◆残念!オリンピックはリオデジャネイロへ
日本時間で本日零時過ぎ、コペンハーゲンで実施されたIOC総会にて、2016年第31夏季オリンピックの開催は、リオデジャネイロに決定した。
2016年オリンピックの候補に名乗りを上げていた東京では、様々な催しが行われており、シカゴ、リオデジャネイロ、マドリッドに勝るとも劣らない都市インフラや財政面、会場間交通の利便性などを強調したが、実現には至らなかった。写真は、オリンピック招致を目指す京浜急行2100系電車。
2100系は、連続窓を採用した片側2扉クロスシート車で、快速特急を中心に、京浜急行電鉄の看板電車として活躍している。17.5㍍車で、客室空間を広く取るべく扉を従来車よりも小型化し、クロスシートはシートピッチ85㌢。連続窓には熱線吸収ガラスを採用するなど特急料金不要の私鉄特急としては最高峰のサービスを提供している。
速度でも定評があり、ラッシュ時に運行される座席指定席ウイング号は、品川と横須賀を結ぶ最高速の運行で、横浜を通過するほどの高速運行を行う事で知られる。指定券は200円。しかし、オリンピック招致失敗は残念でもある。環境を強調し過ぎたのは失敗であったかもしれない。IOCは環境関連団体ではないのだから。
京浜急行電鉄特集を、ここからは掲載。ヘリコプター護衛艦いせ進水式に足を運んだ際の写真なので、東京オリンピック2016招致のラッピング電車が写っていたので、今回の掲載で合わせてラッピング電車と京浜急行電鉄の車両を掲載したい。ちょっとこじ付け的、そしてオリンピック招致失敗とタイミングは悪いがご容赦のほどを。
京成電鉄3700系。京浜急行線に早朝、乗り入れている。今年は京成電鉄・京浜急行相互乗り入れ運行開始40周年にあたる。当初は、休日輸送から開始され、海水浴などの行楽輸送を担当、当時と比べ近年は羽田空港と都心を結ぶ京浜急行、成田空港と都心を結ぶ京成電鉄、というかたちで相互乗り入れの意義は高まっている。
都営地下鉄5300系。品川と三浦半島を結ぶ鉄道として発達した京浜急行電鉄であるが、品川よりもと新側に乗り入れることが京浜急行電鉄の戦前からの念願であったとのこと。ようやく1968年の泉岳寺延長が実現、同時に京浜急行電鉄と京成電鉄という二つ大手私鉄の路線が繋がった訳だ。
千葉ニュータウン鉄道の9100系、千葉ニューたいん鉄道といっても馴染みが無いかもしれないが、もともと住宅都市整備公団9100系電車として整備された車両である。住宅都市整備公団が何故鉄道車両を運用しているかというと房総半島北部の都市開発の為の住宅開発時に東京との交通利便性確保を目的とした北総鉄道に乗り入れて都営地下鉄線に乗り入れるための車両を導入したのがはじまり。
1500系。通勤快特から普通電車まで幅広く運行に対応する通勤電車で、166両が量産された。片側二枚扉を採用、これは今日では普通なのだが、京浜急行は一枚扉の電車、そして前照灯一基が基本であったのだが、この1500系から今日の京浜急行電車体系に移行する転換期の電車となったとのこと。1985年にデビュー。
1000系。側面からわかるようにステンレス車。もともと1000系は京浜急行にもステンレスの流れが遂に、と思うのだけれども、ステンレス車丸出しは側面だけで、先頭車両正面は、アルミ車以来の京浜急行のイメージを大事にしている。急激な車両の革新により鉄道の培ったイメージを壊さないようにしているのは好感がもてた。
京浜急行1000系電車。京成電鉄乗り入れが実現した際、成田山行き快速特急として運行された。大晦日には三浦海岸から成田山まで夜行特急“招運”が、元日には“初日”が運行された。当時は京成3300系が快速特急で運行されるなどしたが、片道二時間半という長距離特急運行であった。
品川駅の盛況。・・・、とはいえ、池袋や上野といった首都圏の私鉄とJRの拠点駅と比べれば、品川駅はいまでこそ新幹線品川駅が完成し、私鉄と新幹線の乗り換え駅というイメージはあるものの、・・・、である。京成電鉄や都営線との相互乗り入れが実現するまでは、もう少し大きくならないのか、というものだったらしい。
600系電車。鋼製車で、貫通扉無しの車両として1978年にデビューした。京浜急行電車としては回生ブレーキを採用した最初の車両である。通称“だるま”、先頭車の形状とカラーリングから、この愛称で呼ばれることとなった。なお、側面に白帯を入れる塗装はこの800系からはじまった。
2000系、京浜急行の看板特急として1982年12月にデビュー。片側2扉車で転換式クロスシートを採用した車両で、1983年にブルーリボン賞を受賞している。しかしそれにしては写真の車両は扉が一枚多いと思われるかもしれないが、看板特急は2100系に譲り、片側3扉のロングシート車に改造工事が進められ、今日に至る。
1000系。汐入駅で撮影した一枚。横須賀基地に最も近い京浜急行の駅として知られる。写真で判るようにトンネルが連続している区間。連なるカーブを高速で駆け抜けるのが京浜急行電鉄のスタイルで、前述のように特急よりも早い快特、そして空港特急、さらにウイング号が走り抜けている。
これらの写真を撮影したこの日、地震で電車が緊急停止するという出来事があったが、三分間の停車の後に回復運転によりダイヤを回復した。ダイヤ回復の速さも京浜急行の特色のひとつで、すべてをATCに委ねるのではなく、一部を旧型の柔軟性のあるATSとしていることから、回復運転への移行が早いという事が一つの特色である。
旅客需要の利便性を高めるべく頻繁な連結により様々な行先への運行を行っているほか、運行本数も多い。京浜急行電鉄は、いわば熟練した技術と技巧、そして優れたサービスへの努力により、快適な輸送と確実な運行を手頃な運賃で行う首都圏の私鉄をおこなっている鉄道会社といえるだろう。
なお、本文とは関係ないですが、北澤防衛大臣の命令で本日3日午後に、インドネシアスマトラ島へ地震被害に対応して国際緊急援助隊法に基づく自衛隊派遣へ、医官など30名の先遣隊を派遣するようですね。どういった任務重要があるかの調査が目的のようです。
HARUNA
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