歪めた事実からは正しい答は見つからない。
7日(06.4)の民主党代表選に当選した小沢一郎が9日の日曜日、テレビ各局の報道番組に引っ張り出された。確信に満ちた明快な力強い物言い。小泉構造改革批判、政権交代の必要性、靖国神社のA級戦犯合祀の批判等々。
小沢一郎の自分の正しさを信じた迷うことのない口調に彼に対する権謀術数的印象を払拭し、好感を感じさせ、民主党支持のポイントを挙げたのではないだろうか。10日の朝の早いテレビでも、2ポイント上げたことを報じていた。
だが、やはり政治家だからと言うべきだろうか、その主張には小泉批判を成立させるための便宜的変身の印象を与えるものがあった。例えば、A級戦犯は中国や韓国から何だかんだと言われる以前の問題として日本国民に対しても戦争を起こし、迷惑をかけた責任がある、そういったA級戦犯を一般の戦没者と一緒に祀っているのは間違いで、当然そのような靖国神社に参拝するのは妥当でないし、分祀すべきで、分祀は可能だといった主張は小沢一郎の本来の考えとは到底思えなかった。
韓国の盧泰愚大統領が1900年の訪日前に平成天皇の「謝罪のお言葉」を期待すると表明したことに対して、当時の自民党幹事長だった小沢一郎は「(過去の植民地支配や侵略戦争について)反省している。(経済面などで)協力している。これ以上地べたにはいつくばったり、土下座する必要があるのか」と発言して韓国の反撥を受け、両国関係がギクシャクしたため、「政府・自民党首脳会議の場で迷惑をかけた」(1994年5月7日『朝日』)と新聞が陳謝している。
「謝罪」が天皇を「地べたにはいつくばったり、土下座」させる屈辱行為に当ると見たのか、それとも天皇の謝罪が日本国民にとっては「地べたにはいつくばったり、土下座する」屈辱行為に相当すると見たのか、どちらにしても、天皇及び日本国民を相当に買いかぶった自尊発言である。そのときの天皇の言葉は、「昭和天皇が今世紀の一時期において、両国の間に不幸な過去が存したことは誠に遺憾であり、再び繰り返されてはならないと述べられたことを思い起こします。我が国によってもたらされたこの不幸な時期に、貴国の人々が味わわれた苦しみを思い、私は痛惜の念を禁じえません」であって、必ずしも直接的な謝罪とはなっていない。韓国からしたら、、日本の植民地支配を「不幸」という表現だけで片付けることはできないだろうからである。
もしA級戦犯の合祀は間違いだとする主張が本来の主張なら、A級戦犯を祀った状態のままで、その上日本の総理大臣が祀ったままの靖国神社に参拝を繰返している状況のままで、「(過去の植民地支配や侵略戦争について)反省している」というふうにはならないはずである。小沢一郎は一度もA級戦犯が合祀されている靖国神社に参拝したことがないだろうか。親分だった田中角栄は5度ほど参拝している。子分が従わないわけにはいかなかったのではないだろうか。
宗旨替えしたなら、そのイキサツ、目的を明らかに説明すべきではないだろうか。
格差社会をもたらしただけだと小泉流の競争原理・市場原理を批判する根拠に持ち出したこれまで「日本は平等だった」という主張にしても、反対のための便宜にしか思えない。それをもし信じているとしたら、彼の認識能力を疑うしかない。
江戸時代に「大尽(だいじん)」と言われた富豪が存在する一方で、年貢を払えない食うや食わずの貧農が存在した。飢饉が起きようものなら、多くの百姓が餓死した。餓死した人間の死肉を食す記録も残っている。飢饉が起らずとも、娘がいて、年頃になると、今で言う売春婦である女郎として売ることが慣習のように行われていた。そういった身売りは明治・大正・昭和と続き、戦後も東北とか北陸の貧しい地域では跡を絶つことがなかったという。
一方で政治家や財閥系の豪商、その他が箱根や熱海、茅ヶ崎といった避暑地にそれ相応の別荘を持ち、優雅で贅沢な暮らしをしていた。欧米と比較してスケールの点で劣るというだけで、それなりの大金持ちは存在したのであり、当然貧富の格差も存在した。決して「平等」ではなかった。その「平等」が公正な競争によってもたらされたわけでもなかった。癒着・裏取引・縁故関係はいつの世にも存在したからである。バブルの時代、確かに生活の底上げはあり、一億層中流と騒がれたものの、癒着・裏取引・縁故関係がなくなったわけではなく、平等社会がもたらされたわけではなかった。
小沢一郎はまたそれが適正であるなら、市場原理も必要だとしながら、「年功序列・終身雇用」制度の全面否定は間違いだとした。しかし年功序列も終身雇用も正社員を限定条件とした制度であって、非正社員には無縁な不平等制度であるということに気づいていないらしい。「日本は平等だった」を基本姿勢とすると、「年功序列・終身雇用」の肯定へと続けなければ、整合性を失うことにもなるからなのだろうか。
日本社会は経済成長に向けて波がなかったわけではなく、また一般的には好況であっても、産業によっては深刻な不況を余儀なくされたケースもあり、そんなときパートや期間工、あるいは下請企業に何らかの犠牲を引き受けさせることで、多くの会社が自分たちを守ってきた。そのいい例が、1984(昭和59)年のグリコ・森永事件で、自社製品が全く売れなくなった森永はパートの従業員450人を自宅待機させ、その後全員を解雇している。
パートや期間工といった臨時採用制度は正社員を余分に抱えないための人件費の抑制と、好・不況に応じて増減を行って会社の経営を守ることを兼ねさせた安全装置であり、そういった安全装置の上に正社員の「年功序列・終身雇用」制度は成り立っていたのである。非正社員を含めた場合、決して「平等」とはいえない「年功序列・終身雇用」であった。平等ではないことの当然の経緯として、正社員と非正社員の経済格差をもたらした。05年度の厚労省の調査が、正社員と非正社員のボーナスや残業代を含まない平均月給差は男性で12万円、女性で7万円にのぼるという数値を弾き出している。年間で換算したら、144万円と84万円の差。ボーナスと残業代まで含めたら、それ以上に膨らむ。似たような格差が過去にも存在しただろう。社会の現実を知らない学者とかだけが、「年功序列・終身雇用制度は日本に特有な、誇るべき家族的な制度で・・・・」と、それが日本社会全体を覆う制度であるかのように新聞に書いたり、テレビで発言していただけのことで、そういった実体は存在しなかった。
それでも社会的に大きな問題とならなかったのは、全体的としては日本の経済が拡大基調にあり、再就職先を見つけるのにそれほど困難ではなかったったからで、そういった外部的な状況が許した条件付きの「年功序列・終身雇用」だったのである。状況が許さなくなれば、当然破綻する。
今後再び日本の経済が力強い拡大を迎えたなら、「年功序列・終身雇用」は息を吹き返す可能性無きにしもあらずだが、それでもパート、臨時工、あるいは平成不況を迎えて正社員の領域にも侵出した臨時雇用の一形態でもある派遣社員を安全装置として抱え込むことに変りはないだろう。当然不平等を引きずる。
社会の現実をもう少し正確に認識できる政治家を望みたいが、ないものねだりなのだろうか。それとも正確に認識しているが、認識したとおりには政治は行えないと、行うことができる範囲で御都合主義を決め込み、政治家という自分の身分を優先させることだけを考えているのだろうか。
歪めた事実からは正しい答は見つからない。人間の能力の限界を受けて、ただでさえ現実社会に矛盾なく機能させる政策は望めないというのに、歪めた事実に立脚させた政策に多くを望めるはずはない。