拉致/韓国の心、日本人知らず

2006-04-21 06:36:40 | Weblog

 横田めぐみさんの夫がDNA鑑定で韓国拉致被害者だとほぼ確定したことを受けた日本の動きに、韓国は日本から持ちかけられた場合の共同調査に否定的な考えを示した上、その問題を韓国として個別に取り上げる予定のないことと、北朝鮮に拉致被害者の生死確認や送還に応じることを交換条件に経済支援を提案することを表明して、拉致問題では独自行動を取る方針であることを明らかにした。

 このような韓国の態度に対して、テレビで、日本人が解決のために経済制裁、その他で圧力をかけようとしているときに、逆に経済支援して北朝鮮を助けようとする、自国民を守ろうという人権意識があるのだろうかと熱弁していた評論家だかがいた。

 確かに韓国の態度は一見したところでは冷淡に見えるが、下手に藪を突つけない韓国なりの重大な事情があることに評論家氏は気づいていない。

 韓国の映画監督の第一人者だったとされる申相玉(シン・サンオク)氏が元女優の妻と香港から北朝鮮に拉致されたのは1978年(横田めぐみさん拉致は1977年)、金正日の下で北朝鮮映画の製作を命ぜられた。しかし妻と共に在ウィーン米大使館に逃げ込んだ後、韓国への帰還を果たしたのが1986年(その翌年に大韓航空機爆破事件は起きている)。当然韓国当局の事情聴取を受けただろう。申監督夫妻の後の共著『闇からの谺』には拉致は金総書記の直接の指示によるものだったことを金総書記から直接聞いたという話が語られているというから、韓国当局の事情聴取の際、既にそのことを明かしていたはずである。

 申夫妻が韓国への帰還を果たす3年前の1983年、当時の全斗煥韓国大統領の命を狙って、それを果たせず、韓国の4閣僚を含む17人を死亡させたラングーン爆破事件は、逮捕した北朝鮮工作員の裁判での軍首脳から直接命令を受けたとの証言から、韓国では金正日書記の直接指令による事件ではないかとの疑いを持ったと言う。それから3年後の申監督の証言はラングーン事件の首謀者は誰か、十分な心証になり得たはずである。そしてその翌1987年の金賢姫らに行わせた大韓航空機爆破事件は外交特権を利用している手口と、今までの経緯から、申監督だけではなく、他の韓国人拉致も爆破も金正日を首謀者とする国家犯罪だと確信しただろうことは疑い得ない。

 しかし当時の韓国は軍政から民主体制への移行期で、学生を主体とした民主化運動が吹き荒れ、政情は不安定な上、現在程の経済国家ではなかった。北朝鮮との関係が緊張したとしても、戦争に至る武力衝突の防止を最優先課題としなければならなかったろう。

 大韓航空機爆破事件から3年後の1990年10月の東西ドイツの統一。その後のドイツの経済不況。それは周知のように東ドイツの経済規模の劣悪さが西ドイツに負担となって押しかぶさったからで、そのことが韓国に教訓を与えたに違いないが、それはまだ警戒の段階ではなかったろうか。南北統一を現実的な政策として語る機は熟していなかっただろうから、西ドイツだからこそ、統一に踏みこたえることができた、我々の場合だったら、どんなことになっていたか分からないぞといった自戒を肝に銘じた程度だったに違いない。

 1995年8月、北朝鮮は大洪水に見舞われ、農業が壊滅的な打撃を受けた上、それ以前のソ連・東欧の社会主義体制の崩壊の影響から経済が落込み、餓死や病死、国外流出などで、1995年に総人口2392万人あったのが、韓国筋の発表で、うち250~300万人の人口減をもたらしたと言う。1997年に金正日が朝鮮労働党総書記に就任。1999年、5年ぶりに発表された国家予算は規模を半減させていた。国力が2分の1に低下したと言うことである。

 共産主義大国ソ連でさえ、その体制が崩壊したのである。十分にあり得る北朝鮮体制の崩壊という最悪の形で南北朝鮮の統一ということになったとしたら――ドイツ統一の教訓は単なる警戒から悪夢となって韓国上層部を襲い掛かったということは十分に考えられる。自分たちが望まない段階で、統一を外部から強制される恐れが生じたのである。

 1998年2月に韓国大統領に就任した金大中が前金泳三政権の対北強硬政策を放棄し、北朝鮮との宥和を図って採択した太陽政策は、悪夢を現実の悪夢としないためのギリギリの選択ではなかったろうか。金正日体制の崩壊の過程でクーデターを誘発し、それが内戦に発展した場合、ドイツ統一時のように北朝鮮国民が難民と化して韓国に無秩序になだれ込み、韓国社会を混乱に陥れてしまうことは十分に計算に入れなければならない。そういった形の北政権崩壊による南北統一という最悪のシナリオの絶対回避のために、悪名高い独裁政権を支えるという滑稽とも受取れるパラドックスを実現させなければならなかった?

 韓国の「政府関係者はこう語った。『今、北が崩壊したら、韓国も共倒れする。支援を続けて北の経済を「管理」し、徐々に変化を促して国際社会に関与させる。そうすれば将来の統一の負担も減る』」(03年7月27日『朝日』朝刊)。

 これは金大中の次の大統領に2003年3月に就任した盧武鉉現大統領が前政権から受け継いだ太陽政策に添った逆説的対北政策であったろう。北の経済を支援することは金正日独裁体制を支援するという二律背反を展開することでもあるが、北経済が発展し、南北の経済格差をある程度埋め合わせたところまで待たなければならない。そのことを南北統一の絶対的前提条件としなければならない。
 
 「02年韓国からはコメ40万トンのほか、トウモロコシ10万トン、肥糧10万トンなど、政府・民間あわせて1億3492万ドル分の人道支援が入った。中国の支援額は不明だが、韓国を除く国際社会の総支援額が2億5727万ドルだったのと比べると、かなりの比重」(同記事)を占めているという支援規模も、同じ政策に添った援助措置であり、韓国人拉致に関しても、日本とは個別に拉致被害者の生死確認や送還に応じることを交換条件に経済支援を行うという政策にしても同じ考えからだろう。

 藪を突ついて、金正日を拉致首謀者として白日の下に突つき出した場合、金正日の国際的な立場を決定的に失わせしめて、そのことが国際的な経済制裁包囲網へと連動することは十分に考えなければならないことであろう。韓国にしても国際社会の一員としてその決定に従わざるを得なくなって北経済が窮地に立たされたとき、あるいは従わなかったとしても、韓国や同じく従わなかった場合の中国の経済支援のみでは追いつかない状況となった場合、当然金正日は国内的な立場をも失うこととなって、自身の足掻きとは関係なしにその地位が危なくなり、その結果としての北朝鮮の国内的混乱が韓国側にとっての最悪のシナリオに発展しない保証は限りなく頼りないものとなる。

 日本人拉致が金正日を首謀者とした北朝鮮の国家犯罪だと気づかなかったのは日本だけなのではないか。小泉首相の最初の訪朝時にはそのような論調はなかった。金正日が日本人拉致を認めたとき、それをさも小泉首相の訪朝の成果の如くに持てはやす論調は見ることができた。しかし、自分が首謀者だとした事実認定ではなかった。

 金正日が日本人拉致は「特殊機関の一部部署」による「恣意的な」犯行だと説明したのに対して、小泉首相が腹の中で首謀者はお前のくせにと思ったとしたら、訪朝のお土産にと言われた大量のマツタケを当たり前に受取ることはできなかったろう。北朝鮮は日本から援助米を受取っている。マツタケといった高級食材を贈る立場にはない。日本側にしても、受取る立場にない。食糧不足の国民に分けてやってくださいと遠まわしに断ったはずだ。しかし、誰にどうおすそ分けしたか分からないが、貰って帰ってきた。しかも、後にマスコミの報道で露見することになるが、日本国民には内緒にしていた。もしも小泉首相がマツタケを土産にと告げられたとき、最大限のにこやかな笑顔で金正日と握手したとしたら、目の前にいる男が拉致の首謀者だと気づいていないからこそできることだろう。

 北朝鮮の報告として、日本人拉致関係者一同を職権乱用等で裁判にかけ、死刑、その他の長期刑に処したと日本が発表したとき、韓国の政府関係者は誰一人その内容を信じていないかったに違いない。

 もし日本が拉致解決で韓国に共同歩調を求めるなら、拉致の首謀者が金正日であると判明した場合に誘発されるかもしれない北朝鮮の難民の相当分を引き受ることと、外部的な強制からの南北統一によって発生した場合の韓国経済の危機に日本は多大の援助を与えて、その危機を除去する担保を保証して初めて共同歩調を求めることができる。

 難民は日本にも直接流入することが予想される。単一民族主義の日本が北からの難民を流入する人数だけ快く受入れるとは思えないし、韓国への経済支援が日本の経済そのものを傾ける恐れがないとは言えない。その種の担保が不可能なら、拉致問題に関わる韓国の態度を、自国民を守ろうという人権意識があるのだろうかと批判する資格は日本人の誰一人持たない。

 勿論核開発やミサイル開発といった北朝鮮経済を圧迫し、韓国の逆説的北支援政策ばかりか、世界各国からの援助の効果を殺ぐ、あるいは無化するカネのかかる軍拡政策は中止させなければならない。それも中止させることができず、北への経済支援が金正日独裁体制への支援にもつながる一方という大いなるジレンマに耐えられないということなら、その独裁体制を拒否する残された手段がアメリカの武力攻撃しかない場合は、ある程度の難民は阻止できないだろうが、南北統一は先送りした形で、北朝鮮のみの占領とし、国民も経済もすべてを北朝鮮国内のみで管理する形でその経済回復を図ることを優先政策としなければならないのではないだろうか。

 アメリカの先制攻撃のみが、韓国やその他の国を危険となる形で決定的に巻き込まない金正日独裁体制打倒の唯一有効な政策かもしれない。

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