衆院補選千葉7区当選の民主党新人太田和美

2006-04-25 05:39:10 | Weblog

 当選して向けられたマイクに向かって喋った言葉。
 「小沢新代表の新しい体制のもとで党全体が一枚岩となって選挙戦を戦えたことが一番嬉しかった」

 当選した途端に大田候補に一票を投じた有権者のことは忘れてしまったらしい。 「雇用・高齢者福祉・教育の現場に格差が広がっていると小泉改革を批判し、『負け組ゼロの社会が必要』」(06年4月24日、朝日朝刊)との主張を掲げて選挙戦を戦ったということだが、有権者忘れからすると、民主党が掲げた選挙戦用の聞こえのいいキャッチフレーズに単に便乗しただけのことかもしれない。

 26歳の若さで初挑戦・初当選、しかも僅差の当選で直後の感想が「感極まって言葉にできないくらい嬉しい」は理解できるし、期待度が高く、新代表に就任したばかりで新鮮味がまだあるから小沢代表を前面に出したい気持も理解できるが、党内事情が影響することはあっても、当選・落選はあくまでも票の数となって現れる有権者の意思にある条件性を打ち忘れて内輪の評価を持ってくるとはあまりにも自分たち中心で、小さい。「私が選挙戦で主張した政策は必ず実現させて、支持してくれた有権者の期待に応え、次の選挙では955票といった僅差ではなく、1万も2万も票差がつくような支持を集めたい、集めます。民主党は成長します。政権交代に向けて成長しまう」ぐらいのことはなぜ言えなかったのだろうか。26歳の年齢ではないものねだりなのだろうか。

 「この勝利が小泉改革の矛盾を次々と暴露していくキッカケとなるはずです」といった先を見据えた発言の一つでも。

 朝日新聞の出口調査分析では、太田候補が無党派層を引きつけたものの、「女性と若年層は『親自民』の傾向を強めている。特に女性は大きく自民に傾いた」(06年4月24日朝刊)というこの現象は「民主の女性候補が女性有権者に嫌われるのは、最近の選挙では全国共通」のものだと解説していたが、だからと言って今回も一般的傾向に添った動向と片付けていいものかどうか。

 「負け組ゼロの社会」とは言っているが、政権を握っていない民主党が政治を動かしているわけでもない状況からその実現性を考えると、26歳で会社経営者、その上国会議員ともなればバカにならない歳費が手に入っていいこと尽くめとなり、「負け組み」とは無縁なのは言っている大田候補本人だけとなるかもしれない可能性への猜疑が妬みと嘲笑が混じった投票意志を生じせしめて一般的傾向とは異なった女性有権者の票の離反となって現れたといった事情はなかっただろうか。

 少なくとも〝あった〟と考えて、当選してよかったのは自分と議席が一つ増えた民主党だけで、〝負け組ゼロ社会〟がスローガンのままであり続けることがないように常に意識してかかるべきでだろう。そのためには政権を握って、自らが政治を動かす立場の一人とならなければならないし、それを可能とする重要な条件は「民主の女性候補が女性有権者に嫌われるのは、最近の選挙では全国共通」という障害を、自身も女性としてクリアする力とならなければならない。

 そうもなっていなのに、同じ民主党の議員が、「県会議員をやっていたのに、やめて立候補するなんて、人間力が凄い」とテレビでバカな発言をしていた。「人間力」はあくまでも前提であって、前提と結果が常に結びつくとは限らない。自分の力が大いに与って党が掲げ、自分も掲げた政策が実現に向かう結果を生んで、初めて「人間力」云々が言える。

 世の中期待されて議席を獲得しながら、タダの頭数で終わる国会議員はいくらでもいいるはずだ。そういった議員の方が多いのではないか。民主党にしても、政権交代を実現できなければ、全員が頭数に過ぎなかったことになる。しかも歳費というバカにならないカネのかかった頭数と言うことになったら、民主党が自民党攻撃の一つに掲げている税金のムダ遣いの共犯者に成り下がる。

 民主党は政権交代を実現できない状況では歳費をタダ取りしているぐらいの自戒は持つべきだろう。タダ取り状況から脱するためにも、政権交代を絶対使命としなければならない。

コメント
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