「人という字は 人間同士が互いに支え合って人という字になるのです」と、金八先生がばらまいたおかげで、すっかり”人”という字がそういった成り立ちから来たという事に
になってしまったわけですが、これが結構頭痛(フルに自分一人だけですが)。
*この番組は初めこそおかしな思想も特別に無く、ある意味優良番組でもあったのですが、一時期ToS系お得意の左翼思想をそこいら中にちりばめた異様なドラマになってしまったことがあって、
ウンザリしたことが何度もありました。
特に給食費滞納をテーマとした時のシリーズ等は、そのバカさ加減に吐き気すら覚えた。
まあ、ねつ造が常の ○BSですから、原作者?脚本家?におかしな圧力でもかけたのか知りませんが、それがなければ本当に良かったのですがね・・・
一億洗脳計画でも画策してたんでしょうかね? 毎○は。
そういえば、毎○新聞の 発行比率は他社新聞との比較においてすでにメディアとしては終了しており、なんで発行しているのか分りませんね~ 恥さらしというか・・・・
さて、そんなどうでもいいメディアの事は放っておいて、本来は人の歩く姿をそのまま文字にしたのがこの人という字。
故に人は右方向を向いており、グラフなどの時間を表す目盛りのように未来へと歩み続ける文字となっている。
人と似た文字に入るというのがあるが、金八先生は人とほぼ同じ形をした入るという文字をどうやって生徒に説明するのだろうか(笑)
入るは、歌舞伎の上手 下手からくるもので、上手から下手へ、太陽の動きと同じく東から西へ”入る”方向を向いている。
人の歩く姿と方向で”人”と”入”るを分けているともいえ、どちらにしても前を向いて歩むことを意味している。
そういえば、同じく金八先生のドラマで、死という文字の上に生という文字を書いて、命と死を教えていたけれど、これそのものはさほど間違いではないが、
人の命という点から考えると、生と同時に”成”も教えねば不十分であると僕は思う。
何故なら生は単なる草木の成長が基になっており、成は人そのものの成長だからだ。
番組のなかでも、生は草木が育って生い茂る姿を現していると説明しており、これは本来、生まれてくるという意味ではなく、単に育つという意味に比重が高い。
しかし、成は ”うまれる” という意味を含んだ物で、同時に一つの事が成就することそのものを意味するけれど、これそのものがそれを境に新たに歩み出すという意味も兼ねている。
多分に、且つ極めて人間的な文字で、本来なら金八先生はこれをもって 命を語らねばならないと思うのだが、番組ではそれが欠けていましたよね~。
そんでもって、なぜ人間的なのか?ですが、成という文字そのものが、”戊”と”丁”、そして”水”の組み合わせ文字で、
”、”」は水であり、生命の泉そのもの。
水は、昔の中国の古い物質論である陰陽五行説(古い思想?ん?考え方?ですね~)であるところの、胎内とそこで発生する命の霊的な意味を持ち季節は冬を表す。
”戊”は同様に 土性の陽 を指し示し、方位では中央であって”季節の変わり目”の象徴。
時刻としては五時前後くらいで朝と夜の間、この字は茂に通じていることから、植物が絶頂期であるという意味も持つし、万物を育て慈しむという意味も持つ。
”丁”は火性の陰、そしてこの文字そのものは何かを固定するという意味を持つ。
同時に植物が絶頂期に達するまでの”発芽から絶頂期の少し前(安定)”という意味を持って、夏の意味合いもある。
戊と丁の関係は五行相生(これまた古い・・・(笑))で、 火は土を生じ 土は金を生じるわけで。
その金が水を生じ、 更には水が木を生じさせ、それがさらに火につながり、永遠に繰り返すループとなっている。
ちなみに、成という文字に含まれていないのは金と木で、人は鉱物ではなく植物でもなく、この二つは人を表すに馴染まない、地中に埋もれ、地に固定される物だからだ。
故に、成という文字は、火と、土、水の三つを人の特徴と要素にしたうえで人間のもつ最大の特徴を象徴し、それは火を使いこなし、水と土から産する植物と生物のタンパク質を
摂取して命を保っている人間の姿そのものでもある。 うんうん
上記の意味を 成という文字は持つわけですが(訳分らないかもしれず、すいません 参考にしてもらいたい URL は、http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%B0%E9%99%BD%E4%BA%94%E8%A1%8C%E6%80%9D%E6%83%B3)、全体としては十分に成熟し、生まれ出ることそのものであって、これが出産と始まりを意味している。
まとめるとに、この世に生を受け、死に至る全ての時間のあらゆる生命の成長(繰り返し)そのものを表しているということです。
例えるなら、成人式は 人が命をうけて成長し、20歳をもって新たな人生を歩み始める新たな出発点、という意味で、成人は熟して一番輝いている時をも表しているという事です。
完成、成長、等々の成がついた言葉は全てその先がある。
さて、この文字にとても強く関連している文字があるのですが、それが死という字。
文字の形だけをそのまま見ると、成という字にあった”、” すなわち水はー(大地)の下の土中へ没し、夕という文字を形成。
朝に紅顔ありて夕べに白骨と化す、という教文の一言にある言葉そのものにあるように、命の終演。
命の絶頂期そのものである、成に通ずる ”戊”の字が変形し ー(大地)の上に飛び出てた生命は失われ、水(方位は北)も上に書いたとおり土中に固定され流れが無くなっています。
さらに根の部分(クロスしていたところ)は ヒ の字で ヒは七首の意味を持ち「亡くなる」という意味を持っているのですが、
なぜ亡くなるという意味なのかは、このヒが人が土中に埋葬する時の姿勢そのものであって、「變(変)ずるなり 到人に従う」と説文の初文。 人の死そのものを表しているからです。
七は水と同様に北を意味し(これは陰陽五行説の水の指し示す方角)、屍、尼 という文字にも使われている。
このように、死という文字は 大地を指し示すー そして時の夕、そして死を表す ヒ
そしてヒは七で 変化に従わざるを得ないという摂理を意味している。
総合して考えると、成の字にあった要素の 季節の変化を表す戊 は 朝、それが死では 夕 という文字になっている。
共通に存在する水 = ”、”は成では 大地=”ー” の上に有り、 ノにより川となって海へと注ぐ姿で描かれているが、
死では乾いた不毛の大地となり土中に深く埋没して 夕 という字をなしている。
成 では 大地=ーより上に植物(芽)が存在し、そのその根は大地=ーの下の 地中にしっかり張り巡らされて生き生きと描かれているが、
死では 人の埋葬された姿= ヒ(七)となって 摂理を意味している。
と、この二つの 成 及び 死 という漢字は全く正反対に存在しているわけで、漢字を構成している各パーツの意味を掘り下げると非常に面白い。
ゆえに、本来なら金八先生はこれを生徒に教えねば成らなかったはずで、ところが死の文字に生をのせて命を説明。
ただの植物が生える姿から来た文字と、命の躍動を象徴する成ではまったく異なり。
生を教えるなら成は欠かせないわけで、ドラマの中では国語の先生だったのはずなのですがね~・・・・ 、なんて思ってしまったりもするわけです。
そういえば金八先生シリーズも完全に終わってしまい、寂しい限りだな~なんて思ってしまったりもしています。(笑)