前の住まいでは、様々な何物かに追いつめられ占拠され、制作に用いるスペースは最後の何年かは実に僅かであった。引っ越しの片付け中に思わず「翼よあれが床だ!」と呟いてしまったくらいである。作業机の端に制作用のロクロ、そこで人形を制作しては、窓二方向からの光で撮影し、椅子の向きをクルリと変えモニターに向かい、データ作業。まるで〝地獄の寝床〟と呼ばれた、まず最初に狙われる爆撃機の下にある機銃砲手の銃座が如き有り様であった。ところがである。その狭苦しさ作業効率の悪さはともかく、落ち着くのである。私のような渡世では、作業効率などという概念は有って無きが物でありしばしば無視される。(私だけか?)そこで次の住まいでは、最初から地獄の寝床を想定し、そこに挟まるようにして制作に励もうと考えた。 まずは窓辺に両側に引き出しのある文机、スペースをわざわざ狭めるように左に本棚。右側には肘を乗せる脇息。まだ出すには早いが、私と本棚の間のスペースを埋めるように火鉢に鉄瓶が置かれる事であろう。乱歩の『人間椅子』の男は椅子の中に水筒や乾パン、ある目的のため、としか書かれていないが、排尿装置まで備えていた。さぞや楽しかろう。私と言えば、後は膝の上に美しい閨秀作家を、いや制作に向かう準備は整いつつある、というところである。
【タウン誌深川】〝明日出来ること今日はせずは7回『引っ越し』