半僧坊の胴体、やり直すことにした。写真作品の完成形をイメージして造形する訳だが、本来見せるべきは表情で、いつもと違って、プラス天狗状の高い鼻という要素がある。さらに杖や刀印を結ぶ手、など要素が多い。もう少しポイントをはっきりさせたい。ここのところ、前向いて坐禅している人ばかり作っていたので、久しぶりに勝手が違った。というのは頭で分析したことであり。 霊力、神通力を発しているといえば、巨大な赤鯉に乗って飛び出す琴高仙人、吉兆ものの三本脚の蛙を肩にした蝦蟇仙人、己の分身、魂を口から吐き出す鉄拐仙人を作ったが、それらの物を制作して、本来味わうはずの快感を感じない。これはおかしい、と我に帰る。考えてみると、写るところしか作らない場合、ここからしか撮らない、とイメージをはっきり持って作っていた。一カットのためだけに作っていたのは、それなりにメリットもあった、と今更ながら。
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