安倍首相が3月24日(2013年)午後、福島県郡山市を訪問、東日本大震災の原発事故の風評被害に苦しんでいる野菜農家や畜産農家など農業の現場を視察し、政府として農産物の風評被害対策に全力で取り組む考えを強調したと次の記事が伝えている。《首相 農産物の風評被害対策に全力》(NHK NEWS WEB/2013年3月24日 17時55分)
先ず畑の除染などに取り組んでいる農家を訪れ、畑に出て収穫の様子を視察した。
農家の夫婦「福島の農産物に拒絶反応を示す人がいたが、土の入れ替えなど、手探りで思いつくことを自分たちでやった。何千万円も経費はかかったが、立ち上がるための努力を重ねた」
安倍首相「仕事の場があって初めて復興はできる。大変な困難のなかでも従業員を解雇せず、よく頑張ってくれた」――
以上の発言からでは、土の入れ替え等を行った結果、福島の農産物に対する拒絶反応を少しでも縮小させることができたのかどうかは窺うことはできないが、安倍首相がこの後記者団に話した発言によって縮小させることができていなことが判明する。
安倍首相「政治の仕事は、風評被害を払拭(ふっしょく)していくことだ。しっかりと政策にして実行することにより、福島の農業が再び力強く立ち上がることができるようにしたい」――
政治の力で風評被害を払拭させると力強く宣言している。
但し、「しっかりと政策にして実行する」と言っているが、具体的な農産物の風評被害対策を提示したわけではない。
だとしても、「しっかりと」約束した。
政治の力で風評被害を完全に払拭させることができると考えて、約束したのだろうか。
完全にはできないと考えつつ約束したのだろうか。
前者だとしたら、政治的認識能力は程度が低いと言わざるを得ない。
後者だとしたら、言葉の軽さを証明するだけで終わる。
政策的な風評被害対策は政治による農業に対する重要な危機管理の一つであり、ときには農業という一つの業種を超えて国の産業を守る危機管理ともなる。
だが、一般的に個人の自身に対する危機管理の第一は健康である。例え病弱の身で生まれついたとしても、最低限、現状の健康を守ることが危機管理の第一となる。
健康が自らの生命を約束し、人生を約束する基盤となる。
このような危機管理は自身の生命に対する本能とさえなっている。
当然、農林水産物に含まれる放射性物質が国の基準値以下で安心だ、健康に害はないといくら言われたとしても、福島県いわき市の水産関係者が築地を訪れていわきの魚の安全性をいくらPRしようとも、国民の心理的な面からのそれぞれの健康被害回避の危機管理は被災地の農林水産物回避となって否応もなしに現れることになる。
こういったことはテレビで放送する街の声が証明している。
若い母親が「幼い子どもがいるから、被災地の野菜や魚は食べさせることはできない」、あるいはお腹の大きな若い女性がお腹に手を当てながら、「生まれてくる子の健康を考えると、選り好みすることになる」等々と言っていることは生命に対するごく自然な本能的危機管理であろう。
妊娠中の母親は勿論、お腹の子の栄養に関係していくから、自身も被災地の食品は回避しているはずだ。
あるいはこれから結婚を人生の予定としてスケジュールしている若い男女に被災地の農林水産物を勧めた場合、食することを快く引受けてくれるだろうか。自身の健康やそう遠くない何時の日か生まれてくるだろう子どもの健康を考えて、極力被災地の農林水産物を避ける食生活を自分たちの健康維持・生命維持の危機管理として選択するに違いない。
政治の危機管理に対して果たして個人個人の生命維持の本能的な危機管理に勝てるのだろうか。
予期していなかった極端な金融危機に急激に陥ったとき、政府が銀行は大丈夫だ、倒産することはないといくら叫んだとしても、国民が預金を下ろしに銀行に殺到する取り付け騒ぎを抑えることができるだろうか。
自分のカネを守ることは健康を基本として次に重要な生命維持の危機管理である。
安倍首相はこういったことまで考えて、「政治の仕事は、風評被害を払拭(ふっしょく)していくことだ」と言ったのだろうか。
考えた上で言っていたとしたら、約束できないことを約束したことになり、口先だけのカラ約束となって、やはり言葉の軽さは免れることはできない。
考えていないままに言ったとしたら、頭の程度が疑われることになり、その認識能力が知れるばかりか、言葉の軽さという点で変わらないことになる。
風評は避けることのできない現実と把えて、除染に力を注ぎ、どの場所でも残留放射能に不安なく安心して生活できる環境を整えることが先決ではないだろうか。
そもそもからして原発事故から2年経過していながら、3月15日付の「NHK NEWS WEB」が、千葉県の10の市で原木椎茸から基準を超える放射性物質が検出されたため千葉県が県内使用の椎茸原木を検査したところ、全体の17%に当たる32万本が基準を超えているとみられることが分かったとか、同じく3月15日付の別の「NHK NEWS WEB」が、東京電力福島第一原発専用港の中で採取された「アイナメ」から、これまでで最大となる1キログラム当たり74万ベクレルの放射性セシウムが検出されたといった健康不安への記憶を新たにするニュースを今以て目にする以上、風評被害に対する政治の危機管理は個人の健康維持・生命維持の危機管理に対して力を削がれることになる。
健康不安の払拭のない場所に風評被害の払拭はないとさえ言うことができる。
では、政治の力を用いた風評被害の危機管理解決策が全然ないかと言うと、次の記事がその存在を示唆してくれる。
《東電 風評被害の賠償地域を拡大》(NHK NEWS WEB/2013年3月25日 20時32分)
東京電力が原発事故に伴う農林水産物の風評被害の賠償対象地域を、茶葉や牛乳・乳製品、水産物など7つの産品について北海道や広島県などにも拡大することを決めたと伝えている。
拡大する賠償対象地域と賠償対象産品。
水産物は北海道、青森県、岩手県、宮城県。
牛乳・乳製品は岩手県、宮城県、群馬県
キノコ類は青森県、岩手県、宮城県、東京都、神奈川県、静岡県、広島県。
倍賞対象は生産者だけではなく、加工業者や流通業者も加えると書いてある。
東京電力の倍賞対象費用は原発事故の風評被害による売り上げの減少や放射線検査の費用等。
このような記事自体が健康不安の記憶を新たにして健康維持・生命維持の危機管理の感覚を研ぎ澄ますことになり、政治の風評被害対策の危機管理を相殺する役目を結果的に果たすことになる。
結局のところ、放射性物質が国の基準値以下の農林水産物は市場に出すにしても、除染が進んで、住民が元の生活場所に帰還、老若男女全てが普通に生活し、普通に外出できることが可能となる地域の拡大が自ずと健康維持・生命維持を証明、そのことの反映として生じることになる風評被害の縮小を待つ以外に風評被害払拭の決定的な方法はないのではないだろうか。
その時が来るまで、代償として、東電に風評被害による損害を確実に補償させる。
何れにしても安倍晋三の「政治の仕事は、風評被害を払拭(ふっしょく)していくことだ」は実効的な具体策とタイムスケジュールを提示していない以上、口先だけ、軽い言葉と見做されても仕方がないはずだ。