前原外相が河野駐ロ日本大使を一時帰国させることにした。メドベージェフ・ロシア大統領の国後島訪問への抗議の意思表示のためではなく、あくまでも情報招集のためだと言っている。
《駐ロシア大使 一時帰国へ》(NHK/10年11月2日 17時45分)
ロ大統領の国後島訪問について――
前原外相「大統領が訪問すれば、日ロ関係を損ねるという懸念を事前にロシア側には伝えていたのに、訪問が行われたことはきわめて遺憾だ」――
【遺憾】「思っているようにならなくて残念である。残念なこと。また、そのさま。」(『大辞林』三省堂)
もう少し強い言葉を言えないのだろうか。それとも「遺憾」程度の思いでしか受け止めることができなかったから、そのまま「遺憾」という言葉を自然に素直に使ったということなのだろうか。
「訪問はロシアの大統領であろうとも、いや、ロシアの大統領であるからこそ、日本国民にとって許し難い行為だ。決して認めることはできない」とか、「北方四島が日本固有の領土であるという真正なる歴史的事実を陵辱するものである」とか、「我々は決して日本の領土であるという事実を捨てはしない」とか、「ロシア政府がいくら北方四島にカネをかけようとも、カネをかけたところで日本が頂くようになるだろう」とか。
最後はちょっとまずいかな。それとも程よくロシアの神経を逆撫でするかな。
日本大使一時帰国について――
前原外相「今回の大統領訪問について、詳しい事情を聞くため、ロシアに駐在する河野大使を近く一時帰国させることにした。今回の訪問をめぐって、大使館としても情報収集をしていただろうから、ロシア国内でのバックグラウンド、政治的な背景など、すべてを大使から聞きたい」
記者団「大使の一時帰国は事実上の対抗措置か」
前原外相「あくまでも事情を聞くための一時帰国だ」
来週末から横浜で開かれるAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議に合わせて来日するメドベージェフ大統領と菅総理大臣との会談について――
前原外相「まだ日ロ首脳会談をやるかどうかは決まっていない」
但し自らはラブロフ外相と会談したいという考えを示したという。会談の際、ラブロフ外相に「大統領が訪問すれば、日ロ関係を損ねるという懸念を事前にロシア側には伝えていたのに、訪問が行われたことはきわめて遺憾だ」と再度言うのだろうか。
昨日のブログに書いたが、ラブロフ外相は答を既に出している。
ラブロフ露外相「島はロシアの領土であり、大統領は国内を訪れた。日本側の抗議は受け入れられない。・・・・ロシア側の立場をわかりやすく、まちがいのないよう確認する必要がある」――
「遺憾」がラブロフのこの答を打ち破る鋭い太刀になり得るとは到底思えない。尖閣諸島を挟んで日中がそうであったように相互に原則を述べ合い、北方四島はロシアが実効支配しているという事実と、メドベージェフ・ロシア大統領が国後島を訪問したという事実が残ることになるのではないのか。
記者団「メドベージェフ大統領の北方領土訪問に、日米の同盟関係の揺らぎが影響しているのではないか」
前原外相「鳩山政権のときは、日米関係のすべてが普天間問題であるかのようなイメージがあり、両国にとっていいことではなかった。普天間問題で日米の同盟関係の足もとが弱くなった結果だという話もあるが、わたしの感覚では、むしろ日米同盟は基本としていい状況にあり、菅政権の外交は足もとを固めつつあると思う」
だが、経済同友会の桜井代表幹事は昨2日(2010年11月)の記者会見で逆のことを言っている。《“外交戦略の乏しさが背景”》(NHK/10年11月2日 16時21分)
桜井代表幹事(尖閣諸島衝突事件とロ大統領国後島訪問に)「共通しているのは今の政権に外交戦略が乏しいことだ。外交戦略があれば、領土問題などがあっても大きな筋道の中で手だてをとることができる」
外交戦略がなければ、「外交の足許を固めつつある」ことにはならない。
桜井代表幹事「日本とロシアは資源エネルギーといった経済関係ではメリットで固く結びついている。日本として言うべきことは言い、経済関係まで影響が及ばないように慎重な判断で対応してほしい」――
「経済関係まで影響が及ばないように」は経済団体の役員からすれば当然の利害だろうが、これも昨日のブログに書いたが、一時的な関係悪化を恐れないことだろう。男と女が相手を変えることで精神的・肉体的、あるいは経済的欲求を満たすことができるといった関係ではなく、経済的に双方共に必要不可欠な、国家経営に深く影響し合う関係に既に到達していて、利害上、もはや相手を変えることはできない相互依存関係にあることから関係悪化は一時的にとどめて双方共に修復に務めなければならなくなるからだ。
前原外相は駐ロ日本大使の一時帰国はロ大統領国後訪問に対する対抗措置ではないと言っている。「大使館としても情報収集をしていただろうから」、「あくまでも事情を聞くための一時帰国だ」と。
「ロシア国内でのバックグラウンド、政治的な背景など、すべてを大使から聞きたい」――
ロシア国内の領土返還強硬反対派、友好容認派、中間派、あるいは保守派やリベラル派等々の勢力図とその動向、このことが関係した国内的政治情勢と対日外交情勢等の情報収集とその分析はメドベージェフ大統領の北方四島訪問とは関係なしに行い、逐一外務省に報告していたはずだ。
外務省にしても情報収集等を目的とした外務省報償費(外務省機密費)を年に30億とか50億とかの資金で豊富に抱えている。2001年に外務省の松尾克俊外国訪問支援室長によって9億8800万円にのぼる官房機密費を受領、そのうち7億円を競走馬14頭の所有、ゴルフ会員権や高級マンション購入、女に貢いだりして私的流用、詐取されたが、そういったことにのみ消費される機密費ではあるまい。
そこにメドベージェフ大統領の北方四島訪問の動きが出てきた。その背景の大きな一つとしてロシアをして今年の7月25日(2010年)に日本が降伏文書に調印した9月2日を「第2次世界大戦終結の日」と制定させしめた国内的政治情勢との関連を挙げることができ、そのことに関係する情報も収集していたはずだ。
いわば「北方四島の領有はこの大戦の結果だ」(NHK記事)とする歴史的根拠を「第2次世界大戦終結の日」に象徴させたと言うことであろうから、ロシアの対日外交が自分たちが新たにつくり上げたそのような歴史的根拠に基づいた構図を取ることになることは予想できたことで、そういったロシアの国内情勢を駐ロ日本大使館は情報収集の重要な対象とし、収集した情報に分析を加えて逐一外務省に報告、外務省も駐ロ日本大使館が収拾したその情報と分析を基にさらに分析を加えて報告書に纏めて外務大臣に報告していたはずであり、その報告は官邸にも届けられていたはずだ。
何を今更大使を一時帰国させて、「今回の訪問をめぐって、大使館としても情報収集をしていただろうから、ロシア国内でのバックグラウンド、政治的な背景など、すべてを大使から聞きたい」必要があるというのだろうか。
唯一の懸念は今月13日(2010年11月)から横浜市で開催のAPEC(アジア太平洋経済協力会議)が近い時期を理由に「(訪問は)このタイミングではないとの見方があった」(外務省幹部)類の情報分析能力であろう。いくら情報収集能力が優れていても、分析能力が情報収集についていかなければ意味を成さない。情報収集も情報分析も劣ると言うことなら、さらに始末の悪い話となるだけではなく、大使に一時帰国はなおさらに意味を失うことになる。
菅首相は9月27日(2010年)の時点でメドベージェフ大統領の北方四島訪問計画を把握していた。《北方四島「我が国固有の領土」27日の菅首相》(asahi.com/2010年9月27日22時16分)
――ロシアのメドベージェフ大統領が、北方領土の国後島択捉島訪問を計画との訪問。現職ロシア大統領としては初訪問になるが、実効支配を正当化する狙い。政府としての対応は。
菅首相「北方領土がですね、我が国の、固有の領土であるという、あの、政府の考え方は、全く変わってはいません。で報道については、あの、承知をしておりますが、官房長官のほうで、我が方の問題意識を伝えて、えー、事実関係を照会中と、そう聞いております」
1日前の9月26日、メドベージェフ大統領が中国の大連・旅順口(旧・旅順)入りし、中国公式訪問を開始した。この訪問からの帰国の途次、北方四島を訪問するのではないかと噂されていた。
9月27日、胡錦涛主席との間で第2次大戦終戦65周年の共同声明に署名。
その大体の内容を《中ロ首脳が共同声明 戦略的パートナーの深化強調》(asahi.com/2010年9月28日1時56分)が伝えている。
〈大戦終結65周年の共同声明は、大戦の結果と教訓についての両国の立場は近く、史実を歪曲(わいきょく)する試みを非難している。日本を名指しすることは避けているが、大戦時の日本の道義的責任や、日中間に横たわる歴史認識の違いを強く意識した内容といえる。中ロが日本との間に抱える北方領土や尖閣諸島問題をめぐって、自らの正当性と領有権を示す狙いもうかがわれる。〉――
中ロ両国は戦勝国として日本を向こうに回して共同歩調を取ったと言うことであろう。
メドベージェフ大統領は中国上海を出発し、9月28日夜、ロシア極東のカムチャツカに到着。だが、9月29日、悪天候のために択捉、国後両島を訪問する計画を断念。そのとき、〈北方領土を含むクリール(千島)諸島について、「わが国の重要な地域」と強調し、近く訪問する意向を表明〉(時事ドットコム)している。
そして11月1日午前の国後島訪問。
菅首相が記者会見で、「(ロ大統領訪問の)報道については、あの、承知をしておりますが」と発言していた9月27日から1カ月余経っている。当然、外務省は駐ロ日本大使館と共に全力を挙げて訪問に関係する情報収集に努め、それ以前に収拾していたロシアの国内情勢の情報と併せて分析していたはずだし、収集した情報とその分析結果の報告書は既に外務大臣に渡っているはずである。
そうであるにも関わらず、前原外相が実際に「大使館としても情報収集をしていただろうから、ロシア国内でのバックグラウンド、政治的な背景など、すべてを大使から聞きたい」としているなら、合理的認識能力を欠くことになる。
河野大使が一時帰国して自らが知っている情報を開示したとしても、既に外務省に報告済みの情報とたいした違いはなく、北朝鮮元工作員の金賢姫が日本人拉致に関して知っている情報は韓国情報当局に報告していて、韓国情報当局から日本の警察庁なりに伝達されていただろうから、日本の警察庁や警察が知らない情報は新たに持ち合わせているはずもないにも関わらず、中井洽がその金賢姫を拉致情報を得るためと称して来日要請をしたことと同じ何ら効果のない結果を踏むに違いない。
河野大使がもし河野大使しか知り得ない新たな情報をもたらしたとしたら、逆に外務省への報告を怠ったことになる。あるいは外務省が報告を得ていながら、外務大臣への報告を怠っていたことになる。
情報収集のための一時帰国が表面的口実に過ぎず、実際はロシアに対する対抗措置だとしても、ロシアのラブロフ外相が11月2日、訪問先のノルウェーで、その対抗措置を無効化とする、メドベージェフ大統領の歯舞群島や色丹島の訪問計画を明らかにしている。
無効化としない対抗措置とするためには情報収集のための一時帰国だといった無難な口実を装わずに対抗措置だと相手に明確に伝わる方法を取るべきだろう。他に取るべき策がないから、何かしたということを示す実績作りなら、国民が見抜かないはずはなく、内閣に対する信用と評判に関係していくだろうから、やめた方がいい。