横山委員「実際には文書の遣り取りしかありません。議論はされていないというふうに我々は理解しております)
黒川委員長「それは報告ですね」
横山委員「ハイ」
田中耕一(島津製作所フェロー)
田中委員「田中と申します。菅首相とは同じ学校です。3、4年早く出ていまして、幸か不幸かお声がかかからないで、何故かこっちに座っておりますけども、同じ同窓生ということで、少し気楽にお答え頂いても構わないんですが、えーと、ちょっとくだらない質問をして申し訳ありません。
色々としたかったんですけども、時間がありません。それで、先ず鳩山総理とそれから菅総理と続けてですね、2回理工系の宰相が出てきたということで、結構話題になりました。
今回この事故が起きた時にですね、理工学部の首相ということで、この気負いということで、その所で相当前に出過ぎたように私には思えます。
当時ですね、どういう、私はコンピューターにですね、どんな情報が上がっているかっていうのを刻々色んな記事を入れて、既製(?)ファイルをつくっておりましたけども、どうしてこんなに首相の話題が多いんだろうということを思ったりしておりました。
それがいいのか悪いのか分かりませんけれども、もっと文系の首相の方(かた)だと、ここで私がここで敢えて質問するようなことはなかったと思います。
それはどうでもいいんですが、ま、そんなことでですね、少しそういうことで、理工系であるという、そういう気負いというものは少しありませんでしたか」
菅仮免「私自身特に理工系だからということで気負いというものはありません。それよりも今回特に原発事故についてあまりにもですね、通常大臣の所にどういう形で、まあ、いわば下からですね、官僚組織から意見が上がってくる、提案が上がってくるというのは知っています。
しかし今回の件では、その上がってくるべきことが殆ど全くといっていい程上がってこなかったと。
具体的に言えば、原子力安全委員会からですね、予測とか、そういう場合はどうしたらいいのかとか、どういうことで可能性あるとか、そういう話は上がってきませんでした。
他の所からも現場の状況の把握は上がって来ませんでした。
そのことのやっぱり怖さですね。逆に感じました。
その怖さを感じたことが私が理工系であるからか、なかったからか、影響したかどうか分かりませんが、これでは手の打ちようがないという、そういう怖さを感じました。
田中委員「もう一つすみません。短くしろと言われているので(笑いながら)、もう一つ。
今情報のことをおっしゃいました。それで私としても是非検討を頂く、検討をして頂きたい課題として、こういう事故とのときのメーカーの問題なんですね。メーカーというのは非常に重要な情報を知っているし、それから原発を一言で言うと、色んな癖があるし、そのときのデザイナーのセンスなんかもあると思います。色んな情報が、例えばこの1号機に関して言うと、これは完全にGEのものですし、非常に問題になったアイショレーションコンデンサーというものがあって、その運転を巡って色々な問題があります。
最初の3日間ぐらいの間に非常に重要な問題が一杯あったんだけど、その問題に応えることができるのはメーカーであるGEである可能性が非常に高いわけですね。
そういう、これをGEの方に早く聞けとか、問うとか、そういう助言はなかったんですか」
菅仮免「私もそのご色々と調べてですね、田中さんご存知かもしれませんが、短期契約ということで、東電がGEから買っています。短期契約というのは勿論ご存知でしょうが、つまりは一般の方が車を買うように、お金を出せば車が来ると。キーをぐるっと回せばエンジンがかかって車が走り出すと。
しかし私の理解では普通外国から技術を入れるときは、自分の会社の技術者と外国の技術者が一緒になって工場を造って、そして試運転も一緒にやって、そしてそれがうまくいった時に初めて納品されると。
出来上がりを買うというのはですね、私も、父親もかつて技術屋でサラリーマンでありましたが、そういう話を聞いていても、普通考えられないんですね。
ですから、今おっしゃったことはやはり導入のときから、ちゃんとですね、自分で造れる程の能力を買った東電が持っていなかったんではないのか。
あるいはその40年間の中で、その技術を当然つけているだろうと私は思っていたんですけども、今回問われたICの問題等々、あるいは2号、3号の水の注入を見ているとですね、本当に東電はこれらの原子炉についてですね、構造とか何とかを完全に理解していたのかどうか、そこのところは私も疑問に感じているところは多かったです」
田中委員「それで老朽原発と絡んで、是非ご考察頂きたいのですけれども、こういう原発というのは設計者だとか、それを導入したときの関係者だとか、もう40年も経つとですね、もういらっしゃらない場合が多いんですね。
そういう技術の伝統とか構造の伝統だとか伝承されていかないと問題があります。ですから、こういう問題が起きたときにすぐに太刀打ちできないという問題があるんですね。
で、それをメーカーも含めて、あるいは一番のところのデザインは資料がありますから、そういう所に話を聞くということは非常に重要な問題だと思います。
ですから、反省点の一つとしてご検討頂ければいいかと思っています。よろしくお願いします」
横山委員「先程の学校の1ミリシーベルトの問題に絡んでいますが、原子力、科学を含めてですね、トランスサイエンスという言い方があることはご存知だと思います。トランスサイエンス、即ち原子力科学であるとか、生命科学であるとか技術の最先端だけではなく、社会への影響が非常に大きい。
また価値観が影響すると、技術だけ知っているだけでは十分ではないというタイプのサイエンスのことを言うと思うんですが、そういう観点からしますとですね、先程の文科省の対応とかご覧を頂くと、何か技術中心ということが今回の問題の一つではないかと思うんですが、その辺のことは今後のことを考えられるときに、どういう広がりで組み立てたらいいかというご見解をお聞きしたと思います」
菅仮免「なかなかご質問の、この範囲が全部理解できているかどうか分かりませんが、最後に言おうと思っていることに関連するんですが、原子力という技術について本当にどう人間が関わっていくことができるのか、いけるのかということは私は私なりに深刻に感じています」
黒井委員長「ちょっと、総理。最後に聞いてもいいですか」
菅仮免「ハイ」
黒井委員長「じゃあ、大島さん」
大島賢三(元国連大使)
大島委員「大島でございます。最後に総理、最後に一言ご発言頂きたいことがあるのですが、それは吉田所長を始め、現場を支えた作業員に対する一言ということであります。
総理もおっしゃいましたけども、背筋の寒くなるような最悪の事態になり得たと。
まあ、そういう状況であったわけですけども、最悪の事態を防いで救ったのは最終的には東電本部の指導部でも、官邸でも、ましてや原子力安全・保安院、原子力安全委員会でもなく、まさに現場にあって、極限状況の中で文字通り命がけで収拾に取り組んだ吉田昌夫所長以下、50名とか70名の作業員の決死の働きであったということはこれは多くの国民が受け止めております。
海外でも賞賛をされて、ヒーローとか福島フィフティズとか、言われていたわけですけれども、そういう事態に対して本部長として全体として指示されていたことから、これらの人に対して一言おっしゃって頂ければと思います。
正式の会議でございますから、記録でも把えておりますから、是非お願いいたします」
蜂須賀礼子(福島県大熊町商工会長)
蜂須賀「すみません。蜂須賀ですが、同じ質問になってしまいますが、うちの先生と同じ質問で申し訳ございません。
私も同じ質問を考えておりました。私たち12日に避難しまして、15、16日と、あの極限の状況のときに同じ避難者の人たちが、『向こう、第1に行ってくるよ、現場を抑えてくるからな』って、いうふうにして出かけていったんですね。避難所から。
そのとき私たちは避難所の中で、『頑張ってね、私たちそのために、発電所をこれ以上悪い方向にいかせないでね』、と。戦争でもないのに、『お国のために俺達頑張ってくるぞ』
それこそ家族は涙ながらにお父さんたちを送ってですね、そのとき私は、そのときに私たちの命を救ってくれたのはあそこの現場で必死に働いてくれた人たちではないかなと思っております。
今大島先生がおっしゃったとおり、あの人たちに対して最高責任者であった菅さん一言、あの方たちに言葉を頂きたいと思います」
菅仮免「私も全く同様に感じています。やはり一番厳しい状況にあることは東電の現場の皆さんが最もよく理解をされていた。その中で、最後の最後までですね、頑張り抜いてやって頂いた。
そのことがある段階でこの事故の拡大を停まる、やはり最も大きな力になったと。
同時にその後自衛隊、消防、警察、色々な関係者もですね、ある意味命を賭けて、頑張ってきて下さったと。
そういう皆さんの、まあ、国を思うというか、国民を思う、そういう気持があって、何とか事故がさらなる大きな拡大に繋がらないで押しとどめることができたと、その皆さんには本当に、勿論、当時の責任者という立場からではなく、一人の人間として、心からお礼と敬意を評したいと思います」
野村委員「総理、それに関連して私共、私がヒヤリングした限りでお伝えしたいことがあるんで申し上げておきますが、総理は15日の朝に東電本店に行かれて、それで多くの方々の証言では、まあ、叱責をされたということなんですけども、このご様子が今ご発言された相手の福島原発の現場におられた作業員の方々にも届いていたことは、そのときお考えになってご発言されていたんでしょうか」
菅仮免「私がどういう話をされたかということはかなり表に出ておりますけども、私の気持で申し上げますと、(言葉を強めて)叱責という気持は全くありません。
直前に撤退という話があったことは、それを清水社長に撤退はありませんと言った直後でありますから、また皆さんがそのことで知悉されているかどうか分かりませんから、何とか皆さんが厳しい状況であるか分かってくださっておられるだろうと。
だから、これは本当に命をかけても頑張って貰いたいという、そういうことは強く言いました。それから撤退しても、つまり現場から撤退しても、放射能はどんどん広がっていくわけですから、そういう意味で撤退しても逃げ切れませんよということは言いました。そういうことは言いましたけれども、現場にいる皆さんを私が何か叱責するとか、そういう気持ちは全くありません。
それから、そういう皆さんが聞いておられたということはあとになって気づきました。私も東電に入るのは初めてですから。その頃本社のそういう所に。
入ってみると、大きなテレビ会議のスクリーンが各サイトとつながっていて、24時間、例えば第2サイトとの状況もが分かるようになっていました。
ですから、あとになって、私があそこで話したことはそこにおられた200名余りの皆さんだけではなくて、各サイトで聞かれた方もあったんだろうと。私はそれを公開するとかしないとかの話がありましたけどけれども、私自身は公開して頂いても全く構わないというか、私は決して止めるわけではありません。
それを聞いて頂ければ、私ですがね、まあ、色んなことは申し上げましたが、最後は、まあ、60歳を超えている会長から社長とか、私などはある意味先頭切っていこうじゃないかということも申し上げたわけでありまして、決して現場の人に対して何か叱責するというような、そういう気持は全くありませんでしたので、そこは是非ご理解いただきたいと思います」
野村委員「お気持はよく分かるんですけども、あの、一点だけですが、その前にですね、まさに会社のために国のためにということで自分たちの命を張っておられる方々がまさか逃げることはないっていうことが伝わっているわけですよね。電話で確認されているわけです。
枝野官房長官の昨日の発言であれば、現場にも連絡して撤退の意思ではないということは確認されているわけなんですが、そういうような方々が、総理が来られて、現場から自分たち撤退するつもりはないいと思っているのに何で撤退するんだと怒鳴ってられる姿というのは、やはり今まさにサイトと命と共にそれを防いでいこうと思っておられる方々に対する態度として、先程人としてというご意見がありましたけども、何か反省する気持というのはないでしょうか」
菅仮免「同じことになるんですけども、私は本当に叱責するというような気持は、特に現場の皆さんに対してそういう気持は全くありません。
先程来、この撤退の経緯については色々お聞きになりましたけれども、少なくとも私が3時に起こされた時点では撤退するということを社長が経産大臣に言ってきたという、そこからスタートしているわけです。
ですから、その意思は普通に考えれば東電の、少なくとも上層部は共有されているというふうに理解するのが普通だと思うんです。
で、私は本店に入りましたので、そこには上層部の幹部の人達が基本的にはおられたわけです。もちろん今仰ったように現場のところにもテレビ電話でつながっていたかもしれませんが、私自身はそのことは後で気が・・・・、あの、テレビは分かりましたけども、そこにおられる東電の幹部の皆さんに、撤退ということをもし考えてもいられたとしてもですね、それは考え直して、何としても命がけで頑張ってもらいたいと。
そういう気持で申し上げたのでしたので、そこは是非ご理解を頂きたいと思います」
田中委員「今の叱責をされたとされることに関してなんですが、前回の海江田氏が初めて現れた方には違和感がある、誤解されやすい。また前回の海江田氏からは、ステーツマン、上に立つ者として分かりやすく話すべきだというふうにおっしゃられました。今振返って、上に立つ者としてどうあるべきなのか。これからの未来の話になると思いますが、何かございますでしょうか」
菅仮免「私の言葉が受け止められる方にとってはやや厳しく受け止められたとしたら、そのこと自体は私の本意ではありませんので、その点についてはもしそういうことがあったとすれば、申し訳なく思っております。
私の本意は、そのときを含めて、色んな場面がありますけれども、海江田さんとはもう40年来の古いお付き合いでありますが、やはりこれは政治家でなくてもそうだと思いますが、はっきり物を言わなければいけないときはあるわけです。
そういう意味で私が、例えば私が清水社長に撤退はありませんよと言った。あるいは大勢の前で、皆さん一番分かっておられるかもしれないが、撤退はしないでくださいと言ったということは、私からすると、私の気持を率直に伝えたいと思っていたわけで、決して叱責のつもりでもありませんし、何かよく怒鳴ったと言われるんですが、まあ、私の夫婦喧嘩よりは小さな声で喋ったつもりでありますけども、少なくともそういう何か、こう怒ったとか、誰かを叱ったとかいうつもりで申し上げたんではなくて、はっきりと物を言うために多少声が大きくなったことはあって、それが不快の念を受け止められた方があったとすれば、それは申し訳ないと思います」
黒井委員長「ありがとうございます。ちょっと時間をオーバーをしましたが、今の、本当にあの、菅さん色んなことに答えていただきまして、色々なことがまた分かりました。誠にありがとうございました。本当にご苦労さまでした。
あのときに本当に津波、それから地震、それから大津波、さらに原発という三つのことがあったので、本当に大変な時だったと思います。今から後付けで言うのは簡単ですけども、そういうことはいつ起こるかもしれないわけで、やはり一国、あるいは組織のトップというのはそういう時には何をするのかということが問われているわけであります。
そういうことから言うと、勿論菅総理もよくご存知のように幾つかの話が出て参りました。今一つは店舗(東電本店)に行った15日の朝の話ですが、不思議なことに今、菅総理はあれは今聞けるもんなら聞いて構わないとおっしゃいましたが、不思議なことに東電はあそこのとこだけが音が出なくなっているんですね。
極めて不思議だなと私共は思っていますので、これは何とかしたいと。いわばそのときの菅総理の気持も伝わると思います。
是非それにもご協力を頂ければと思いますが、そういうことは極めて不可解だと思っています。
もう一つは、そういう意味では日本では一国として世界の情勢が変わってきて、また似たような自然災害がどうか分かりませんが、危機的状況が続く可能性があるかもしれません。そのとき、是非本当に大災害、非常に複雑な複合災害のトップをされた菅総理からは、現在の野田総理、あるいは将来の日本のリーダーになろうという人たち、あるいは大きな組織のトップに繋がっていく人たちに、是非どういうことが大変であるかということを二つ三つ、是非、野田総理にもお話になっているでしょうが、こんなことがあったら、こうしなくちゃいけないというような話もあると思うんですが、是非お伝え頂ければと思います」
菅、用意してきたと分かる原稿を読み読み、一語一語力を込めるように静かな演説口調で話し出す。
菅仮免「私は冒頭ご質問に答えましたように3月11日までは安全性を確認して原発を活用すると、そういう立場で、総理としても活動を致しました。
しかしこの原発事故を体験する中で根本的に考え方を改めました。その中でかってソ連、務められたゴルバチョフ氏が、その回顧録の中でチェルノブイリ事故は我々体制全体の病根を照らし出したと、こう述べておられます。
私は今回の福島原発事故は同じことが言える。我が国全体の病根をある意味照らし出した。このように認識をしております。
戦前軍部が政治の実権を掌握していきました。そのプロセスに東電と電事連(電気事業連合会)を中心とする、いわゆる原子力村と言われるものが私には重なって思えて参りました。
つまり東電と電事連を中心に原子力行政の実権をこの40年間の間に次第に掌握をして、そして批判的な専門家や政治家、官僚は村の掟によって村八分にされ、主流から外されてきたんだと思います。
そしてそれを見ていた多くの関係者は自己保身と事勿れ主義に陥って、それを眺めていた。これは私自身の反省を込めて申し上げております。
現在原子力村は今回の事故に対する深刻な反省をしないままに原子力行政の実権をさらに握り続けようとしています。
こうした戦前の軍部に似た原子力村の組織的な構造、社会心理的な構造を徹底的に解明して解体することが原子力行政の抜本改革の、私は第一歩だと考えております。
原子力規制組織として原子力規制委員会をつくるときに、例えばアメリカやヨーロッパの原子力規制の経験者である外国の方を招聘することも、そういう村社会を壊す上で一つの大きな手法ではないかと思っております。
またさらに申し上げれば、今後、この3・11原発事故の教訓を日本人、私たち全体がどう受け止めて、日本の将来をどう決めていくか、一人ひとりの日本人が問われていると思います。根本的な問題としては原発依存を続けるのかどうかという判断です。
今回の事故が稼働中の原子炉だけではなく、最終処分ができない使用済み燃料の危険性も明らかになりました。今回の原発事故では最悪の場合、首都圏3千万人の人の避難が必要となり、国家機能が崩壊しかねなかった。そういう状況もありました。
テロや戦争を含めて、人間的要素まで含めれば、国家崩壊のリスクに対応できる確実な安全性確保というのは、それは不可能であります。私は今回の事故を体験して、最も安全な原発は原発に依存しないこと。つまり脱原発の実現だと確信致しました。
是非とも野田総理は勿論のこと、すべての日本人の皆さんに、あるいは世界の皆さんにそういう方向での努力を心からお願い申しあげたいと思います」
黒井委員長「それからちょっと一言申し上げたいと思います。例の東電に行って話をされたときに、その前に吉田所長とお話をされていますね。『がんばりますよ』という話で。
その時清水さんにしろ、勝俣さんにしろ、東電全体に現場では頑張るぞと言っているぞと、知ってるかって聞きましたか。そういうことを確認されましたでしょうか」
菅仮免「冒頭吉田さんとの2回の会話ということで、もう一度は必ずしも正確にどの時点だったか分かりません。ただ、14日の夕方、比較的遅い時間に先程申し上げたように細野補佐官から取り次がれた電話で、そういう趣旨の話を致しました。
しかし私自身がですね、そのことを、例えば、清水社長に呼んだときに言ったという覚えはありません。なぜかって言えば、すぐに『分かりました』と言われましたので。
もし何かですね、『いやあ、そんなことを言っても、現場は持たない』と言われたら、もしかしたら言ってたかもしれませんが、そう遣り取りがないまま、すぐに『分かりました』と言われましたので、私からその場で言ったことはないと思います」
黒井委員長「ハイ、ただそのまま東電に行って、先、ずっと大きな所にテレビがずっとあって、見えていないとおっしゃるときに吉田所長が見えましたよね」
菅仮免「いや、吉田所長。スクリーンが六つぐらいありましたよね。大きな顔で写っておられれば分かりますけれども、必ずしもその中の人まで認識をしておりません」
黒井委員長「そのとき吉田所長は、現場の方々は頑張るぞって言ってるっていうのは数時間前に聞いておられるわけですから、そのことは伝えましたか」
菅仮免「その時の話に中には入っていません」
黒井委員長「入っておりませんでしたか。知ってるようでしたか。東電の清水さん、勝俣さん、皆さんは。感じですけどね」
菅仮免「そこは分からないんですよ。ですから先程言いましたように清水社長が言ってこられたということは普通であれば、勝俣会長や何人かの幹部がですね、相談に与っているはずです。
多少前後のことを、私の直接の知見ではありませので、あんまり申し上げませんでしたが、多少前後のことで言いますと、14日のある段階では政府事故調に書かれたことがもし正しいとすればですね、もう現場の打つ手がないので、何かこう、何人かを逃げるためにバスを用意したということも、政府の事故調の中間報告にはありました。
それを吉田所長がそこまで考えたことがあったというふうに政府事故調の中間報告にありました。
しかし先程私が申し上げたことと重ねあわせて言うと、2号に水が入らない段階で、もう手がないと。このままいけば2号がメルトダウン、爆発するという危機感の中でそういう行動を取られたけれども、幸いにして水が入り出したということで、結果としてそのまま(バスを)使うことはなかったと、政府事故調は中間報告で述べておられます。
ですから、一連の経緯を私なりに整理して見ますと、そういう事態が14日の夜の遅い段階であって、そしてまだやれるという意識になられて、そこでもしかしたら、東電の中の意思疎通がですね、若干時間的に前後があって、食い違いが出た一つの原因になったのかもしれませんが、そこは東電の中のことですので、私にはわかりません」
黒井委員長「ありがとうございました」
次の証人が佐藤福島県知事であることを告げて終了。
2004年10月27日、日本国海上自衛隊横須賀基地所属、ミサイル搭載護衛艦「たちかぜ」の一等海士(当時21歳)が立会川駅で飛び込み自殺した。
遺書は、家族への感謝の言葉と共に、上職の二等海曹・佐藤治を名指しし、「お前だけは絶対に許さねえからな。必ず呪い殺してヤル。悪徳商法みてーなことやって楽しいのか?そんな汚れた金なんてただの紙クズだ。そんなのを手にして笑ってるお前は紙クズ以下だ。」と、いじめを示唆する内容。
2005年1月、二等海曹・佐藤治は別の海上自衛官への暴行罪・恐喝罪で有罪判決。海上自衛隊を懲戒免職処分。
佐藤はたちかぜ艦内にエアガン・ガスガンなどを不法に持ち込み、レーダーやコンピューター機器など重要な精密機械を置く立ち入り制限地区・CIC室でサバイバルゲームに興じていたことが後の裁判で発覚。
20006年4月、遺族の両親は、「自殺したのは先輩隊員のいじめが原因で、上官らも黙認していた」と主張し、国(国家賠償請求)と佐藤を相手に計約1億3,000万円を求める訴訟を起こす。
2011年1月26日、横浜地裁(裁判長・水野邦夫)は判決において、以下の点を認定。
・ 「元二等海曹から受けた暴行などの仕打ちが自殺の重要な原因となったことは優に推認でき
る」
・ 「(当時の分隊長ら上官3人は)規律違反行為を認識しながら、何らの措置も講じず、指導
監督義務を怠った」
・ 「元二等海曹や分隊長らが、自殺することまで予見することができたとは認められない」
以上の理由により、国と佐藤に計440万円の支払いを命じた(死亡に対する賠償は認めず)
地裁判決を受け、遺族の母親と弁護団は「国と個人の両方の責任を認めたのは評価するが、予見可能性のハードルが高すぎて不当」として、即日のうちに控訴を表明。一方、杉本正彦海上幕僚長はコメントしなかった。
いじめの内容
地裁判決が認定した、佐藤による一等海士へのいじめの内容は以下の通り
・ 日常的に殴る蹴るの暴行傷害を加える
・ エアガンで撃ち、暴行傷害を加える
・ 上司の立場を利用し、視聴済みのアダルトビデオを高額で買い取らせる
(以上《たちかぜ自衛官いじめ自殺事件》/Wikipedia)
佐藤が、〈たちかぜ艦内にエアガン・ガスガンなどを不法に持ち込み、レーダーやコンピューター機器など重要な精密機械を置く立ち入り制限地区・CIC室でサバイバルゲームに興じていた〉となると、その他大勢の隊員が佐藤を怖がって傍観し、上官も薄々は気づいていながら、放任していた図が浮かんでくる。
いわば佐藤はたちかぜ内で支配者の地位にいた。職務上は艦長が全員の支配者であったとしても、職務から離れた場合と一部職務に入り込んで多くの隊員を支配していたと考えることができる。
この支配を許していたのは上官や隊員の放任・傍観の態度であったのは断るまでもない。
このことも問題だが、その他にも問題が生じた。《海自自殺控訴審:「いじめ調査結果あった」3佐が陳述書》(毎日jp/2012年06月18日 12時40分)
1士の自殺後、横須賀地方総監部が「たちかぜ」の乗員対象に「艦内生活実態アンケート」を実施した。
遺族側は提訴前、海上自衛隊にアンケート結果等の情報公開を請求する。
国側はアンケートのフォーマット(質問内容)のみを開示、実際に隊員が書き込んだ原本については破棄を理由に「不存在」と回答。
2006年4月から07年1月まで国の利害に関係のある訴訟で法相が行政職員から指定し、国側の立場で訴訟を担当する指定代理人を務めていた現職自衛官の3等海佐が、「国は関係資料を隠している」との陳述書を提出していたことが判明。
〈提訴直後に海上幕僚監部の情報公開室から「アンケート結果は存在しているが、破棄したことになっているのでフォーマットだけ公開した」との説明を受けたとしており、実際にアンケート結果も確認したという。〉・・・・
陳述書「行政がうそをつけば、民主主義の過程がゆがめられる」
失敗行為を、あるいは問題行為を責任追及を恐れて隠蔽し、事実を歪める人間が組織の上層に位置して、組織を支配していた場合、その人間の責任回避意識は組織全体の行動を時として支配することになって組織ぐるみの無責任が罷り通ったり、上の人間の指示による組織ぐるみの失敗行為の隠蔽、問題行為の隠蔽が罷り通ったりして、ついには正しい判断が追いやられることが当たり前となり、独善的集団と化さない保証はない。
さらに言うと、事実を隠蔽までして責任回避に走るのは、それを許す体質を持っていることを意味し、それが組織全体にまで影響した場合、当然のこととして組織的体質へと拡大していく。
これが軍隊であった場合、戦前を振り返るまでもなく、正しい判断の効かない非常に危険な存在となる。
当然、陳述書が言っているように民主主義に基づいた意思決定の過程は排除を受ける。
一昨日の6月21日になって、杉本正彦海上幕僚長が記者会見でアンケート結果の存在を明らかにした。調査委員会を設置して原因究明するという。
存在するものを隠蔽して存在しないとしたのは明らかになった場合は不都合な存在物だからだろう。当然、そこには責任回避行動があった。
また、上記「毎日jp」記事の、〈海上幕僚監部の情報公開室から「アンケート結果は存在しているが、破棄したことになっているのでフォーマットだけ公開した」との説明を受けた〉ということは(「47NEWS」記事によると、〈「海自が自殺の経緯を調べた後に破棄した」と国が訴訟で主張していた〉となっている)、海自ぐるみの事実を歪めるための組織的情報隠蔽だと分かる。
2004年末から7年以上も海上自衛隊という軍隊組織によって事実が隠蔽されていたということは恐ろしい事実である。
正しい事実を排除し、それを許す体質のまま今日まで来た。
自衛隊所管の森本防衛相がこの件で昨日の6月22日に閣議後、記者会見している。記事が伝えている発言は短い。
森本防衛相「今まで説明していた事実と違う点があったことは遺憾に思う」(MSN産経)
果たして単に「説明していた事実」と異なっていたということだけのの問題だろうか。一人の若者の生命に関係したことを海自ぐるみで事実を事実と扱わず、事実の隠蔽を働いていたのである。
あるいは組織として正しい判断を働かすことができなかったのである。
そのような事実隠蔽と責任回避の体質を海自が持っていたということである。隠蔽の事実があった以上、どのようにそれが行われたのか、その経緯とそれを許した体質を徹底的に究明すると言うべきところを、事務的で事勿れな発言となっている。
自衛隊は日本の軍事面に於ける安全保障のために存在する組織であるが、究極的には日本国民のために存在する組織である。当然、日本国民の利益に適う適正な組織として存立していなければならない。
情報隠蔽と責任回避を体質としていたなら、決して日本国民の利益に適う適正な組織とは言えない。
評論家で大学教授をしていたということで安全保障に関わる知識は優秀かもしれないが、国民に向ける視点、国民に向ける責任意識を欠いているようだ。
このような姿勢で沖縄の米軍基地問題を語るとしたら、同じように安全保障だけを考えた、日本国民や沖縄県民に向けるべき視点や責任意識を欠いた態度となるに違いない。
民主党増税執行部は3党合意は社会保障政策に関わる民主党マニフェストの撤回ではないと言い、自民党執行部と公明党執行部はマニフェスト撤回だと言い、民主党内反増税派は民主党執行部の主張に反してマニフェスト撤回だといい、自民党と公明党の一部議員は自民党執行部と公明党執行部に反してマニフェスト撤回となっていないと言い、マニフェストを巡って奇妙なねじれ現象を起こしている。
野田政権は社会保障政策案と消費税増税案の国会通過のために自民党か公明党の頭数を必要としていた。自民党が先に協議に応ずる姿勢を見せ、そこに公明党が加わった。
元々参議院での数の関係で主導権を握る立場にあった自公は共に民主党の「社会保障と税の一体改革」関連法案の国会成立には民主党がマニフェストに掲げた主要政策の最低保障年金創設や後期高齢者医療制度廃止等の撤回を要求條件としていた。
そこに来ての3党協議である。自ずと自公が主導権を握り、自公主導で行われた。
だが、自公は民主党執行部による民主党内を納得せるメンツ立てに3党合意文書に社会保障政策に関しては自公が主張していた必要な見直しを経て維持するとした「現行制度」という文言を入れない譲歩と、民主党がマニフェストに掲げた「最低保障年金」と「後期高齢者医療制度廃止」の文言を排除する代償として「撤回」という文言も入れない取引の譲歩を示した。
多分、自公は「最低保障年金」と「後期高齢者医療制度廃止」の文言を入れさせないことによって「撤回」を意味させようとしたのかもしれない。
例え3党合意文書で各政策を今後の財政等の「状況等を踏まえ、必要に応じて、社会保障制度改革国民会議において議論し、結論を得ることとする」と棚上げの形で先延ばしの形式にしたとしても、主導権を握っているのは自公であり、現在の力関係を維持できる成算があり、総選挙が行われれば、世論調査から判断して衆議院でも多数派を形成できると踏んでいたのだろう、自公主張の現行制度の見直しで決着ができると踏んだに違いない。
このような経緯から、自公は棚上げを民主党マニフェストの「事実上の撤回だ」と言い出した。3党合意の勝利感に酔っていたのかもしれない。
6月17日(2012年)フジテレビ「新報道2001」
町村信孝自民党議員「それぞれの党で解釈はいかようにもできる。事情が分かっている人はマニフェストが実現できないと分かっている」
桜井充民主党政調会長代理「町村氏の話は違うのではないか。後期高齢者医療制度は今国会で法律を提案できる準備をしてある。最低保障年金も話し合いの場ができると認識している。先送りや撤回ではない」(MSN産経)
桜井民主党議員だけではなく、民主党は自公の譲歩がつくり出した3党合意文書の曖昧さを逆手に取って、自己存在の正当性証明とそのことに裏打ちされる政権運営の形勢有利、このことの反映として影響する総選挙の形勢有利を狙って、マニフェスト撤回ではないと口々に言い出した。
自分たちが決めたばかりの問題で、このような「撤回だ」、「いや、撤回ではない」の相対立する主張が勃発するのは例え自公が譲歩するとしても、言質となる何らかの文言を入れておくべきだったが、そうするだけの慎重さを欠いたと言うことなのだろう。
その原因は自公が自らの民主党に対する主導権、あるいは民主党との力関係を過信し、その持続性を過信したからに違いない。
確かに自公の主導権、力関係、その持続性は今後共続く形勢にあるが、続く形勢にあるがゆえに逆に崖っぷちに立たされることになっている民主党執行部としたら、増税反対派の突き上げもあって、国民を納得させるためにも自己正当性の体裁を繕わざるを得ない苦境に追い込まれることとなった。
その自己正当性の体裁が「撤回ではない」の反論となって現れた・・・・と見るべきだろう。
「撤回」でないなら、野田首相自身が、「撤回ではない。社会保障制度改革国民会議で正々堂々と議論し、マニフェストを貫徹させる。民主党の政策が最善だと信じている」と宣言すればいい。
こういった宣言こそが野田首相の「不退転」を実証することになる。
だが、5月23日の衆院社会保障・税特別委員会で野田首相は既に妥協の姿勢を見せている。この姿勢は頭数の力関係を反映したものであることは断るまでもない。
野田首相「最低保障年金というゴールを見て、今、改善しなければならないという意見と、現行の制度は大丈夫なので改善しながらよりよいものを作ろうという姿勢は、一致点は見いだせる」(NHK NEWS WEB)
力関係が自公に有利な形勢にある以上、野田首相が言っている「一致点」もそれぞれの力関係が反映する。反映の結果が3党合意であったはずだ。
野田首相が「撤回ではない。社会保障制度改革国民会議で正々堂々と議論し、マニフェストを貫徹させる。民主党の政策が最善だと信じている」と宣言できない状況に既に立たされていたということである。
当然、3党合意によって最低限の見積もりであっても、そこに少なかざる妥協・譲歩がある以上、最早「不退転」なる姿勢は放棄したことになる。「不退転」の言葉を使う資格も失ったことになる。
国会を通すことのみに「不退転」を示しても意味はない。自らが掲げた政策を掲げた通りの内容に限りなく近い形で実現して初めて真の「不退転」と言えるからだ。
「不退転」が見せかけの幻想と化し、世論の支持という支援もない四面楚歌のボロボロの状況にあっても、後々のために負け犬ヅラを曝け出していいわけはない、プライドだけは保とうと考えたのか、前原口先番長が輿石幹事長と連名で自民党の「民主党マニフェスト撤回」発言に抗議する抗議文を手渡したという。
口先番長の前原が強がりでしかない抗議文を手渡したというのは逆説めいて滑稽である。
《【消費税増税】民主、自民に抗議 修正合意の「マニフェスト撤回」発言を問題視》(MSN産経/2012.6.21 14:34)
6月21日昼、茂木敏充自民党政調会長に対して申し入れた。
〈民主、自民、公明3党の修正合意について、石原氏が記者会見で「最低保障年金はなくなった」「閣議決定の効力はなくなった」などと発言していることを「事実に反する」と問題視。「公党間の信頼に反する」として撤回と訂正〉を要求。
茂木氏の発言に対する批判も入っているという。
茂木氏「サッカーで例えれば6対1でわれわれの勝利だ」
抗議文「いかに政党の広報宣伝のためとはいえ、信頼関係を傷つける発言だ」
もし野田内閣、民主党執行部が3党合意がマニフェストの撤回でも棚上げでも、先送りでもないと言うなら、社会保障と税の一体改革関連法案修正案の衆院採決前に白黒の決着をつけるべきだろう。
決着をつけてこそ、事実がどこにあるのかの国民に対する真正な説明となって、民自公共に国民に対する説明責任を果たすことができるからだ。
色々と勘繰ったり、裏読みしなければ推測できない内容であるなら、国民に対する説明責任を果たしているとは言えない。
法案が通ってから、撤回でないならいいが、撤回ということになったなら、国民をバカにすることになる。
要するに3党合意は自公に有利な数の力関係を暗黙の背景としながらも民主党のメンツを立てた、それゆえにどうとでも解釈できる曖昧な内容となったということではないだろうか。
私自身は憲法9条改憲論者である。
理由は、日本が世界を国家生存の場とし、世界各国との関係を国家生存の機会とし、それぞれが国家生存の利害で深く結びついていて、決して一国のみの生存で日本国家が成り立っているわけでない。あるいは一国のみの生存で日本国家を成り立たせることはできない。
世界に於けるこの国家生存の構造は日本一国にとどまらず、ほぼすべての国々が共有する相互関係性を維持していることは断るまでもない。
また、世界の平和、各国の平和は武器を売って儲ける国以外は一般的には国家生存の相互関係性を瑕疵なく保守する最低必要条件であって、当然、国家生存の相互関係性に依存する国々は世界の平和、各国の平和維持に相互に責任を有することになる。
平和に責任を持つということは、平和の対立項としてある戦争、内乱、独裁政治等を国家生存の機会を脅かす利害要件として排除する責任をも持つことを意味し、そのような責任を持つことによって世界各国との国家生存の相互関係性が維持可能となる。
当然のこと、世界を国家生存の場とし、世界各国との関係を国家生存の機会としている以上一国平和主義を決め込んで、外国での戦争、内乱、独裁政治等に目を閉じた場合、世界を国家生存の場とする資格も、世界各国との関係を国家生存の機会とする資格も失う。
世界を相手の国家生存の相互関係性を自ら断ち切ることを意味する。
世界の総体的な平和を維持する手段として武力しか残されていないとき、武力を以って平和の維持に責任を持ち、世界各国との国家生存の相互関係性の維持に務めなければならないはずだ。
だが、日本の現憲法は武力行使を禁じることによって、世界各国との平和に関わる国家生存の相互関係性維持に果たすべき日本の務めを限りなく小さくしている。
経済的に儲ける一方の相互関係性となっている。軍事的にも世界の平和に関わり、それなり代償を支払うべきであろう。
以上の理由から、憲法9条改憲論者となっている。
森本民間人出身防衛相が6月19日(2012年)の参院外交防衛委員会で、他国の弾道ミサイル等の攻撃防御の敵基地攻撃能力の保有についての山本香苗公明議員の質問に対して次のように答弁したとマスコミが伝えている。
《敵基地攻撃能力の検討必要=森本防衛相》(時事ドットコム/2012/06/19-18:06)
森本民間人出身防衛相「従来の専守防衛だけで全ての国家の防衛ができるのか、常に見極めながら防衛政策を進めるのは国家の責務だ。
他の手段がないと認められる限り、敵の基地をたたくことは、国際法上もわが国の憲法解釈上も自衛の範囲に含まれる」
確かに「他の手段がないと認められる限り」に於いて、「敵の基地をたたくことは」「自衛の範囲に含まれる」という解釈は成り立つが、この場合の「敵の基地をたたくことは」自衛だと解釈できると同時に相手国に対する攻撃を意味する。
これは自衛の範囲です、攻撃ではありませんという解釈は成り立たない。
専守防衛である限りに於いて自衛のみで成り立つ。
自衛という名の攻撃を仕掛けることが憲法解釈上許されるとするなら、軍事面での国の安全保障に責任を持つ立場にあるのだから、あるいは軍事的安全保障の点で国民の生命・財産維持に責任を持つ以上、敵基地を叩いだけで終わらない可能性、全面戦争への突入の可能性を後に控える場合があることにも言及して初めて国民に対する説明責任となるはずだし、一国の防衛相としての認識能力――国家危機管理意識の万全さを窺うことができる。
だが、単なる自身の憲法解釈論で終わっている。
言葉で言うだけでは済まない、国民の生命・財産を守ることをも含めて起き得る現実社会への全体的な予測性に対する認識を欠いた軍事的な国家危機管理は有事に際しての対応の的確性を阻害することもあり得るに違いない。
昨日(2012年6月19日)の当ブログ記事――《文科省・保安院のアメリカ政府福島上空放射線量測定地図情報隠蔽の誰も信用しない釈明 - 『ニッポン情報解読』by手代木恕之》の書き直し。昨日の文章と重なる部分が大分あるが、視点を変えて、菅官邸ぐるみの情報隠蔽ではないかということを書いてみたいと思う。
先ず、官邸で原子力災害対策本部に関わる誰もが東日本大震災発災当時はSPEEDIの存在そのものすら知らなかったと証言している。
海江田経産相「私は今回、この福島の事故の対応で、自分自身に色々と反省することもございます。その中の、やはり一番大きな問題が先ずスピーディの存在を私自身、知らなかったんです」(2011年8月27日、民主党代表選共同記)
枝野「私がスピーディーというシステムがあるということを知ったのは、震災後の15日か16日くらいだったと思う」(国会の調査委員会に参考人)
菅仮免「所管する文部科学省などから説明がなく、事故から数日たってもその存在すら知らなかった」(民間事故調参考人証言/NHK NEWS WEB記事)
菅仮免に関しては2010年10月20日に浜岡原発事故を想定した「平成22年度原子力総合防災訓練」をテレビ会議システムの使用も含めて行い、SPEEDIを用いて漏れた放射能の拡散予測していながら、その存在を知らないと言っている。
但し2011年5月2日の記者会見細野補佐官の発言はSPEEDIの存在を知っていた事実に基づいた言葉遣いとなっている。
細野補佐官「(SPEEDIの予測結果を)公開することによって、社会全体にパニックが起きることを懸念したというのが実態であります」
SPEEDIの予測結果は社会全体にパニック発生の懸念を持ち得る程に高い数値を示していた。だから、未公開としたと言っている。
公開・未公開の最終決定判断は細野にあるはずはなく、菅仮免にあるはずである。菅はSPEEDIの存在を知っていなければならない。
とすると、保安院が3月12日午前1時頃 、官邸に送ったSPEEDI予測結果は官邸の担当部局のところに止まった状態にあって、菅仮免のところには届かず、情報共有するに至らなかったと言っていることは事実ではないことになる。
大体が東電が水素爆発直前の3月12日午後3時20分に原災法に基づく通報連絡で、福島第1原発から保安院に対して「今後準備が整い次第、消火系にて海水を注入する予定」とファクス送付していながら、保安院が受領を認めたのは5月25日になってからで、当然官邸に伝えていなかったとしていること、あるいは米エネルギー省の福島上空放射線量測定データー地図を文科省と保安院が官邸に報告しなかったといった連絡ミス、情報停滞が多過ぎる。
当たり前の組織なら、考えられないことである。
もし何らかの失態を隠蔽するための意図的につくり出した連絡ミス、情報停滞だとすると、辻褄が合ってくる。
ここで再度東日本大震災発災からSPEEDI作動、避難指示等の官邸の初期対応に関わる各事象を情報未伝達の出来事も含めて時系列で眺めてみる。
2011年3月11日午後2時46分――東日本大震災発災
3月11日午後4時49分――「SPEEDI」作動
3月11日午後6時頃 ――調査結果が出る時間帯(計算に1時間かかるという。)
3月11日午後9時23分――第1原発半径3キロ圏内避難指示、3~10キロ圏内屋内退
避指示
3月12日午前1時頃 ――SPEEDI予測結果が保安院から首相官邸にファクスで報
告
官邸の担当部局のところにとどまる
3月12日午前3時05分――海江田経産相、記者会見でベント実施方針を発表
3月12日午前5時44分――第1原発半径3キロ圏内から半径10キロ圏内に避難拡大指
示
3月12日午前6時50分――政府、原子炉等規制法に基づくベントを東電に命令
3月12日午前10時17分――1号機でベント開始
3月12日午後6時25分――第1原発半径20キロ圏内避難指示
3月15日午前11時00分――第1原発周辺半径20~30キロ屋内退避指示
3月15日夕方 ――文科省、SPEEDI予測調査
3月15日午後9時頃 ――上記予測調査に基づいて原発から北西およそ20キロの福島県
浪江町に職員派遣
1時間当たり330マイクロシーベルトの高い放射線量を測定
測定結果は官邸に報告、報道機関に資料配付、インターネット
公開
3月17日~3月19日 ――アメリカ・エネルギー省、福島上空の放射線量測定
データー地図を作成して、日本外務省に報告
外務省、文科省と保安院に伝達
文科省と保安院は首相官邸に未伝達
3月23日 ――SPEEDI予測結果一部のみ公開
4月25日 ――SPEEDI、全面公開(以上)
最初からSPEEDIの存在を知っていて、SPEEDIの解析結果に基づいて避難を決めていたことを前提に文章を進める。
菅仮免は3月11日午後9時23分に「第1原発半径3キロ圏内避難と3~10キロ圏内屋内退避」指示を最初に出している。最初のSPEEDIの予測結果が出たのが3月11日午後6時以降と推測すると、官邸で議論する時間も必要になるとしても、ちょっと遅すぎる感はあるが、当時は与野党からの菅退陣機運が高まっていた頃で、東日本大震災が菅を命拾いさせたと言われていたくらいだから、多分、避難範囲が失敗した場合の責任問題を恐れて慎重を期すために時間がかかったことも考えられるが、果たして約3時間前後もかけて上記避難範囲を決めたのだろうか。
この疑問はあとで答える。
もしこれがSPEEDIの予測に基づかない避難指示・屋内退避指示だとしたら、文科省が事故直後のSPEEDI予測データを外務省を通じてアメリカ軍に提供していた事実が整合性を失うことになる。
文科省は正確な放射線放出量が把握できない仮定値に基づいた予測で、無用な混乱を避けるために公表しないとしていたが、だとしたら、アメリカ軍は正確ではないデータに基づいて物事を判断する矛盾が生じるし、正確ではなかったとしても、アメリカ軍に提供しても、国民には公表しない矛盾も出てくる。
3月11日午後9時23分の「第1原発半径3キロ圏内避難と3~10キロ圏内屋内退避」指示から3時間半後に保安院がファクスで首相官邸にSPEEDI予測結果を報告。さらにその約2時間後の3月12日午前3時05分、海江田経産相が記者会見でベント実施方針を発表している。
ベントは原子炉内の圧力を下げるための作業だから、当然放射性物質を外部に放出することになる。保安院報告のSPEEDI解析と併せて、海江田記者会見の時点で第1原発半径3キロ圏内避難と3~10キロ圏内屋内退避が妥当か否か判断し、決定しなければならないが、「第1原発半径3キロ圏内から半径10キロ圏内に避難拡大指示」は海江田記者会見から約2時間40分も経過している。
素早い対応とは決して言えないが、最初の「第1原発半径3キロ圏内避難指示、3~10キロ圏内屋内退避指示」がSPEEDIの最初の予測結果から約3時間前後だとすると、それ程の時間差はない。
さらに放射性物質の放出を伴う3月12日午前6時50分のベント命令の時点で直ちに行わなければならない「第1原発半径20キロ圏内避難指示」が約11時間半後の3月12日午後6時25分となっているばかりか、午前10時17分の1号機ベント開始から約8時間も経過している。
ということは、ベントを基準とした半径10キロ圏内から半径20キロ圏内への避難区域拡大ではないことになる。
では、何を基準にした避難区域拡大かというと、刻々と予測していたSPEEDI以外に考えることはできない。
ベントを基準とした避難区域決定ではないとすると、海江田記者会見で直ちに行わなければならなかった避難区域拡大を行わなかったことも頷ける。
最初のSPEEDIの予測結果から推定で3時間半後の「第1原発半径3キロ圏内避難指示、3~10キロ圏内屋内退避」決定となった遅さも、その予測からの決定ではなく、時間と共に放出放射性物質が拡大していく進行形のSPEEDI予測結果に基づいた、いわば直前の数値に基づいた避難指示、屋内退避指示だと考えると、矛盾は払拭できる。
ではなぜ、SPEEDIの存在を知らないと言ったのだろうか。避難範囲はSPEEDIの解析結果にのみ基づく決定ではなく、ベント等の事故対応や水素爆発等の突発的事象等に応じた決定であるべきを、少なくともベント対応に関しては避難に生かすことできなかったからではないのか。
避難が同心円となったことについて、SPEEDIの存在を知らなかったこと、解析結果が官邸に報告されていないことを理由に挙げているが、文科省は3月15日夕方、職員を原発から北西およそ20キロの福島県浪江町に派遣、放射線量を実測している。結果、1時間当たり330マイクロシーベルトの高い放射線量を測定。
この測定値を官邸に報告、マスコミにも公表しているが、文科省はSPEEDI予測結果に基づいて決定した実測地点であることは情報隠蔽していた。
なぜ隠す必要があったのだろうか。官邸がSPEEDIの存在を知らないとしていたことと整合性が取れなくなるということ以外に考えることはできない。
ウソにウソを重ねるというやつである。
そして文科省の浪江町実測から2日後の3月17日から3月19日にかけて、米国エネルギー省が軍用機を使って福島上空の放射線量測定。
解析結果の地図を見ると(画像参照)、1時間当たり125マイクロシーベルトを超える地域が北西方向に伸び、しかも政府決定の避難範囲半径20キロ圏を超え、1時間当たり21.7マイクロシーベルトとなると、半径40キロ圏をも超えている。
政府の避難範囲は半径20キロ圏止まりである。
文科省のSPEEDI解析に基づいた浪江町放射線実測もそうだが、米エネルギー省上空測定も高濃度放射線は北西に伸びていて、この事実は政府の同心円避難範囲の否定を意味している。
要するに文科省の浪江町実測を導くに至った、北西方向への高濃度放射線の放出を示すSPEEDIの予測結果も、同じく北西方向への高濃度放射線の放出を示す米エネルギー省上空測定結果も、政府の同心円避難範囲決定に都合の悪い存在であった。
特に文科省浪江町測定結果がSPEEDIの解析に基づいていた事実はSPEEDIの存在を知らないとしていた事実と真正面から齟齬を来すことになる。
さらに最初からの同心円避難範囲決定がその後の放射性物質北西方向偏向放出となって出たSPEEDI解析結果に対する判断を制約することになった。
避難範囲同心円決定の失態とSPEEDI解析のみに頼った避難範囲決定の失態が招いた、菅仮免が自らの失態に対する責任を恐れるあまりの以上見てきた情報隠蔽というこということではないだろうか。
勿論、他にも情報隠蔽と疑うことのできる出来事はある。
2011年3月11日東日本大震災発生から1週間後の3月17日から3月19日にかけてアメリカ・エネルギー省が航空機を使用して福島上空の放射線量を測定、作成した地図を3月18日と3月20日に日本外務省に提供、外務省が直ちに文部科学省と原子力安全・保安院に伝達したが、文部科学省、原子力安全・保安院共に非公表の情報隠蔽を働いた。
《米の放射線量地図 国が公表せず》(NHK NEWS WEB/2012年6月18日 19時31分)
他の記事(TOKYO Web=東京新聞)によると、航空機は軍用機になっている。
3月17日から3月19日にかけて測定、〈3月18日と20日〉に日本外務省に提供と書いてあるから、3月17日測定分を翌日の3月18日に提供、3月19日測定分をその翌日の3月20日に提供ということではないだろうか。
記事によると、〈1時間当たり125マイクロシーベルトを超える地域が赤色で示されるなど、一目で線量の高い地域の広がりが分かる〉地図となっているという。
アメリカ政府の3日後3月23日ホームページ公表の対応に対して文科省と保安院は非公表の情報隠蔽、官邸等、関係機関等にも情報隠蔽。
なぜ情報隠蔽かと言うと、文科省か保安院いずれかがそれぞれ一つづつ失態を犯したというなら理解もできるが、共に非公表な上に共に首相官邸への情報伝達を怠る足並みの揃えを生じせしめている以上、意図的な情報隠蔽なくして成り立たない共同性であろう。
結果的にそうなったと言い訳するだろうが、二つの役所が同じ失態を同時にするとしたら、双方の役所の機能性そのものが疑われることになる。
渡辺格文科省次長「公表はアメリカ政府がすべきと考えていた。当時、地上での放射線量の調査を180の地点で行い、結果を公表していた」
いけ図々しい責任逃れの弁解となっている。アメリカからこういう報告があったという事実の公表(情報開示・説明責任)は日本側がすべき事柄であって、例えアメリカ自身が日本に報告したとアメリカで公表したとしても、日本側は日本側として報告を受けたことを事実と認める公表(情報開示・説明責任)は必要となるはずだ。
また、報告があったという事実の公表は当然、報告が伝えている事実(=内容)の公表を伴って初めて日本側が報告を受けたことで負う国民に対する情報開示(=説明責任)を果たすことができる。
大体が放出放射線量の濃度・放出方向は日本国民の生命・財産に関係することであり、例えアメリカ政府がホームページでアメリカ国民に向けて公表(情報開示)したとしても、直接的にはアメリカ国民に関係することではなく、日本国民の生命・財産に関係するという事実に変わりはないのだから、日本国民向けの公表(情報開示・説明責任)は国の責任としてあって然るべきであった。
そのような責任を果たさなかったことから考えると、文科省も保安院も日本国民に目を向けていたのか、甚だ疑わしいことになる。
しかも、「公表はアメリカ政府がすべきと考えていた」とアメリカ側に公表(情報開示・説明責任)の義務を負わせることで自らを免罪している。
免罪の根拠として「当時、地上での放射線量の調査を180の地点で行い、結果を公表していた」ことを挙げているが、菅政府の避難方法は放射性物質の放出方向や地域ごとの放射能濃度を無視した、区域を一律に区切った適切とは言えなかった避難だったのだから、文科省調査は単に事務的に行い、その結果を単に事務的に公表しただけで自己完結させた一連の流れとしか言いようがない。
このことは記事の次の批判が逆説的に証明している。〈広がりが面的に分かるデータを早く公表していれば住民の被ばくを減らすことにつながった可能性があり、改めて国の対応が問われています。〉――
要するに文科省が「180の地点」で行った調査と公表は点的な違いのみを示したデータで終わっていて、進行形の形で「面的」に拡散状況が分かるデータではなかったということである。
当然、「面的」な拡散状況が把握できるアメリカのデータは公表しなければならなかった。
だが、しなかった。
山本哲也原子力安全・保安院首席統括安全審査官「当時、外務省から保安院の国際室にメールで情報がきて、放射線班に伝わっていたが、なぜ公表しなかったかについては調査中だ。いま考えれば公開すべきだったと思う。情報が適切に共有されなかったことは誠に遺憾で、政府の事故調などの検証結果を踏まえて今後の対応に努めていきたい」
役立てるべきときに適切・的確に役立てることができなかった。不作為、あるいは怠慢そのものの対応であり、同列の情報公開であり、右へ倣えの国民に対する説明責任となっている。
しかもこのアメリカ・エネルギー省のデーターが外務省を介して文科省、保安院に伝わっていながら、首相官邸に報告を上げなかったことは奇妙にSPEEDIの情報伝達・情報共有と重なる。
東日本大震災発災からSPEEDI作動、その情報伝達・情報共有と各避難指示を時系列に見てみる。
2011年3月11日午後2時46分――東日本大震災発災
3月11日午後4時49分――「SPEEDI」作動
3月11日午後6時頃 ――調査結果が出る時間帯(計算に1時間かかるという。)
3月11日午後9時23分――第1原発半径3キロ圏内避難指示、3~10キロ圏内屋内退避
指示
3月12日午前1時頃 ――SPEEDI予測結果が保安院から首相官邸にファクスで報告
官邸の担当部局のところにとどまる
3月12日午前5時44分――第1原発半径3キロ圏内から半径10キロ圏内に避難指示拡大
3月12日午後6時25分――第1原発半径20キロ圏内避難指示
3月15日午前11時00分――第1原発周辺半径20~30キロ屋内退避指示
3月15日夕方 ――文科省、SPEEDI予測調査
3月15日午後9時頃 ――上記予測調査に基づいて原発から北西およそ20キロの福島県
浪江町に職員派遣
1時間当たり330マイクロシーベルトの高い放射線量を測定
測定結果は官邸に報告、報道機関に資料配付、インターネット
公開
3月17日~3月19日 ――アメリカ・エネルギー省、福島上空の放射線量測定
データー地図を作成して、日本外務省に報告
外務省、文科省と保安院に伝達
文科省と保安院は首相官邸に未伝達
3月23日 ――SPEEDI予測結果一部のみ公開
4月25日 ――SPEEDI、全面公開
3月12日午前1時頃、保安院がSPEEDI予測結果をファクスで首相官邸に報告したものの、その報告が首相官邸の担当部局のところに止まったままで、首相も関係閣僚も知らずにいた。
このような状況に至ったのは菅首相始め枝野官房長官も海江田経産相も、SPEEDIの存在そのものを知らなかったからだとしている。
海江田経産相「私は今回、この福島の事故の対応で、自分自身に色々と反省することもございます。その中の、やはり一番大きな問題が先ずスピーディの存在を私自身、知らなかったんです」(2011年8月27日、民主党代表選共同記)
枝野「私がスピーディーというシステムがあるということを知ったのは、震災後の15日か16日くらいだったと思う」(国会事故調参考人証言)
菅仮免「所管する文部科学省などから説明がなく、事故から数日たってもその存在すら知らなかった」(民間事故調参考人証言/NHK NEWS WEB記事)
記事は、〈菅前総理大臣ら5人の政治家が「所管する文部科学省などから説明がなく、事故から数日たってもその存在すら知らなかった」と証言していることが分かりました。〉という表現で5人の声として纏めている。
記事には書いてないが、この5人の中に東電に置いた統合対策本部の対策本部長である細野豪が入っているはずなのは後に書く細野の発言が証明してくれる。
だが、菅首相だけは知っていなければならなかった。東大震災発災3月11日からたった約5カ月前の2010年10月20日に静岡県の浜岡原子力発電所第3号機が原子炉給水系の故障により原子炉の冷却機能を喪失、放射性物質外部放出事態想の、菅首相を政府原子力災害対策本部会議本部長とした「平成22年度原子力総合防災訓練」を行っていて、SPEEDIを用いていてシュミレーションしているからだ。
だが、菅は昨年4月18日(2011年)の参院予算委員会で脇自民党議員からこの訓練のことを聞かれて、「ま、突然のご質問ですので、えー、何を指されているのか、あー、分かりません」と忘却の彼方にしっかりと沈めていた。
果たして5人の皆が皆、SPEEDIの存在を知らなかったというのは事実なのだろうか。次の発言は既にブログに取り上げたが、新たな解釈を加えるために再度取り上げる。
5月2日(2011年)の記者会見。
細野補佐官「(SPEEDIの予測結果を)公開することによって、社会全体にパニックが起きることを懸念したというのが実態であります」
要するに細野補佐官は前前から知っていたか、発災後にその存在を知ったか、遅くても発災から近い時間に知ったかいずれかであり、尚且つSPEEDIの予測結果も知っていたことになる。双方を知らずに予測結果が「パニックが起きる」状況の数値を示していたのか否かは判断することはできないからだ。
SPEEDIを作動させて1時間以後の3月11日午後6時以降、SPEEDIは「社会全体にパニックが起きることを懸念」しなければならない危険な数値を示していたということであろう。
また、「社会全体にパニックが起きることを懸念」して公表を控えた情報隠蔽は官邸内の立場からして、あるいは指揮・命令の序列からして細野一人でできることではない。
議論の末、最終責任者の菅が最終判断した、「社会全体にパニックが起きることを懸念」した情報隠蔽でなければならない。
とすると、3月12日午前1時頃 、保安院から首相官邸にファクスで報告したSPEEDI予測結果が官邸の担当部局のところ止まった状態にあったというのはまるきりの虚偽となる。
いわばSPEEDIの存在は知らないと情報隠蔽を謀ったゴマカシにに整合性を与えるための新たなたゴマカシである。
一度ウソを付くと、そのウソを取り繕うために次々とウソをついていかなければならなくなる。
さらに言うなら、3月17日から3月19日にかけてアメリカ・エネルギー省が福島上空で行った放射線量測定のデータが日本の外務省に報告があり、外務省が文科省と保安院に伝達しながら、文科省も保安院も歩調を揃えたように共に未公表の情報隠蔽を行い、共に首相官邸に報告もせず、情報共有を図ることはなかったとしている、普通ならあり得ない不作為の事実は、最初にSPEEDIの情報隠蔽・ゴマカシを働いているために、もしこの報告を国民との間に情報共有を謀った場合、SPEEDIの情報隠蔽との間に整合性が逆に取れなくなる。
いわばSPEEDIの情報隠蔽に合わせたアメリカ・エネルギー省報告の情報隠蔽だとすると、すべてに辻褄が合うことになる。
SPEEDIの場合は、保安院から首相官邸にファクスで届いたデータは官邸の担当部局のところ止まった状態だとした。同じ手は二番煎じとなって使えないばかりか、首相官邸にまでアメリカ作成の報告が届けていたとすることは、そのこと自体が再犯状態となるために、それだけ官邸の危機管理能力に対する責任追及が厳しくなる懸念から自分たちを危険な状態に追い込まないとも限らなくなる。
そこで一歩手前の文科省と保安院のところで情報共有、あるいは情報伝達が停滞したことにした。
その結果として発生することになった文科省と保安院の共同歩調となった情報隠蔽ということなのだろう。
野田首相の大飯原発3・4号機再稼動に国民に理解を求めた6月8日首相官邸記者会見を受けて、同6月8日、橋下大阪市長が再稼動は限定的稼働にすべきだと主張したが、6月16日、再度限定的稼働を主張した。
だったら、関西広域連合として再稼動は夏場限定の稼働でなければ決して認めないと、なぜ条件闘争に出なかったのだろうか。
6月8日の橋下市長の発言を見てみる。
橋下市長「細野大臣も新しい原子力規制庁の下での安全基準、安全判断で大飯原発がだめなら停止もありうると発言している。停電リスクを回避するために大飯原発の稼働が必要ということであれば、その動かし方は限定的にならざるをえないし、そういうことを国民の皆さんに訴え続けていきたい」(NHK NEWS WEB)
6月16日の発言。《運転再開 自治体の受け止めは》 (NHK NEWS WEB/2012年6月16日 17時59分)
記事は再稼動に賛否の自治体首長の発言を伝えている。
橋下市長「大阪府の調査では自家発電のない病院が実際にあり、停電まで備えができていないのが現状だ。そのなかで運転を再開したことは、停電へのリスク、人の命へのリスクを回避することになり、正直、関西にとっては助かった点もあり、地元の皆さんには感謝しないといけない。
暫定的な判断に基づいたものだから、地元の皆さんにもぜひ、関西、日本全体のことを考えて、あくまでも限定的な稼動を原則に考えていただきたい。きちんとした安全の手順を踏んでいかないといけないということを、関西全体でも示していきたい」
一方で再稼動に賛成し、その一方で限定的稼働にすべきだと主張している。
最初は絶対反対の主張を展開し、大飯原発再稼動ありきの姿勢を見せる野田政権に対して4月時点では民主党政権打倒発言まで飛び出させたが、自身も一員に加わっている関西広域連合が5月30日、「関西広域連合の『原発再稼働に関する声明』」を発表。「『原子力発電所の再起動にあたって安全性関する判断基準』は、原子力規制庁等の規制機関が発足していない中での暫定的な判断基準あることから、政府の安全判断についても暫定的なのである。従って、大飯原発再稼働についは政府の暫定的な安全判断であることを前提に、限定的なものとして適切な判断をされるよう強く求める」としたが、限定的稼働はあくまでも政府に対する要請であって、限定的でなければ稼働は認めることはできないとする条件闘争宣言とはなっていない。
4月13日の倒閣発言。
橋下市長「こんな再稼働、絶対許しちゃいけないと思いますね。もしストップかけるんだったら、国民の皆さんが民主党政権を倒すしかないですよ。僕はもう、民主党政権には、反対、反対でいきます」(FNNニュース)
因みに上記記事が伝える他の主張の発言を記載してみる。
時岡忍福井県おおい町町長「国民の生活を守るため、産業などの安定のために決断されたものと認識しており、重く受けとめている。総理がリーダーシップをとって重大な決断をいただいたので、関西電力は安全運転を続けて国民の信頼回復に努めてほしい。
(住民の安全確保について)特別な監視体制ができるので、国側と常に連絡を取って、住民に安全安心を伝える役目を果たしていきたい」
30キロ圏内人口7割6万3000人が暮らす京都府舞鶴市。
多々見良三舞鶴市長「政府が運転再開を決めた背景には大飯原発が安全だとする明確な根拠があるはずだが、その根拠が全く明らかにされていないなかでの再稼動であり、賛成しがたい。
国は運転再開にあたって、立地自治体には再三説明をしているが、原発のすぐ近くにある舞鶴市には説明がなく、立地自治体以外は無力だと感じた」
舞鶴市の避難計画が国の避難計画に準拠する関係にあるが、基本となる国の避難計画の策定が遅れていることについて。
多々見良三舞鶴市長「国に対して防災対策の強化を急ぐよう求めていくと同時に、市としてもできることを進めて行きたい」
国の避難計画が未定であることも安全対策を置き去りにした大飯原発再稼動であることを示している。
大飯原発から市境まで約20キロの距離の滋賀県高島市西川喜代治市長
西川喜代治高島市長「日本全体のことを考えて重い決断をしたと思うが、中長期的な安全対策がとられていないなかでは、隣接する自治体としては、運転再開について『はい分かりました』とは言えないし、歓迎できる判断ではない。
最悪の事態が起きた場合、市民を避難させる交通手段や経路などを考え、市民に安心してもらえるような対策をとっていきたい」
嘉田滋賀県知事「安全基準が暫定的である以上、再稼働は電力のひっ迫期に限定するのが筋だ」
大飯原発の運転再開に当たり、政府が打ち出している「特別な監視体制」の構成メンバーに周辺自治体の滋賀県が含まれていない点について。
嘉田滋賀県知事「正式なメンバーとして位置づけてほしいと政府に要望してきたが、今回の国の判断は中途半端だ。ただ、情報の提供は受けられるということなので、オフサイトセンターに職員を派遣して、恒常的に情報収集に当たり、県民の不安の緩和に努めていきたい。
日本は地震が頻発する国であり、原発の危険性を訴え続ける。滋賀県としては再生可能エネルギーの強化に力を入れていきたい」
この再生可能エネルギー転換の主張は、〈原子力発電を徐々に減らして自然エネルギーによる発電に移行すべきという、「卒(そつ)原発」の持論〉だそうだ。
佐藤福島県知事(県のエネルギー課を通じたコメント)、「事故の検証さえ終わらず原子力安全規制体制も確立しないなかで、国が原発の再稼働を決定したことは非常に残念だ。被災県として、一刻も早い事故の収束と県内の原発のすべての廃炉を引き続き求めていく」
橋下市長の限定的稼動論が条件闘争発言とはなり得ない理由は再稼動賛成に重点を置いているからだろう。「大阪府の調査では自家発電のない病院が実際にあり、停電まで備えができていないのが現状だ」だと言っているが、停電があったとしても1日24時間まるまるの停電が何日も続くわけではなく、時間を区切っての計画停電であろう。
レンタルの移動可能な大型発電機を停電時間帯の必要電力需要量を十分に賄うことのできる台数分備えることで凌ぐことができるはずだ。費用は電力安定供給の責任も負っている政府や自治体が補助すべきであろう。
第2東名高速道工事では電気も水道も通っていない山中に工事事務所を設ける場合がいくらでも存在する。事務所はパソコンを動かす電気、冷暖房を動かす電気、照明のための電気、さらに作業員詰所の照明・冷暖房・テレビ等はすべて何台かのレンタルの大型発電機で事務所の場合は朝の7時頃から残業の夜8時9時まで連続で賄い、作業院詰所の場合は昼休みや10時・3時の休憩時間を賄っている。
病院とは比較にならない少ない電力量で間に合うが、1台で間に合わない電力量は台数を増やすことで補うことができる。最近の発電機は静音型で、プレハブの作業員詰所のすぐ脇に置いても気にならない程だから、病院等、当たり前の建造物なら、尚更気にならない音に抑えることができるはずだ。
原子力安全委員会が福島原発事故の全電源喪失を教訓として全電源喪失時に非常用電源に代わる「代替電源」の配備を安全設計審査指針に盛り込み、義務づける方針としたが、その代替電源とは電源車やガスタービン発電機、その他を予定しているということだが、この義務づけと同じ構造の、関西電力停電時の備えと言える。
舞鶴市の避難計画が国の避難計画に準拠する関係にあることから基本となる国の避難計画の策定遅れに対応して舞鶴市の避難計画策定遅れに現れている、原発の防災対策重点地域の10キロ圏から30キロ圏拡大方針に応じた国の避難計画が未定であるために新たに重点地域指定の各自治体の避難計画が軒並み遅れているにも関わらず、政府が大飯原発再稼動にゴーサインを出したのは安全対策を置き去りにした再稼動と言えるが、このことに反して野田首相は6月8日の記者会見で、「国民生活を守るため」と、「福島を襲ったような地震・津波が起こっても、事故を防止できる対策と体制は整ってい」ることの保証を以って再稼動を容認した。
だが、以前当ブログに一度取り上げたが、関西電力報告の「大飯原発3、4号機の安全性向上のための工程表」最終達成は平成27年度であって、安全性の全確保達成は道半ばである。
再度取り上げてみる。
【外部電源対策】
・3、4号機への送電線の増強(平成25年12月)
・鉄塔基礎の安定性向上のための対策(24年度)
【所内電気設備対策】
・恒設非常用発電機の設置(平成27年度)
・防波堤のかさ上げ(平成25年度)
・建屋の扉を水密扉に取り替え(平成24年6月)
【冷却・注水設備対策】
・中圧ポンプの配備(平成24年5月)
【格納容器破損・水素爆発対策】
・フィルター付きベント設備の設置(平成27年度)
【管理・計装設備対策】
・免震事務棟の設置(平成27年度)
・政府系関係機関とのテレビ会議システムの導入(25年度)
(以上「SankeiBiz」記事から)
このように安全性の全確保達成が道半ばであり、将来に残している以上、「福島を襲ったような地震・津波が起こっても、事故を防止できる対策と体制は整っています」の太鼓判は、天正年間に日本の中部を震源とした天正大地震が発生、大飯原発が立地している若狭湾にもかなりの規模の津波が襲ったという文献が残っているそうだが、似たような地震・津波が若狭湾一体を襲わないことを条件として可能となる太鼓判である。
その絶対保証がない限り、その太鼓判は東電が地震学者等が唱えた貞観年間の巨大な地震と巨大な津波の再来予測を無視して「原子力安全神話」に信を置いていたのと同じく、野田首相自らが新たな「原子力安全神話」を確立していることになる。
巨大地震・巨大津波が発生しないことを条件とした「福島を襲ったような地震・津波が起こっても、事故を防止できる対策と体制」だということである。
狡猾な矛盾としか言いようがない。
橋下大阪市長が大飯原発夏場限定の再稼動容認の条件闘争を持ち出さなかったことは野田首相の「原子力安全神話」の確立とその延命に手を貸す態度と言える。
勿論、再稼動絶対非容認の姿勢こそが野田首相が新たに打ち立てた「原子力安全神話」を打ち砕くことができる。
自身のご都合主義で原理主義的態度をコロコロ変える岡田副総理が「社会保障・税一体改革」を置き去りにした消費税増税主体法案の国会採決時、賛成の党議拘束をかけると発言。
6月16日。
岡田ご都合主義者「当然、党議拘束がかかる」(YOMIURI ONLINE)
いわば反対、もしくは棄権した民主党議員はそれなりの処分を行うという意思表示である。
これぞ全くの原理原則を掲げたご都合主義に他ならない。
野田首相も岡田ご都合主義的原理原則主義者にしても、「社会保障・税一体改革」案は正式な党内手続きを経て民主的に決めたもので、その案に賛成の立場で従うのが当然だという態度を取ってきたが、正式な党内手続きを経た正式な決定であるなら、国会採決時の法案は正式な党内手続きを経て正式に決定した内容と同じ内容でなければならない。
もし内容を一つでも違えたなら、正式な党内手続きだとしていることも正式な決定だとしていることも崩れることになる。
正式に契約した車とは異なる車を納品して、この車を受け入れろ、受け入れなければ罰を与えると言っているようなものである。
野田首相の3月4日夜の日本テレビ番組での発言。
野田首相「一体改革の議論は昨年1年間ずっとやってきた。丁寧に時間をかけた。特に素案了承の時は深夜まで100人残り、拍手で終わっている。100対0で決まっている。その党内手続きを経て、法案を提出しようとする」(時事ドットコム)
野田首相記者会見(2012年2月10日)
野田首相「党内にまた(反対する)そういう意見があるということは承知をしておりますけれども、これは昨年の6月に社会保障と税の一体改革の成案を作るときも、そしてその後に1月6日に素案をまとめる過程においても、丁寧な党内の議論はずっと積み重ねてきたつもりであります。もうほとんどこれ1年越し、昨年議論してきた中で、そのプロセスに瑕疵があったとは思いませんので、みなで、政府与党一丸となって成立を期していきたいというふうに思います。」
2月29日(2012年)午後の党首討論。
野田首相「手順は踏んできているんです。去年の6月に成案をまとめました。成案をまとめましたときには、これは政府と党が一体でまとめたんです。それを踏まえて8月の代表選で明確にそれを具体化していくと申し上げました。そして、素案として1月6日にまとめました。これも多くの時間をかけながら、多くの人が参加をして、熟議を重ねながら、最後はこれは拍手で、そして握手で終わっています。深夜までかかりました。党内のプロセスは民主的なプロセスを踏んでしっかりやってまいりました。その素案を閣議決定したら、もしかすると与野党協議に応じていただけるかもしれないという話があったんで、閣議決定しました。大綱にしました。そのときもいろいろ議論がありましたけれども、きちっと手順を踏んで、党議として今の方向を決めております。
そして今度は年度内に法案を提出する。これも与党のご了解を得ていきたいと思います。51対49の党内世論でも、手続きを踏んで決めたらみんなで頑張っていくということをぜひ、皆さんの前にお示しをしていきたいと思います」
みんなで決めたんだから、みんなで賛成するのは当たり前だと力説している。「党議」(党の決議)だと。
だが、3党協議では、「手順は踏」み、「民主的なプロセスを踏んで」決め、素案、大綱に盛り込んだ内容とは異なる内容での合意となった。
民主党政権が目玉とした「総合こども園」は取り下げ、小泉内閣時代末期に計画されて安倍内閣発足後まもなくの2006年10月1日から本格的な制度運用が開始された「認定こども園」を継続、この現行制度の改善で子育てを手当てするとした3党合意の一つを以てしても、民主党の党内承認手続きは破綻し、無効化したことを意味することになる。
3党合意文書には「総合こども園」なる文言はどこにもなく、現行の「認定こども園」についてのみについて次のように触れている。
〈(1)子育て関連の3法案の修正等
(1)認定こども園法の一部改正法案を提出し、以下を措置する。
▽幼保連携型認定こども園について、単一の施設として認可・指導監督等を一本化した上で、学校および児童福祉施設としての法的位置付けを持たせる。
▽新たな幼保連携型認定こども園については、既存の幼稚園および保育所からの移行は義務付けない。
▽新たな幼保連携型認定こども園の設置主体は、国、地方公共団体、学校法人または社会福祉法人とする。〉・・・・・
「最低保障年金」と「後期高齢者医療制度撤廃」の文言が3党合意文書に一言も触れていないことは昨日のブログに書いた。
3党合意文書に姿形を消しているにも関わらず、さも生き続けているかのように言っている。
野田首相「最低保障年金の創設や後期高齢者医療制度の撤廃にしても、マニフェストの旗は捨てておらず、今後は『国民会議』で実現したい」」(NHK NEWS WEB)
勿論、野党側はマニフェスト撤回獲得を戦果としている。
6月16日都内街頭演説。
谷垣自民党総裁「(修正合意で)マニフェストのまやかしをチャラにした」(時事ドットコム)
「まやかしをチャラにした」とは、余程野田内閣を下に見た言葉となっているが、徹底的に打ちのめしたという意識とそのことによって得た自らの誇らしい戦果が念頭にあってのことでなければ、こういった言葉は出てこないはずだ。
斉藤鉄夫公明党幹事長代行「民主党の公約は実質的に撤回された」(同時事ドットコム)
6月1日、消費税率引き上げ法案等審議の衆議院特別委員会所属民主党の議員ら約20人出席の公邸昼食会。
出席者「消費税率引き上げ法案だけを先に通して、社会保障関連の法案をやらないということはあってはならない。党内には、『そんなことになれば、消費税率引き上げ法案そのものにも賛成できない』という声もある」
野田総理大臣「社会保障の旗を降ろし、消費税率引き上げ法案だけを通すという認識は持っていない」
野田首相が自らの認識をどう表現しようとも、民主党内事前承認手続きの内容が3党合意によって変質したことに変わりはない。当然、事前承認手続きが無効化したことに変わりはない。
自分たちが無効化しておきながら、その無効化を今度は野田内閣が民主党に対して「チャラ」にするために3党合意内容を改めて党内に諮り、了承手続きを取る方針でいるが、野田首相が言っているように「昨年1年間ずっとやってきた」「一体改革の議論」を“チャラ”にした、もしくは反故にしたのである。
その責任を一切取らずに自分たち賛成派でのみ決めた3党合意を後付けで民主党の反対派を含めて了承を取るというのは一方的で、しかも党議拘束をかけるというのは自分たちの意志のみを絶対とする独裁的やり方だと言われても仕方があるまい。
野田首相らの3党合意党議拘束の正当性はどこにも存在しないということである。
3党合意と言うと、メデタシ、メデタシの結末のように見えるが、3党合計の国会勢力は衆参の大部分を占め、日本の政治に於いて他の政党を圧倒して一大勢力を占めることになる。
その3党によって国の方向、国の将来を大きく決める社会保障制度と税の一体改革を合意させたのである。
このことを逆説するなら、3党合意の社会保障制度と税の一体改革が国の方向、国の将来を決定することになる。
勿論、結論を先送りした政策は多々あるが、選挙で余程の議席の変更を迎えない限り、3党合意で働いた力関係が維持されることになって、今回の合意と同じ結末を見ることになるに違いない。
公明党の山口代表はこの3党合意を他の政策にも拡大したい意思を見せている。
《衆院選後に大連立も=公明代表》(時事ドットコム/2012/06/15-23:38)
6月15日夜のNHK番組。次期衆院選後の民主、自民両党との大連立について。
山口公明党代表「(選挙の)結果次第だが、やはり幅広い視野でいかなければならない。現実に責任を担える人たちとグループを形成していく。
主要な3党が協議をして結論を出す。そういう政治のスタイルが確立されないと、国際社会の信用も得られないだろうし、国民の希望は地に落ちてしまう」
3党合意のスタイルの確立を主張している。
「国際社会の信用も得られないだろうし、国民の希望は地に落ちてしまう」と尤もらしいことを言っているが、お互いの政策を競い合ってよりよい政策に高めるという、政策の市場原理を機能させたレベルの協議ではなく、自党の政策を如何に相手に認めさせるか、如何に相手に対して押し通すかの数の力を背景とした戦いとなっていて、しかも主導権を握っているのが与党野田政権ではなく、参議院で数の相対力を握っている野党自民党であって、当然そこに妥協の力学が双方向から働くが、主導権が自民党にある以上、妥協の力学の方向は野田政権から野党自民党に向かってより多く働くことになる。
いわば今回の3党合意が国の方向・国の将来を大きく決定する社会保障と税の一体改革でありながら、各党の政策に働くべき市場原理のメカニズムを麻痺させた妥協の産物であることは明らかであり、他の政策に於いても市場原理が働かず、妥協と馴れ合いの政策となった場合、結果に対して誰も責任を取らない政治が出現することになりかねない。
かつての自民党一党独裁状態下の日本に於いて、政策は各派閥の妥協の産物化して市場原理が機能不全に陥ったことが先進国随一の財政悪化、今年度末には1000兆円を突破するという国の借金積み重ねの財政運営、14年連続3万人超の自殺者数の土台造り、経済的に蘇らずに眠り続ける経済大国という逆説等を担ってきたが、自民党自らの力でこれらの負の財産を挽回しないまま誰も責任を取らずじまいで、国民が政権交代という断罪を下すことになった。
だが、期待をして政権を担わせることになった民主党政権がこのザマのまま、「動かない政治を動かす」というキレイゴトで各政策の3党合意常套化を政治慣習とした場合、あるいは大連立で政治を動かすことが常態化した場合、3党が、あるいは大連立を組む各政党が自民党一党独裁状態下の派閥と同じ構造を取ることになって、政策の市場原理機能不全を招いて政策の妥協の産物化という同じ運命を辿らない保証はない。
いわば政策の妥協の産物化を専らとして市場原理を麻痺させた3党、あるいは大連立は自民党一党独裁状態の時代に回帰することを意味しかねない。
国の方向・国の将来を決める政策の決定でありながら、今回の社会保障と税の一体改革の3党合意が政策の妥協の産物化という例を既に見せたということであり、かつての自民党時代の政策決定を垣間見せたということであろう。
次のような発言を6月16日付「ロイター」Web記事が伝えている。《焦点:一体改革修正協議、増税先行の決着に展望開けず》2012年 06月 16日 02:12)
丸山義正伊藤忠経済研究所・主任研究員「従たる税の問題よりも、主たる社会保障制度の内容がほとんど何も決まらなかった。
一体改革の主であるはずの社会保障制度改革は先送りされ、従の増税のみが先行する方向に議論は進んでおり、可処分所得のライフサイクルを通じての低下と認識して、消費性向をさらに引き下げる可能性がある」
記事はこういった〈声がほとんどだ。このまま、民主党と自民党で妥協の産物が生まれるようなことになれば、低所得者対策に重点を置くバラマキ型の民主党案と、既得権益者優遇の自民党案とが合わさり、財政拡大に突き進む可能性が高まるとの指摘もある。負担ばかりが重くなる現役勤労者の不安は募るばかりだ。〉・・・・・
〈所得者対策に重点を置くバラマキ型の民主党案と既得権益者優遇の自民党案〉の一例が、〈パートなど非正規労働者の厚生年金や社会保険の加入拡大策は、加入要件を政府案の「月収7・8万円以上」を「8・8万円」に引き上げ〉、〈新たな加入者は政府案の約45万人から約25万人に縮小〉、〈施行時期も半年遅らせて16年10月とする〉(毎日jp)妥協に現れている。
一体改革と言ってきた、その一体性を投げ捨て、消費税増税案を通すために妥協に走った。しかもその妥協はよりよい政策の構築を目的したものではなく、自分たちの政策を如何により多く認めさせるかの政策の陣取り合戦に過ぎなかった。
だが、勝敗の帰趨を明確化することは野田政権にとって都合が悪く、取り下げや棚上げではなく、先送りの決着とすることによって勝敗を曖昧化した。
与党側はこの曖昧化をいいことに3党合意はマニフェスト違反ではない、あるいは棚上げではないと強弁を働かせている。
野田首相「最低保障年金の創設や後期高齢者医療制度の撤廃にしても、マニフェストの旗は捨てておらず、今後は『国民会議』で実現したい」(NHK NEWS WEB)
既に一体改革の一体性、不退転の約束を放棄している上に、野党の立場でありながら、自民党が主導権を握っていたがゆえの先送りであって、現在の野田内閣の支持率、民主党の支持率からしたら、衆議院の数の力も失いかねない先行きから「国民会議」という決着の場でも同じ力学が働く可能性を見通した場合、体裁維持のゴマカシ以外の何ものでもない。
藤村官房長官(最低保障年金創設と後期高齢者医療制度廃止について)「棚上げとは物があってそれを棚に上げることだ。何か物(法案)があるのか。勘違いしないでほしい」(MSN産経)
確かに2012年2月17日閣議決定「社会保障・税一体改革大綱」には、最低保障年金は「国民的な合意に向けた議論や環境整備を進め、平成25年の国会に法案を提出する」と書いてあって、まだ法案として国会に提出していない。
だが、3党合意が双方がそれぞれに歩み寄った結果だといくら演出して、自らの体裁を維持しようとしても、自民党も公明党も自らが主導権を握ってその取下げを条件に与野党協議に入ったのである以上、その力関係は自ずと合意自体に反映しないでは済まない。
このことは3党合意文書に「最低保障年金」の文字も「後期高齢者医療制度の撤廃」の文字も一言も入っていないことが証明している。
例えば公的年金制度については、〈今後の公的年金制度については、財政の現況および見通し等を踏まえ、社会保障制度改革国民会議において議論し、結論を得ることとする。〉(時事ドットコム)と書いてあるが、この文言からは野田政権が掲げていた最低保障年金制度をベースとした「国民会議」に於ける議論と結論の獲得だとはどこからも窺うことはできない。
「後期高齢者医療制度の撤廃」に関しては、その表現を使わずに、〈今後の高齢者医療制度については、状況等を踏まえ、必要に応じて、社会保障制度改革国民会議において議論し、結論を得ることとする。〉と記述があるのみで、条件が、「必要に応じて」となっていて、野田政権が主張していた「今日の安心よりも将来の安心」という必要絶対性が殆ど抹消状態となっている。
「最低保障年金」と「後期高齢者医療制度の撤廃」の表現がないこと自体が力関係の反映であるばかりか、合意文書からの棚上げと見ないわけにはいかない。
合意文書から見て取ることのできるこのような状況からして、藤村官房長官が言っている「物」は、「物」となる保証を既に失っていると言える。
マニフェストや閣議決定大綱を後退させた、あるいは棚上げした妥協と言い、後退や妥協を隠すために強弁を働いたりするゴマカシは不退転の責任をどこかに置き去りにしたからこそできる無責任行為であって、そのような責任意識からすると、当然、結果に誰が責任を持つのか期待できないことになる。
3党合意だ、決まらない政治を進める政治への転換となる画期的合意だといくら持て囃そうと、正体としてある妥協という名の中身の臓物を隠す上辺だけの化粧・粉飾の類いに過ぎない。
益々現状の政治に期待は持てなくなった。この3党合意で今まで以上に国民の政治不信は高まるのではないだろうか。
沖縄県民がその安全性に疑問を投げかけていたことに対して政府がその飛行の危険性を否定し、秋にも沖縄普天間飛行場への配備計画があるMV22オスプレイが4月(2012年)モロッコで訓練中に墜落、搭乗兵士2人が死亡した。 《MV-22オスプレイ配備に係る沖縄県及び宜野湾市への三次回答》
アメリカ政府はこの事故を機械的なミスが原因ではなく、人為的ミスだとする調査結果を日本政府に伝えた。
この報告を受けて森本防衛大臣が6月5日(2012年)午前の閣議後の記者会見で発言している。《オスプレイ墜落 米“機械的ミスでない”》(NHK NEWS WEB/2012年6月5日 13時55分)
森本防衛相「アメリカ側から、『少なくとも機械的なミスで起こった事故ではない』と日本側に通報されている。もう少し細部の結論を提供してもらえるよう引き続き要請している。
できれば配備の前に、すべての調査結果が提供されることが望ましい。必ずしもそうならないこともありえるだろうが、最後まで飛行の安全に万全を期すよう努力しなければならない」
この発言について6月8日(2012年)当ブログ記事――《森本防衛相は集団的自衛権行使容認思想の点で文民統制の確実性を担保できるのだろうか - 『ニッポン情報解読』by手代木恕之》に次のように批評した。
〈「できれば」でも、「望ましい」でもなく、「配備の前に、すべての調査結果」の「提供」を求めるという強い意志を示し、もし配備前に提供がなければ、配備は許可しないと、提供要求の責任を果たすことでしか誠意ある態度とすることはできないはずだが、その逆の不誠実な態度となっている。
学者だから、自身の思想・考えに目を向けるのみで、配備反対にも関わらず配備が着々と迫ってくる沖縄県民の危機感は理解できないのかもしれない。
だとしたら、いくら文民統制を無難に果たしたとしても、自衛隊に対する役目上のクリアを示すのみで、国民に対する姿勢の点で問題を残すことになるだろう。〉・・・・・
勿論、この発言は沖縄県民の反発を招いた。
アメリカ側が現在普天間配備中のヘリコプターCH46よりも事故発生率が低いとし、日本政府も追従しているオスプレイが現地時間6月13日午後、日本時間6月14日午前7時45分頃、アメリカ南部フロリダ州のハールバート・フィールド空軍基地で通常訓練の最中に墜落した。
《オスプレイ 米で訓練中に墜落》(NHK NEWS WEB/2012年6月14日 14時32分)
機種はCV22オスプレイ。
5人の搭乗兵士は病院で手当中で、怪我の程度は不明。空軍が事故原因の調査中だという。
仲井真沖縄県知事「まだ墜落の原因や詳細な中身が分からないのでコメントできないが、よく落ちるという印象が強くなる。配備に影響が出るのではないかとも思うが、こういうことはなくして欲しい」
日本時間6月14日午前7時45分頃オスプレイ墜落の2日前の日の6月12日に防衛省は沖縄県と宜野湾市が防衛省に提出していたMV-22オスプレイ配備に関わる質問書に回答している。
〈問19 市街地の中心にある普天間飛行場へのMV-22配備において、特に考慮した安全管理の具体策があれば、ご説明いただきたい。
○米海兵隊としては、普天間飛行場に限らず、どこの飛行場においても、またMV-22に限らず、どの航空機においても徹底した安全管理を行っている旨米側から説明を受けている。
○また、環境レビューでは、普天間飛行場における安全性の評価に関し、換装されるCH-46とは異なり、MV-22を操縦するパイロットは広範囲でシミュレータを使用することとなり、このシミュレータは飛行運用の全ての面における訓練を提供し、徹底したシミュレータ訓練により、パイロットのミスによる事故に関連したリスクは最小限になること
バードストライクは、人口密度の高い区域で航空機が墜落した場合に地元の住民へ損害を与える可能性があることから安全上の懸念であり、米海兵隊は、普天間飛行場におけるバードストライク事故計画を作成し、警報システムを運用するなど、積極的及び継続的な取組を引き続き維持することなどが記載されており、引き続き徹底した安全管理が行われると認識している。〉
〈徹底したシミュレータ訓練により、パイロットのミスによる事故に関連したリスクは最小限になること〉と人為的ミスの危険性は最小限だと太鼓判を押している。
だが、今年4月のモロッコの墜落は最小限に抑えられていいはずの人為的ミスが原因だとしている。
まさかMV-22だけが徹底したシミュレーター訓練を行うわけではあるまい。沖縄配備がMV-22だから、MV-22を対象に説明したということであろう。
それとも原子力安全委員会の班目委員長が原子炉格納容器内への海水注入の場合、「再臨界の危険性はゼロではない」と言ったように、最小限とはゼロではないということなのだろうか。
しかし沖縄の普天間上空を飛行ルートと想定した場合、人口密集地帯はいくらでも存在する。ゼロではないとする最小限の確率に賭けるわけにはいかないはずだ。
もし今回のフロリダのCV22オスプレイ墜落が人為的ミスであったなら、モロッコの墜落に引き続いた人為ミスということで、〈徹底したシミュレータ訓練により、パイロットのミスによる事故に関連したリスクは最小限になること〉はウソになる。
人為的ミスを誘う何らかの欠陥を抱えているとみなければならない。
オスプレイ普天間配備計画に於ける沖縄に対する不誠実は森本防衛相だけではない。政府自体が不誠実な態度を取り続けてきた。
その不誠実さが、2011年8月3日当ブログ記事――《菅仮免の原発問題とオスプレイ配備問題に見る「国民の安心と安全」の二重基準 - 『ニッポン情報解読』by手代木恕之》で取り上げた照屋寛徳社民党議員の質問書に対する政府の答弁書に如実に現れているゆえに、再度取り上げて、その不誠実さを証明してみる。
漢数字の一部を洋数字に改め、質問に対する政府答弁を対照表記にして、青文字で表し、それぞれ批評を加えた。
垂直離着陸機MV22オスプレイの耐空性基準に関する質問主意書
2011年7月9日提出 質問第304号 提出者 照屋寛徳
いかなる理由があれ、私は、垂直離着陸機MV22オスプレイ(以下、オスプレイという)の沖縄配備に断固反対である。その立場はこれまでも、そして、これからも絶対に変わることはない。
さて、レックス・リボロ氏は、1922年6月から2009年3月まで、米国防総省運用試験評価局に関係する国防分析研究所(IDA)で、オスプレイの主席分析官を務めた航空専門家である。IDAでは、オスプレイの飛行テストや技術データの分析・評価を行っていた。
そのリボロ氏が2009年6月23日、米連邦議会下院の監視・政府改革委員会におけるオスプレイに関する公聴会(以下、公聴会という)で重大な証言をしている。特に注目すべきは、オスプレイが米軍も根拠にしてきた米連邦航空局(FAA)の耐空性基準(いわゆる安全基準)を満たしていないとの指摘である。その根拠としてリボロ氏は、オスプレイがオートローテーション(自動回転)機能を欠いている点を挙げている。
なお、公聴会議事録は、上記委員会のホームページにアクセスすれば、誰でも簡単に入手できる。
以下、質問する。
質問1
リボロ氏が、公聴会で証言した「積載荷重の限界」「オートローテーション機能の欠如」「戦闘操縦能力の欠如」の三点について、それぞれ概要を説明した上で政府の見解を示されたい。
平成23年7月19日
内閣総理大臣 菅 直人
質問1に対する答弁
御指摘の三点については、米国の民間の研究機関である米国防衛分析研究所の元首席分析官レックス・リボロ氏が、2009年6月23日(現地時間)の米国下院監視・政府改革委員会公聴会において発言したものであると承知しているが政府として、個人の発言内容について説明する立場になく、また、米国議会における議事内容について見解を述べることは差し控えたい。いずれにせよ、垂直離着陸機MV22オスプレイ(以下「MV22」という。)の安全性等については、引き続き、米国政府に対して、更なる情報の提供を求め、詳細な情報把握に努めているところである。
リボロ氏は米連邦議会公聴会で証言をしているのである。その証言に対してアメリカ政府、あるいは米軍当事者が何も評価を加えていないということはあるまい。反論するなら、具体的データーを用いて反論しているはずである。
にも関わらず、「政府として、個人の発言内容について説明する立場になく、また、米国議会における議事内容について見解を述べることは差し控えたい」と傍観者の態度を取っている。
沖縄及び沖縄県民が知りたいことはその安全性の確認、確たる証拠である。その安全性の確認、確たる証拠を政府自らが率先してアメリカ側に働きかけて入手、沖縄に提供しようとする積極的性がどこにもない。
だから、傍観者的態度を取ることができる。
質問2
リボロ氏が公聴会証言で指摘した上記三点について、政府が米側から、問題がクリアされた旨報告を受けているのであれば、それを裏付ける客観的データを示した上で米側の説明内容を明らかにされたい。
質問2に対する答弁
政府として、米側よりお尋ねの『報告』は受けていない。
日本政府自らが「報告」を求めるという積極性はは一切見せず、アメリカ次第・アメリカ追従の傍観者的態度に終始している。この不誠実さも見事である。
質問3
概して、政府は『オートローテーション』をいかなる機能と理解しているか説明されたい。また、ヘリコプターが「オートローテーション機能」を損失した場合、運用上いかなる支障が生じると考えるか、見解を示されたい。
質問3に対する答弁
オートローテーションとは、回転翼航空機が運動中、その揚力を受け持つ回転翼が完全に空力のみによって駆動される飛行状態をいうものであると承知している。また、御指摘の『ヘリコプターが「オートローテーション機能」を損失した場合』の意味するところが必ずしも明らかではないが、回転翼航空機において、飛行中に全エンジンが不作動となった状態で、オートローテーションによる飛行に移行しない場合は、安全な着陸に支障を来す可能性があるものと考えられる。
機械に関する機械的なやり取りに過ぎない。
質問4
2004年8月の沖縄国際大学へのCH53ヘリ墜落炎上事故後、普天間飛行場における飛行再開、安全対策の根拠として防衛施設庁(当時)が挙げたのが、2007年8月10日公表の「普天間飛行場に係る場周経路の再検討及び更なる可能な安全対策についての検討に関する報告書」である。同報告書は、『ヘリは緊急の際にも「オート・ローテーション」によって、飛行場内に帰還を図ることが可能』としている。
オートローテーション機能が欠如しているオスプレイを普天間飛行場に配備することは、政府のいう同飛行場における安全対策の根拠崩壊を意味しないか、見解を示されたい。なお、意味しないとの政府見解であれば、その根拠を明らかにされたい。
質問4に対する答弁
お尋ねの趣旨が必ずしも明らかではないが、MV22の安全性等に関しては、引き続き、米国政府に対して、更なる情報の提供を求め、詳細な情報把握に努めているところである。
「質問2に対する答弁」で既に日本政府自らが「報告」を求めるという積極的姿勢は一切見せていないのだから、「引き続き、米国政府に対して、更なる情報の提供を求め、詳細な情報把握に努めているところである」は単なる口先だけなのは明らかで、アメリカ側の報告次第の待ちの姿勢ということであろう。
質問5
関連して、去る6月24日、沖縄県知事と宜野湾市長が連名で『MV-22オスプレイ配備について』と題する29項目の質問状を防衛大臣宛に送付している。係る質問状に回答するため、米側に対し、いつ、いかなる方法で必要な情報の照会と客観的データの提供を求めたのか。政府が目途とする回答時期と併せて明らかにされたい。
質問5に対する答弁
お尋ねの米国政府とのやりとりの詳細について明らかにすることは、同国との関係もあり、差し控えたいが、沖縄県や宜野湾市に対しては、同国政府から得られたMV22の安全性や騒音等に関する情報について、できるだけ速やかに説明を行ってまいりたい。
「同国政府から得られた」と過去形になっている。過去形が事実だとすると、既にアメリカから報告を受けているが、その内容については「できるだけ速やかに説明を行ってまいりたい」では「できるだけ速やかに」であることから、矛盾することになる。
但し「質問4に対する答弁」で言っている、「MV22の安全性等に関しては、引き続き、米国政府に対して、更なる情報の提供を求め、詳細な情報把握に努めているところである」の未来形と矛盾することになる。
いずれにしても積極的に情報公開に努めようとする意志を見受けることはできない。
この照屋議員の質問主意書は2011年7月9日提出であるが、照屋議員は2010年10月7日にもオスプレイの安全性についての質問主意書を提出している。
但し政府答弁書は誠実にも質問1~4まで纏めて答えている。
米軍普天間飛行場へのオスプレイ配備計画に関する質問主意書
2010年10月7日提出 質問第34号 提出者 照屋寛徳
米海兵隊の次期主力機となるのが垂直離着陸機MV22オスプレイ(以下、オスプレイという)である。
現在普天間飛行場に配備されているCH46E中型ヘリの代替機種として、米海兵隊がかねてより同飛行場へのオスプレイ配備を目論んできたことは明白である。だが、旧自民党政権や現民主党政権も沖縄県民の強い反発を予想して普天間飛行場へのオスプレイ配備をひた隠しにしてきた。
ところで、米海兵隊は去る9月29日(現地時間)、10月1日にオスプレイの運用部隊をミラマー基地(米サンディエゴ)で発足させ、2012年10月に12機、2013年4月に12機、計24機を普天間飛行場に配備するとする「2011会計年度海兵航空計画」(以下、「海兵航空計画」という)を公表した。同計画では、普天間飛行場の駐機場建設や滑走路、路肩等の整備を米軍予算で行うことも明らかになっている。
以下、質問する。
質問1
オスプレイは、米国において『未亡人製造機』と呼ばれ、開発段階から墜落・死亡事故を多発せしめている悪名高い欠陥機である。政府は、米海兵隊が公表した「海兵航空計画」の存在を承知しているか、承知しているのであれば、同計画に対する見解を示されたい。承知していないと弁解するのであれば、なぜ公表された同計画を知り得る手段、方法があるにもかかわらず、政府はその措置を講じないのか理由を示されたい。
質問2
岡田克也外務大臣(当時)は去る8月31日、「普天間飛行場の代替の施設に係る二国間専門家検討会合の報告」(以下、「日米専門家協議」という)発表後の記者会見で「新しい要素、オスプレイをどうするかという議論もある」と述べた。一方で、9月14日の記者会見では「オスプレイ(配備)を前提に議論したとは思っていない」との見解を示している。他方、同日の記者会見で、仙谷由人官房長官はオスプレイ配備を前提に議論されたことを認めた。係る岡田外務大臣(当時)、仙谷官房長官発言を総合すると、少なくとも「日米専門家協議」で普天間飛行場へのオスプレイ配備が協議されたことは間違いないと考える。
普天間飛行場代替施設へのオスプレイ配備について、「日米専門家協議」における米側からの計画伝達に対する政府の統一見解を明らかにされたい。
質問3
「日米専門家協議」において、普天間飛行場あるいは同飛行場代替施設へのオスプレイ配備について日米間でいかなる議論がなされたのか、その内容を明らかにされたい。
質問4
「日米専門家協議」で米側は、2006年5月に日米合意(いわゆるロードマップ)された普天間飛行場代替施設における軍用機の飛行経路(有視界飛行)について日本政府の従来説明が間違っているとし、大幅に拡大するよう要求したようだ。係る米側の要求と同代替施設へのオスプレイ配備との関係性を示したうえで、米側の要求の有無について明らかにされたい。
2010年10月19日
内閣総理大臣 菅 直人
質問1~4に対する答弁
政府としては、米海兵隊が公表している「MARINE AVIATION PLAN」において、現在普天間飛行場に配備されている回転翼機CH46の部隊が、2013米国会計年度第一四半期から垂直離着陸機MV22オスプレイ(海兵隊用。以下「MV22」という。)の部隊に代替されるとの計画が記述されていることは承知しており、将来において沖縄にMV22が配備される可能性があることは認識しているが、「MARINE AVIATION PLAN」は米国国防省として正式に承認した計画ではなく、MV22の沖縄への配備については現時点で確定しているわけではないと承知している。
また、平成22年8月31日の「普天間飛行場の代替の施設に係る二国間専門家検討会合の報告」(以下「専門家会合報告書」という。)の発出に至るまでの日米間の協議においては、普天間飛行場の代替の施設における有視界飛行の経路を検討する中で、米側から、仮にMV22が沖縄に配備された場合も含め、様々なケースを想定して議論しなければならないとの意見が提起された。
なお、専門家会合報告書にあるとおり、有視界飛行の経路については、今後、継続して協議することとなっている。
米側は「普天間飛行場の代替の施設における有視界飛行の経路を検討する中で、米側から、仮にMV22が沖縄に配備された場合も含め、様々なケースを想定して議論しなければならないとの意見が提起された」とオスプレイ配備の可能性を示唆している。
当然、照屋議員が「オスプレイは、米国において『未亡人製造機』と呼ばれ、開発段階から墜落・死亡事故を多発せしめている悪名高い欠陥機」であり、そのような欠陥機の沖縄配備の可能性について質問している以上、また常に問題となっているのはオスプレイの安全性である以上、「米国国防省として正式に承認した計画ではなく、MV22の沖縄への配備については現時点で確定しているわけではない」としても、配備の可能性の観点から、その安全性如何に誠実な態度で応えるべきを、確定していない可能性のみで片付ける不誠実さを見せている。
質問5
政府が飛行経路拡大を認めた場合、普天間飛行場の代替施設建設にともなう環境影響評価(アセスメント)自体が成立せず、方法書作成段階からのやり直しが必要だと考えるが見解を示されたい。
質問5に対する答弁
普天間飛行場代替施設建設事業における飛行場の設置に関する環境影響評価については、これまで、沖縄県環境影響評価条例(平成12年沖縄県条例第77号。以下「条例」という。)に従い手続を進めてきたところである。
普天間飛行場の代替の施設における有視界飛行の経路については、一から四までについてでお答えしたとおり、今後、継続して協議することとなっており、御指摘の「飛行経路拡大」については、現時点で何ら決まっていないが、一般論として申し上げれば、飛行経路の変更に係る事業内容の修正については、条例第20条第1項、第23条第1項及び第25条の規定によれば、改めて、条例第5条から第24条までの規定による環境影響評価その他の手続を経ることは要しないものと考えられる。
いずれにせよ、政府としては、当該環境影響評価については、沖縄県と調整を行い、条例に従い、適切に対応してまいる所存である。
質問6
米国内あるいは派遣国において開発段階から2010年9月末日までの間にオスプレイが惹起した墜落事故件数、乗員の死亡事故件数を年度別に明らかにしたうえで、事故発生率に対する政府の見解を示されたい。政府として墜落・死亡事故の件数を把握していないのであれば、オスプレイの安全性確認のためにも米政府に必要な情報提供を求めるべきだと考えるが見解を示されたい。
右質問する。
質問6に対する答弁
お尋ねの「墜落事故件数」及び「乗員の死亡事故件数」について、確定的かつ網羅的にお答えすることは困難であるが、例えば、2009年12月22日付けの米国議会調査局による報告書によれば、垂直離着陸機V2222オスプレイの開発段階において、1991年に1件、1992年に1件、2000年に2件の墜落事故が発生し、そのうち1991年の1件を除いた3件が死亡事故であったとのことである。また、2010年4月9日付けの報道によれば、同月8日、垂直離着陸機CV22オスプレイ(空軍用)がアフガニスタンにおいて墜落し、米軍人等が死亡したとのことである。
これらの墜落事故が他の航空機と比べて多いか少ないかについて、政府として評価することは困難であるが、いずれにせよ、垂直離着陸機V22オスプレイは、機体の改良、運用評価飛行等を経て、機種の信用性、維持可能性等についての評価が行われ、2005年に、米国国防省により、本格的量産の承認がなされたと承知している。
「お尋ねの『墜落事故件数』及び『乗員の死亡事故件数』について、確定的かつ網羅的にお答えすることは困難である」・・・・
「確定的かつ網羅的に」、且つ特定できた場合の原因について統計を取っていないということは考えられない。
また、「これらの墜落事故が他の航空機と比べて多いか少ないかについて、政府として評価することは困難である」と言っているが、オスプレイが垂直に離陸したあと、一般の輸送機のようにプロペラを用いて水平飛行する新規の特殊機であり、「開発段階から墜落・死亡事故を多発」、「未亡人製造機」の有難い呼称を戴いていた事実が存在する以上、改良段階で他のヘリコプターと比較して事故発生率抑制が至上命令であったはずだ。
そのような経緯を背景とした、機械的欠陥の改善と併行させて行った「徹底したシミュレーター訓練」による人為的ミスの縮小を加えた事故発生の抑制の努力ということであろう。
いわば常に「他の航空機と比べて多いか少ないか」が問題となっていたはずであり、そうである以上、日本政府がオスプレイの他のヘリコプターと比較した事故発生率を把握できたはずだし、日本国内に配備される以上、国民の生命・財産を守る責任上、把握していなければならなかったはずだ。
だが、そういった意志も姿勢を見せないのは沖縄県民に対してだけではなく、日本国民に対する不誠実さの表れと見るしかない。
日本政府はフロリダでのオスプレイ墜落の原因追及を求め、森本外相はルース在日米大使と防衛省内で会談、墜落に関わる情報提供を求めた。
《配備手続き見合わせ=オスプレイ事故、原因究明まで-政府》(時事ドットコム/2012/06/14-19:50)
6月14日記者会見。
藤村官房長官「早急に事実関係を把握すべく米国政府に照会しているところだ。詳細が分からない限り、何ら新たな行動を起こさない。
(配備予定の沖縄や一時駐機要請を受けている岩国等の地元の)安全性の懸念は承知しているので、事故の事実関係も含めて丁寧に誠意を持って説明していく」
6月14日防衛省内。
森本防衛相「事故は大変残念だ。できるだけ詳細な情報を速やかに知らせてほしい」
沖縄や岩国の不安に誠実な態度で応じようという姿勢の提示ではあるが、これまでの日本政府の不誠実な態度、森本防衛相がモロッコでのオスプレイ墜落に関わるアメリカの調査結果を沖縄配備前に求めるとする強い態度を示さなかった不誠実な態度からすると、さらには森本防衛相も含めたアメリカ追従の姿勢からすると、沖縄配備が遅れることの恐れからの、あるいは岩国一時駐機を断られる恐れからの安全性確認の誠実な姿勢を見せる目的のアリバイ作りの疑いが濃い。
日本政府のオスプレイ沖縄配備に見せてきたこれまでの不誠実な態度を読み解くとしたら、誠実に対応していたなら、配備は実現しない、適当に相手をして、配備の既成事実をつくってしまおうという魂胆からの不誠実に見える。
だが、このことの裏を返すと、オスプレイが誠実に対応できない危険性を抱えているということにもなる。