安倍晋三は好んで「国柄」という言葉を使う。このことは彼の国家主義と深く関係している。
最近では3月15日(2013年)のTPP交渉参加決定記者会見と2日後の3月17日の自民党大会で続け様に使っている。
TPP交渉参加決定記者会見――
安倍晋三「最も大切な国益とは何か。日本には世界に誇るべき国柄があります。息を飲むほど美しい田園風景。日本には、朝早く起きて、汗を流して田畑を耕し、水を分かち合いながら五穀豊穣を祈る伝統があります。自助自立を基本としながら、不幸にして誰かが病に倒れれば村の人たちがみんなで助け合う農村文化。その中から生まれた世界に誇る国民皆保険制度を基礎とした社会保障制度。これらの国柄を私は断固として守ります」――
自民党大会――
「国益とは麗しい日本の国柄だ。日本は古代より朝早く起きて田畑を耕し、病気の人が出ればみんなでコメを持ち寄って助け合った。ここから生まれた国民皆保険制度は断固として守る」――
前者は直接的に「これらの国柄を私は断固として守ります」と言って、守る対象としているが、後者は直接的には言っていないものの、国益とは国家の利益を指し、守るべき対象として義務付けているのだから、「国益とは麗しい日本の国柄だ」と言っていることは日本の国柄を国家の利益の対象として守ることを自らの義務としているという譬えとなって、前者も後者も同じ意味となる。
また、守る対象としている以上、日本の国柄を肯定的に把えていることになる。ここから、「日本には世界に誇るべき国柄があります」という発想となる。
では、「国柄」の意味を辞書で見てみる。
『国柄』
・その国やその地方の風俗・習慣・文化などの特色。
・その国の成り立ち。国体。
・その国が本来備えている性格・性質。(『大辞林』三省堂)
この3つの意味を総合すると、安倍晋三が言う「国柄」とは日本古来から今に続く国の形を指しているはずだ。古来から今に続く国の形であるから、そこに日本独自の変わらない伝統・文化を存在させていることになる。
そして国の中心を国民ではなく、天皇と見ているが、この思考構造も国家優先の国家主義によって成り立っているはずだ。
安倍晋三「日本では、天皇を縦糸にして歴史という長大なタペストリーが織られてきたのは事実だ」(自著『美しい国へ』)
安倍晋三「むしろ皇室の存在は日本の伝統と文化、そのものなんですよ。まあ、これは壮大な、ま、つづれ織、タペストリーだとするとですね、真ん中の糸は皇室だと思うんですね」(2012年5月20日放送「たかじんのそこまで言って委員会」)
要するに安倍晋三が問題とし、重要視しているのはあくまでも天皇中心の日本という国家=国柄である。
また、国柄を強調すること自体が国民よりも国家を優先させていることを証明することになる。勿論、ここに安倍晋三の国民を従属的位置に置いて国家を優先させる国家主義が現れている。
例えば記事冒頭で取り上げたTPP交渉参加決定記者会見の安倍晋三発言で、「世界に誇るべき国柄」として「息を飲むほど美しい田園風景」を挙げてから、続いて農村の少子高齢化、若者の農村離れ・農業離れ、耕作放棄地の増大等々に触れているが、「美しい田園風景」を裏切る農業が内在させている現実として対比させたのではなく、「美しい田園風景」はあくまでも日本の国柄として固定的・不変的に存在する伝統・文化であるが如くに捉えて、それとは別個に存在する農村の少子高齢化以下の風景の数々としているところにも国家優先の思想を見て取ることができる。
TPP参加決定記者会見発言からさらに証拠固めとして言うなら、冒頭発言には交渉に参加した場合の国家経済のプラス・マイナスの視点からの発言はあっても、「国民の生活」、あるいは「生活」、「消費者」という言葉を一言も発していない国民目線、あるいは国民生活目線、消費者目線の不在にも国家優先を窺うことができる。
但し記者との質疑で初めて消費者とか生活とかの言葉が出てくる。
記者が「安い外国米や畜産物が入ってくることを望む消費者と、農業の聖域化の狭間にある溝を総理はどのように受けていらっしゃるか御説明ください」と、冒頭発言では触れていなかった「消費者が受ける恩恵の優先順位」について尋ねたのに対して次のように答えている。
安倍首相「多くの関税が撤廃されていくことによって物の値段が下がっていく。これは消費者が享受できる利益だと思います」――
記者は自民党が先の総選挙で公約とした、主として農産物を対象とした「聖域なき関税撤廃を前提とする限り、TPP交渉参加に反対」を念頭に置いて、消費者のメリットとの関係で聞いたのである。安倍晋三にしても記者会見中、「一方で、TPPに様々な懸念を抱く方々がいらっしゃるのは当然です。だからこそ先の衆議院選挙で、私たち自由民主党は、『聖域なき関税撤廃を前提とする限り、TPP交渉参加に反対する』と明確にしました」と言っているのだから、日本の農産物の関税維持の観点から、その点に於ける消費者のメリットを説明しなければならないはずだが、農産物以外の関税撤廃と差し引きさせた利益を言っているが、一般的な国民、一般的な消費者にとって農産物が最も身近で、最も多消費、日常的な生活物資であって、そうである以上、農産物の関税維持と消費者の利益の直接的な関係に言及しなければならないはずのところを言及せずに済ましていることも、日本の国の形としての国柄を強調するが、国を構成する国民の生活を強調しない点、国民を優先順位として国の下に置いているからこそであって、国家優先・国民後回しの姿勢の現れと言えるはずだ。
第183回国会施政方針演説で、「日本は瑞穂の国です。息を飲むほど美しい棚田の風景、伝統ある文化。若者たちが、こうした美しい故郷(ふるさと)を守り、未来に『希望』を持てる強い農業を創ってまいります」と言い、若者を生活者としてそこに置いてはいるものの、日本を「瑞穂の国」と日本書紀時代以来の美称で呼んでいるところに若者に優先させた国の形、国柄の重視――国家優先・国民後回しの思想が見えてくる。
安倍政治がこのような政治であることが徐々に露わとなってくるはずだ。