国連事務総長退任のアナン愚かさ

2006-12-20 05:52:32 | Weblog

 アナンは退任の記者会見で「イラク戦争を止められなかったことが一番悔やまれる」といったことを語ったということだが、では、アメリカのイラク攻撃以外にサダム・フセインの独裁政治を終わらせ、イラク国民を独裁政治の抑圧から救い出すアイディア・妙案を自身が持っていたというのだろうか。

 イラク戦争は止めることができた、だが、イラク国民を独裁政治の抑圧に曝すままだでは、どのような解決と言うのだろうか。独裁政治からの解放を実現させる実効性あるアイディア・妙案を持ち合わせもせず、イラク戦争を止めるということは、サダム・フセインの独裁政治の継続を放置・放任することを意味する。事実、アナンは総長就任以来、何ら解決策を見い出せず、放置・放任してきた。その間何人のイラク国民が裁判もなく無実の罪で政治収容所にぶち込まれ、拷問や死刑で命を失い、何人のイラク国民が国外から脱出したのだろうか。

 独裁政治打倒のアイデア・妙案を持っていたが、アメリカの攻撃意志に阻まれたということなら、北朝鮮で活用する絶好の機会があったはずである。キム・ジョンイル独裁の抑圧と飢餓・餓死の苦難から北朝鮮国民を救うことにもなり、名総長の名を残すことになったろう。しかし今以て、北朝鮮国民はキム・ジョンイル独裁政治の軛に息絶え絶えの状態でつながれ、生活の苦難、餓死・餓死の恐怖下にある。

 時計の針は戻せない。針が指している時間、時間にふさわしい考えを打ち出し、行動を起こすべきだったろう。針が最初に示していた時間に佇んだまま、単に反対が正しいとする自己正当化を主張しているに過ぎない。針の進行に合わせるには、プラスマイナスを考えて、新たな行動を編み出す以外にない。

 イラクの今の混乱はイラク国民の愚かさから来ている。自己宗派を絶対とする愚かで偏狭な権威主義。イラク国民が持ち合わせている〝チエ〟とは、折角与えられた民主主義確立の機会を生かすことではなく、単に宗派が違うというだけの理由で同じ国民同士が殺し合うチエだけのことを言うのだろう。イスラム教を信仰しています、シーア派です、スンニ派ですの態度が生み出している混乱・愚かさの程度を示しているに過ぎない。

 反米・反戦メディアはアメリカがサダム・フセイン独裁を打倒した当初、スンニ派やシーア派の指導者たちをイスラム原理主義過激集団に拉致された民間人の釈放に尽力があったからと「存在感を示した」とか持ち上げたり、「アメリカは占領軍だ。占領軍であるアメリカをイラクから追い出す我々の武力闘争は正当なジハード(聖戦)だ」といった声明を正当性ある主張の如くに報道・流布させていたが、「存在感を示し」、「ジハード(聖戦)」を展開していた指導者たちはシーア派・スンニ派の今の醜い宗派闘争に何と無力なことか。お互いに殺しあうだけのテロ行為を止めるどのような「存在感」すら示すことさえできないでいる。

 尤もスンニ派、シーア派とも、自らの相手宗派に対するテロ攻撃を「ジハード(聖戦)」と位置づけているだろうから、反米・反戦メディアは双方の攻撃を支持しなければ、かつての態度との整合性を失う。

 アナンの単に反対が正しいとする自己正当化はアメリカ一人を悪者にすることで、イラクの現在の愚かしいだけの宗派闘争・相互報復テロに対して国連総長として時計の針に合わせた手を何一つ打つことができない自らの無能・無力から人目を逸らすペテンに過ぎないのではないか。

 イラク国民も愚か、アナンも愚か――双方共に自らの愚かさに気づかない、イラク国民の進行形の報復であり、アナンのアメリカに対する途切れることのない恨み節なのだろう。

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