■京都御所,如意ヶ岳の大文字
今夏も暦の季節よりも行事で暦を思い出す風情、五山送り火が昨晩執り行われました、今夜はEOS-M3にて撮影しましたその模様をお伝えしましょう。
八月十六日、京都五山送り火として幽玄な焔の送り火が宵の口の都を仄かに照らします。護摩の木を焚いた灯りは遠く静かに、しかし確とした光の道を夜空に届かせるのですが、送る側としても五山の送り火は季節の移ろいとして、心に残る立地から見届けたいもの。
京都御所から、本年は五山送り火を見上げる事としました。お上が送り火を親しめるようにと如意ヶ岳に送り火を焚いたといいますので、ある意味では原点回帰といえるかもしれません。流石に清涼殿前は開放されていませんが、御所の風景と大文字を写してみました。
如意ヶ岳の大文字を水盆に映して呑むと無病息災、と言われるところですが風情ある京都御所には如意ヶ岳の大文字しか眺める事が出来ません。昔は左大文字や妙法が眺められたとも聞くのですが、建物の高層化の影響でしょうか。しかし京都御所という立地が風情だ。
五山送り火ですが、如意ヶ岳の大文字が象徴として名高いところですが、大文字送り火とともに、妙法、舟型、鳥居、左大文字と併せて五山の送り火です。ゆったりと見上げたいものの、護摩木を焚いた送り火ですので、お盆の送り火とおなじように照らす時間は短い。
実は今年、何処から眺めようかといろいろ思案した結果の京都御所でした。試案というのも昨日今日の思案ではなく、丸々一年間五山を見上げる度に、さてお盆は何処から見上げようか、と辻々道々車窓に歩道に航空写真にと五山誤算合算試算と考え続けた結果です。
洛中から望見する送り火は大文字のほうですが、洛北の北山よりもそのさらに北へ妙法と舟形が並び、鳥居は嵐山へ、大文字は銀閣寺から見上げ、左大文字は金閣寺から見上げるという立地でして、五山を一度に見上げることは神ならぬ人の身、不可能だったりします。
京都市内からどうにか五山送り火を、穴場について考えるのですが、有名なのは船岡山、あの大徳寺や今宮神社にほどちかい織田信長を祀る社殿の丘から望見する。鳥居は見えませんが左大文字にちかく大文字を遠くながめ、妙法も遠く微かに舟形も眺める事ができる。
北大路駅から鴨川にかけての散歩道から金閣寺までは標高差が30mちかくあり、考えてみれば船岡山に上ることで標高差は50mと大きくなりますので、高い建物にのぼり眺めるよりは、千本北大路の交差点界隈から眺めた方がみえるかもしれませんが、電線が、邪魔だ。
嵐山も有名な場所で、嵐山そのものが有名であるとともに大堰川を少し保津峡の方へ歩みを進めるならば、渡月橋の向こう側に大文字が浮かび、そして灯籠流しの浮かぶ灯火がもう一つ幽玄な情景を醸し出します。また渡月橋から見上げる法輪寺も人に勧められました。
灯籠の焔灯とともにすばらしいとの話ですが、年々混雑が凄く、という話を聞きますとなかなかこの数kmの先を目指すことができない。混雑ぶりは凄いと聞きますと、混雑如何は人の主観的な要素で決まるものなのですが、人口密度的には実際どの程度なのか気になる。
京都御所から五山送り火を、と考えましたのは、実のところ京都御所は如意ヶ岳のみを見上げる立地ですのでそれ程混まないということ、次に一杯やるのに便利な立地、京都御所からよく見えるよう如意ヶ岳に大文字を描いたという歴史に浸る充実感から選んだのです。
撮影よりも送り火を黙って見上げよう、という風情と併せ、いや実際には時間が無くて三脚を用意できなかった為ですが、手持ち撮影で送り火に低性能EOS-M3やEOS-7Dmark2高性能機種を構えますと夜空も晴れ渡り送り火の風情と共に歴史と伝統を感じられました。
北大路機関:はるな くらま
(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)
(本ブログ引用時は記事は出典明示・写真は北大路機関ロゴタイプ維持を求め、その他は無断転載と見做す)
今夏も暦の季節よりも行事で暦を思い出す風情、五山送り火が昨晩執り行われました、今夜はEOS-M3にて撮影しましたその模様をお伝えしましょう。
八月十六日、京都五山送り火として幽玄な焔の送り火が宵の口の都を仄かに照らします。護摩の木を焚いた灯りは遠く静かに、しかし確とした光の道を夜空に届かせるのですが、送る側としても五山の送り火は季節の移ろいとして、心に残る立地から見届けたいもの。
京都御所から、本年は五山送り火を見上げる事としました。お上が送り火を親しめるようにと如意ヶ岳に送り火を焚いたといいますので、ある意味では原点回帰といえるかもしれません。流石に清涼殿前は開放されていませんが、御所の風景と大文字を写してみました。
如意ヶ岳の大文字を水盆に映して呑むと無病息災、と言われるところですが風情ある京都御所には如意ヶ岳の大文字しか眺める事が出来ません。昔は左大文字や妙法が眺められたとも聞くのですが、建物の高層化の影響でしょうか。しかし京都御所という立地が風情だ。
五山送り火ですが、如意ヶ岳の大文字が象徴として名高いところですが、大文字送り火とともに、妙法、舟型、鳥居、左大文字と併せて五山の送り火です。ゆったりと見上げたいものの、護摩木を焚いた送り火ですので、お盆の送り火とおなじように照らす時間は短い。
実は今年、何処から眺めようかといろいろ思案した結果の京都御所でした。試案というのも昨日今日の思案ではなく、丸々一年間五山を見上げる度に、さてお盆は何処から見上げようか、と辻々道々車窓に歩道に航空写真にと五山誤算合算試算と考え続けた結果です。
洛中から望見する送り火は大文字のほうですが、洛北の北山よりもそのさらに北へ妙法と舟形が並び、鳥居は嵐山へ、大文字は銀閣寺から見上げ、左大文字は金閣寺から見上げるという立地でして、五山を一度に見上げることは神ならぬ人の身、不可能だったりします。
京都市内からどうにか五山送り火を、穴場について考えるのですが、有名なのは船岡山、あの大徳寺や今宮神社にほどちかい織田信長を祀る社殿の丘から望見する。鳥居は見えませんが左大文字にちかく大文字を遠くながめ、妙法も遠く微かに舟形も眺める事ができる。
北大路駅から鴨川にかけての散歩道から金閣寺までは標高差が30mちかくあり、考えてみれば船岡山に上ることで標高差は50mと大きくなりますので、高い建物にのぼり眺めるよりは、千本北大路の交差点界隈から眺めた方がみえるかもしれませんが、電線が、邪魔だ。
嵐山も有名な場所で、嵐山そのものが有名であるとともに大堰川を少し保津峡の方へ歩みを進めるならば、渡月橋の向こう側に大文字が浮かび、そして灯籠流しの浮かぶ灯火がもう一つ幽玄な情景を醸し出します。また渡月橋から見上げる法輪寺も人に勧められました。
灯籠の焔灯とともにすばらしいとの話ですが、年々混雑が凄く、という話を聞きますとなかなかこの数kmの先を目指すことができない。混雑ぶりは凄いと聞きますと、混雑如何は人の主観的な要素で決まるものなのですが、人口密度的には実際どの程度なのか気になる。
京都御所から五山送り火を、と考えましたのは、実のところ京都御所は如意ヶ岳のみを見上げる立地ですのでそれ程混まないということ、次に一杯やるのに便利な立地、京都御所からよく見えるよう如意ヶ岳に大文字を描いたという歴史に浸る充実感から選んだのです。
撮影よりも送り火を黙って見上げよう、という風情と併せ、いや実際には時間が無くて三脚を用意できなかった為ですが、手持ち撮影で送り火に低性能EOS-M3やEOS-7Dmark2高性能機種を構えますと夜空も晴れ渡り送り火の風情と共に歴史と伝統を感じられました。
北大路機関:はるな くらま
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