「事例は要するに、池で飼育しているコイをEがFに売ったが、Fの受領遅滞で受領されない間にコイの値段が下がった。Eは売買契約を解除できるか、かつ損害としてどこまで請求できるかという問題です。
解除できるかどうかというのは、受領遅滞による解除が認められるかという典型論点なはずですが、いかんせん勉強し直した範囲でなく、20年近く前の受験生時代の知識が蘇りません。条文を改めて読み直す限り明確に解除可能とは書いていないようなので、あとは自力で考えるしかありません。受領遅滞に直ちに解除までの効果を認めていいかは疑問でしょうし、多分本件のコイのように引渡しの準備や保管に格別な手間や費用がかかる場合は売買契約の内容として買主側が約定の引渡し時において受領する義務があると構成することが可能のように思われ(なにより、諸事情からこういう義務があると認定するといかにも点数がもらえそうな気がするので)、一般論として受領遅滞による解除は否定して、本件では受領義務があり債務不履行解除ができるとやるのが穏当と考えました。」
解除できるかどうかというのは、受領遅滞による解除が認められるかという典型論点なはずですが、いかんせん勉強し直した範囲でなく、20年近く前の受験生時代の知識が蘇りません。条文を改めて読み直す限り明確に解除可能とは書いていないようなので、あとは自力で考えるしかありません。受領遅滞に直ちに解除までの効果を認めていいかは疑問でしょうし、多分本件のコイのように引渡しの準備や保管に格別な手間や費用がかかる場合は売買契約の内容として買主側が約定の引渡し時において受領する義務があると構成することが可能のように思われ(なにより、諸事情からこういう義務があると認定するといかにも点数がもらえそうな気がするので)、一般論として受領遅滞による解除は否定して、本件では受領義務があり債務不履行解除ができるとやるのが穏当と考えました。」
「債権者に『受領義務』を認むべきか否か」というのは、珍しく我妻先生が少数説(債務不履行説)に立つ著名な論点である。
(ちなみに、「新訂 債権総論」には以下の記述がある。
「受領遅滞についての法制を一歩進めて、債権者は受領義務あるものとし、その根拠を債権法を支配する信義則ーー債権をもって、当該債権を発生させる社会的目的の達成を共同目的とする一個の法律関係に包容されるものであり、両当事者信義則を規準として給付の実現に協力すべきものであるという理論ーーに求めることも許されるであろう。」(p238))
この問題では、当然、この論点に対するスタンス(多くの受験生は通説である「法定責任説」に立つ旨)を最初に明確にすべきなのだろう。
私見では、「法定責任説」に立った上で、本件事案の事実関係を丁寧に拾い、本件契約の解釈として、「例外的に受領義務が認められる場合に当たる」と論証すると高得点が取れそうな気がする。
もっとも、この論証はそんなに簡単ではない。
「法定責任説の論拠は、①債権は権利であって義務ではないこと、②立法の趣旨(『民法修正案理由書』は遅滞に「過失」を要しない主義を採用した旨明言する)、③結果の不当性(受領義務を認めると、たとえば不適任の家庭教師の教育は、委任自体を解除しないかぎりこれを受領しなくてはならない)」、④比較法的支持(受領遅滞を認めたドイツ民法(フランス民法には規定がない)では受領義務はなく、過失を要件としない)等にあり、(以下略)」(p174)
論証する際、”不適任の家庭教師”の例を用いるかどうかは悩ましいところだが、分かりやすい例で参考になる。
これに対し、「債務不履行責任説」ではどう論証するか?
(ちなみに、私もこの事案だと受領義務が成立しそうなので、債務不履行責任説を採用しても失点にはならないと思う。)
①規定の位置(債務不履行の態様と並べ、その一態様としたこと)、②信義則、③弁済の提供と効果が同じだとすれば条文の意味が失われてしまい不合理であること、などが根拠として挙げられているが、私見では、論証の最後に我妻先生直伝のフレーズを付け加えたい。
それは、
「債務の履行における債権者と債務者は、”省線のドア”の関係にある」
というもの(平井先生によれば、我妻先生は、講義の際、このように説明していたそうである。)。
「省線」というのは現在のJRであり、2つのドアが開閉する方式は今も昔も変わりなく、これが「債権者と債務者」のあるべき姿を示しているというのである(要するに、「信義則」である。)。
「給付の実現のためには、恰も電車のドアの如く、債権者・債務者双方の協力が求められるのである」
なんて風に、誰か使ってみてくれないだろうか?