋が満員で、泊めてもらえなかったからです。
8 その夜、町はずれの野原では、羊飼いが数人、羊の番をしていました。 9 そこへ突然、天使が現れ、主の栄光があたり一面をさっと照らしたのです。これを見た羊飼いたちは恐ろしさのあまり震え上がりました。 10 天使は言いました。「こわがることはありません。これまで聞いたこともない、すばらしい出来事を知らせてあげましょう。すべての人への喜びの知らせです。 11 今夜、ダビデの町(ベツレヘム)で救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。 12 布にくるまれ、飼葉おけに寝かされている幼子、それが目じるしです。」 13 するとたちまち、さらに大ぜいの天使たちが現れ、神をほめたたえました。
14 「天では、神に栄光があるように。
地上では、平和が、
神に喜ばれる人々にあるように。」

今日は何故イエスは馬小屋で生まれる羽目になった経緯を説明しました。
今日の挿絵代わりの写真は国宝の大浦天主堂の写真です。出典は、

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)