安倍晋三の「戦争総括は専門家に任せるべきだ」は自身の歴史認識のみを記録・記憶に残す卑怯な遣り方

2013-03-13 12:12:57 | Weblog

 安倍晋三が昨日、3月12日(2013年)衆院予算委員会で、「大戦の総括は日本人自身の手でなく、いわば連合国側の勝者の判断によって断罪がなされた」(毎日jp)と発言したことをマスコミ報道で知り、録画しておくことを忘れていたので、「衆議院インターネット審議中継」から動画をダウンロードして、文字に起こしてみた。

 相変わらずゴマ化しとインチキを散りばめた答弁となっていることが分かる。

 2013年3月12日衆院予算委

 大熊利昭議員「戦後の直後のですね、昭和20年11月に当時の幣原(しではら)内閣によりましてですね、戦争調査会というのが、正式な日本政府の内閣の機関として設置をされたわけでございます。残念ながら、当時日本は独立、GHQの施政下でございますので、まあ、GHQの意向というのが強く働き、結局大蔵省の予算措置が取られそうになったものの、GHQの解散命令を受けてですね、解散ということで、残念ながら活動はあまりできなかった。

 ただ、分科会いくつか作って、相当当時の軍人さんだとか、哲学者だとか、経済学者だとか、政治家だとか集めて、相当の議論の緒に就いた、いうふうには国会図書館の調査資料で確認をさせて頂いているところでございます。

 えーと、次の時代に進むのであればですね、前の時代をきちんと検証して、総括をするっていうことが私には大事なんじゃないかなあと思っておりまして、えー、今般の原発事故に於きましてでもですね、まあ、国の、政府の、あるいは国会の事故調査委員会っていうことでやってらっしゃるように、まあ、時間は60数年経っておりますが、そうした検証をですね、えー、総理が政府としてやっていく必要はどうなんだろうという、これも問題提起でございますが、総理、如何でございましょうか」

 安倍晋三「えー、今委員がご指摘になった、えー、戦争調査委員会については、えー、国会図書館の調査局が作成したレポートによれば、えー、昭和20年11月に、幣原内閣に於いて、設置をされて、翌年3月末から、えー、約5ヶ月間に亘って、自主的な活動を行なっていたが、ま、しかし、対日理事会によって、その存在について否定的な意見が出されたことを受けて、ま、9月末に廃止をされたと、ま、こういうことでございまして、そのため報告書が作成・公表される段階には至らず、えー、内定した調査方針と、調査項目も一般的には公表されなかったと、いう、ことであります。

 先の大戦に於いての総括っていうのはですね、日本人自身の手によることではなくて、東京裁判という、いわば、連合国側が、あー、勝者の判断によって、その、えー…、断罪がなされたと、いうことなんだろうと、このように思うわけであります。

 えー、あんときに、では、なぜ対日理事会がですね、えー、この研究をやめさせようとしたかと言えば、今委員がご指摘になったように、軍人等も含まれているということ、に対しての懸念を持った、ということですね。

 えー、大体方針としては二つあって、えー、考え方が二つあってですね、一つは、戦争遂行の上に於いて、えー、どうして負けてしまったのか、いう、いわば、この作戦、戦略、戦術等についての、ですね、分析するという、そういうアプローチと、もう一点はですね、ではなぜ、大戦に至ったのか、ということに於いて、それは止めることができたのではないか、という考え方、後者の方に力点が置かれて、いたわけでございますが、えー、同時にですね、そこに力点が置かれた、力点が置かれる中に於いて、中で色んな議論があったというふうに承知をしておりますが、いわば敗戦ということから、ではなぜ、戦争が始まってしまったのか、というのは議論が欲しいのではないのかというのは内部でも議論があったわ、けでありましたが、国際情勢の中での、開戦に至る過程ということに於いてですね、いわば恐らく連合国に対して、ある種都合の悪い、えー、考え方、えー、についても、議論がなされているのではないかと、いうことに於いてですね、そうした議論を封殺されたと、いうことではなかったのではないかなあと、こんなように思うところでございます」

 いずれにせよ、ま、こうしたですね、えー、歴史に対する評価等に、ついては専門家や、えー、まあ、歴史家に、まさに、任せるべき問題ではないかと、いうのが私の考えであります」

 大熊利昭議員「えーとですね、まああの、例えば、まあ、これはどう思われるのか歴史家、専門家と言われるよりやはり、国策としてやったことについては、原発もそうですが、やはり国としての総括・検証が必要なのではないかと思うのですが、この点は如何でしょうか」

 安倍晋三「これですね、例えば、戦争遂行の上に於いてですね、えー、ま、この戦術・戦略はどうだったか、という検証に於いてはですね、えー、国に於いて、えー、もしかしたら可能かもしれませんが、しかしそれに至る、えー、世界史的な、あー、いわば、動きの中に於いて、どうして開戦に至ったかという分析に於いてはですね、これは、えー、関係する国々、も多いわけでございまして、えー、政府そのものが、そうした検証・研究を行い、あるいは意見を述べていくということはですね、これは外交問題に発展していくという可能性もあるわけでございまして、外交問題・政治問題になるということを、考えながら、えー、こういった、えー、検証を行うことはですね、別の観点、本来ファクトに基づく観点をですね、歪めていく危険性も私はあるのではないのか、とこう思うわけでありまして、えー、それはやはり、専門家か専門家の、まあ、アカデミックな、まあ、純粋な立場として、えー、ファクト、自分が信じるファクト、えー、を求め、えー、そしてその上に於いて検証をする、べきではないかとなあと、え、こんなように思います」

 大熊利昭議員「残念ながら政府としてはちょっと難しいかというような、お話しかと思いますが――」

 時間がないからと次の質問に移る。

 安倍晋三は次の言葉に繋げるのに「えー」とか「まあ」の接続語を普段よりも多用していて、言葉の展開にかなり苦労している。東京裁判否定論者、戦争総括不要論者である安倍晋三にとって得意分野でありながら、立て板に水の滔々たる弁舌の展開とはいかなかったようだ。

 理由は東京裁判否定・戦争総括不要を如何に主張しようとも、そこに無理があるからだろう。

 大熊利昭議員が「次の時代に進むのであればですね、前の時代をきちんと検証して、総括をするっていうことが大事なんじゃないか」と言っていることは尤もである。

 幣原内閣設置の「戦争調査会」は昭和20年11月、翌21年3月末から活動開始。

 活動内容を安倍晋三は戦争遂行上の過ち・失敗の分析と、なぜ大戦に至ったのかの開戦事情の分析としていて、後者に力点が置かれていたと説明している。

 だが、GHQの諮問機関である対日理事会がその活動を廃止したことによって、戦争の検証・総括が潰えてしまった。

 結果、「先の大戦に於いての総括は日本人自身の手によることではなくて、東京裁判によって連合国側が勝者の判断によって断罪がなされた」と言っている。

 「勝者の判断」だとか、「断罪」だとか、東京裁判否定論者らしい批判的な言葉を投げつけている。

 だったら、尚更日本の側からの「敗者の判断」としての検証・総括の必要性を求めてもいいはずだ。勿論、検証・総括が提示した“事実”、安倍晋三が使う“ファクト”の妥当性・正当性は「勝者の判断」の妥当性・正当性と争い、厳しく問われることになる。

 だが、日本政府による検証・総括に腰を上げようとしない。「歴史認識は歴史家に任せるべきだ」と言って、争うべき妥当性・正当性の提示から逃げ回っている。

 これを卑怯な態度と言わずに他に表現する言葉があるだろうか。

 安倍はGHQが「戦争調査会」を廃止した主たる理由を「戦争調査会」がなぜ大戦に至ったのか、その開戦事情の分析に力点を置いていた中で、「いわば恐らく連合国に対して、ある種都合の悪い考え方についても、議論がなされているのではないかということに於いて、そうした議論を封殺されたということではなかったか」と自ら証言しているが、「世界史的な動きの中に於いてどうして開戦に至ったかという分析に於いて関係する国々も多いわけで、政府そのものがそうした検証・研究を行い、あるいは意見を述べていくということは外交問題に発展していくという可能性もあるわけでございまして」と後から言っている言葉と併せて考えると、要するに欧米の植民地主義(=「世界史的な動き」)が明らかにされることを恐れたから、「戦争調査会」を廃止したと見ていることになる。

 だが、欧米の植民地主義は欧米の植民地主義である。日本の植民地主義が先行していた欧米の植民地主義にどう触発されたのか、どう便乗しようとしていたのか、検証・総括の課題に入るのは当然のことであって、例え日本の植民地主義が欧米の植民地主義に触発を受け、便乗したものであったとしても、日本軍の戦争に於ける数々の非人道的行為・戦争犯罪は免罪されるものではない。

 いわば真に検証・総括すべきは欧米植民地主義から受けた触発・便乗といった戦争開戦の発端であるよりも、開戦から敗戦に至るまでの全戦争過程での非人道的行為・戦争犯罪であるはずだ。

 安倍晋三は先行していた欧米の植民地主義を持ち出して日本の植民地主義を後発だ位置づけ、欧米植民地主義の罪をより重くし、日本の植民地主義の罪をより軽くしようとする衝動を働かせている。

 日本の戦争は日本の戦争として、あるいは日本の植民地主義は日本の植民地主義として総括・検証しなければならないはずだが、欧米の植民地主義を持ち出して比較するのは明らかに卑怯な責任回避に過ぎない。

 殺人者が他の殺人を持ち出して、あっちの殺人の方が凶悪で罪が重いというような責任回避に相当する。

 欧米植民地主義の罪は罪として、日本の植民地主義、戦争行為の罪を先ずは日本自らの手で検証・総括の断罪を行うべきが潔い、卑怯ではない態度というものであろう。

 安倍晋三は従軍慰安婦の強制連行を認めた河野談話を、「孫の代までこの不名誉を背負わせるわけにはいかない」と見直しに言及しておきながら、総理大臣である自分が踏み込むと外交問題化・政治問題化するから、歴史認識の判断は歴史家に任せるべきだと発言していたように、ここでも戦争総括は専門家に任せるべきだ言っている。

 だが、GHQが幣原内閣設置の「戦争調査会」で「連合国に対してある種都合の悪い考え方について議論」がされていると懸念して「議論を封殺」したとする判断は、安倍自身が判断した結果の歴史認識である。

 かくかように安倍晋三という政治家の立場から従軍慰安婦問題でも、河野談話でも、東京裁判でも、A級戦犯に関しても(「(A級戦犯は)国内法的には戦争犯罪人ではない」)歴史に対して自らの認識を下している。

 自ら判断し、自らの認識を下していながら、歴史認識は歴史家・専門家に任せるとする。

 任せるとする以上、自らが委員会なりを設置して歴史家・専門家を動員して戦争検証・総括に動くならまだしも、動きもせずにあれこれ口実を設けてただ単に歴史家・専門家に任せると言っているに過ぎない。

 いわば歴史家・専門家の歴史認識は日の目を見ないことによって国民の記録にも記憶にも残らないが、安倍晋三自身が判断した歴史認識は国会や記者会見で明らかにされ、それをマスコミが取り上げ、あるいはテレビを通じてそれのみが記録に残る、あるいは国民の記憶に残すことになって、あるいは安倍歴史認識のみが人口に膾炙され、流布することになって、それを狙っていると疑いたくなるが、一方のみの提示は公平とは言えず、卑怯な遣り方となる。

 安倍晋三は「専門家がアカデミックな純粋な立場で自分が信じるファクトを求めて検証すべきだ」と、迂闊にも「自分が信じるファクト」と言っているが、要するに“安倍晋三が信じるファクト”としたい強い思いが働いて、このような言葉遣いになったのだろう。

 ファクト(=事実)とは所詮解釈に過ぎない。その事実をどう見るかの解釈によって成り立つ。当然、それぞれの解釈によって成り立つゆえに真正・絶対な事実など存在しない。

 解釈した事実がより多くの人間に妥当性・正当性を持って受け入れられるかどうかに事実の事実はかかっている。あるいは事実として決定される。

 当然、安倍歴史認識の妥当性・正当性は他の歴史認識の提示によって争われなければならない。

 だが、歴史認識は歴史家・専門家に任せると言いながら、歴史家・専門家に歴史認識を提示させることはしない。

 安倍晋三という政治家は卑怯この上ない人間である。

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