■来たる次の巨大災害へ備えて
環太平洋火山性弧状列島に国土を構成する我が国では災害というものは常に認識せねばなりません。

巨大災害、今年も東日本大震災鎮魂の日が近づいて参ります。3.11、実に二万人近い人命が地震と津波により失われ、この巨大津波により引き起こされた福島第一原子力発電所事故は我が国のエネルギー政策を根本から転換させるとともに、資源価格高騰という形で世界へも影響を及ぼしたと共に、帰還困難地域では今なお除染作業が延々と続いています。

東日本大震災を教訓として、これまで派生を想定外として来ました巨大災害への脅威度が見直され、我が国では数百年周期で発生している巨大災害を再検証した結果、首都直下型地震や南海トラフ巨大地震という、自治体の防災枠組を根底から破砕し押し流す懸念が認識されるに至りました。そこで、衛生装備という観点から今年は巨大災害を考えてみたい。

自衛隊の衛生装備は一例としてNATOや同盟国アメリカ軍と比較し、非常にその能力が限られているのではないか、この視点はPKO南スーダン派遣に際し問題視されました。第一線部隊では、しかし当然以前より問題視されており、自衛隊派遣に際し国会において議題化されたことも併せ従来低かった予算上の優先度を繰り上げ、改善した事は記憶に新しい。

衛生部隊、実は自衛隊は諸外国と比較し野外衛生システムという装備では、少なくとも米軍よりも先進的な部分を有しています。米軍ではダストオフ、有事の際には可能な限り早く航空搬送を実施し、軍団単位で野戦病院を設置、治療を実施します。自衛隊の場合は軍団単位で野戦病院を設置するよりも専守防衛故に大都市病院施設をそのまま利用できます。

自衛隊の衛生装備はこうした背景から、包帯所の十数kmから数十km後方には野外衛生システムを展開させ、入院可能な病院施設までの究極の応急処置というべき外科手術を含めた野戦医療体制を構築しているのです。ただ、この有事に備える装備体系をもう少し視点を変えて考えてゆく時代を迎えているのかもしれません、特にあの3.11以降の我が国では。

巨大災害。さて自衛隊の医療システムですが幸いにして自衛隊創設以来国土が戦場となる事態は回避出来ています。しかし日本国内で大量の死者が発生する状況を戦後に限って回顧してみますと、5000名以上の人命が失われる事態では、1959年伊勢湾台風、1995年阪神大震災、2011年東日本大震災、実に三回ありました。これは異常事態といえましょう。

先進国で短時間に5000名以上の人命が失われる事態、戦争を含めて、なかなかありません。1000名以上の人命が失われる、と限定しますと2001年の9.11同時多発テロや2005年のハリケーンカトリーナというアメリカの事例が加わりますが、我が国では1940年代から1950年代にかけ多数発生しています。戦災直後故にこの実情を忘れてはいないでしょうか。

地震災害と台風災害、死者数で1000名以上という規模で再考しますと、1945年枕崎台風の3756名、1946年南海地震の1443名、1947年カスリーン台風の1930名、1948年福井地震の3769名、1954年洞爺丸台風の1761名、1958年狩野川台風1269名、1959年伊勢湾台風の5098名、実に9回にも上ります。防災対策の多寡もありますが災害規模も大きい。

公共事業の膨大な実施、実のところ日本は戦後、ソ連軍の北海道上陸よりも巨大台風の本州上陸のほうが脅威としては蓋然性が高く、この為に主権者が求める優先度の高さは軍事的な防衛もさることながら国土強靱化を求める声の方が大きかったといえるでしょう。しかし、国土強靭化、堤防建設や防波堤建設に耐震構造強化には限界を突き付けられました。

2011年東日本大震災は19000名以上の人命が一度に失われるという未曾有の大災害となりました。安全神話、という単語は1995年阪神大震災の阪神高速道路や山陽新幹線橋脚崩落とともに過去のものとなった、とは云われているところですが、あくまで京阪神地区の限られたものとの認識であったのでしょうか、社会を変革させるものではありませんでした。

2011年東日本大震災はこの部分に直接揺さぶりを掛けた構図といえましょう。そこで、災害と武力攻撃を一つの“有事”という概念で包括的に受け止め、その上で受傷後の救命を社会インフラが機能しない状況下においても平時と同様に維持する機構として、衛生自衛隊、という概念を陸海空自衛隊と同格の新しい自衛隊として検証する必要を、提示したい。

衛生自衛隊、実のところ規格外の巨大災害に備えるには自治体の防災システムには限界があり、社会インフラというものも東日本大震災規模のものに確実に備えられる水準のものを整備することは不可能であり、自衛隊の構造そのものを変革し、強靱な防災枠組みと防衛枠組、巨大災害を有事と例えて、いや有事そのもの、と取り組む必要はないでしょうか。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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環太平洋火山性弧状列島に国土を構成する我が国では災害というものは常に認識せねばなりません。

巨大災害、今年も東日本大震災鎮魂の日が近づいて参ります。3.11、実に二万人近い人命が地震と津波により失われ、この巨大津波により引き起こされた福島第一原子力発電所事故は我が国のエネルギー政策を根本から転換させるとともに、資源価格高騰という形で世界へも影響を及ぼしたと共に、帰還困難地域では今なお除染作業が延々と続いています。

東日本大震災を教訓として、これまで派生を想定外として来ました巨大災害への脅威度が見直され、我が国では数百年周期で発生している巨大災害を再検証した結果、首都直下型地震や南海トラフ巨大地震という、自治体の防災枠組を根底から破砕し押し流す懸念が認識されるに至りました。そこで、衛生装備という観点から今年は巨大災害を考えてみたい。

自衛隊の衛生装備は一例としてNATOや同盟国アメリカ軍と比較し、非常にその能力が限られているのではないか、この視点はPKO南スーダン派遣に際し問題視されました。第一線部隊では、しかし当然以前より問題視されており、自衛隊派遣に際し国会において議題化されたことも併せ従来低かった予算上の優先度を繰り上げ、改善した事は記憶に新しい。

衛生部隊、実は自衛隊は諸外国と比較し野外衛生システムという装備では、少なくとも米軍よりも先進的な部分を有しています。米軍ではダストオフ、有事の際には可能な限り早く航空搬送を実施し、軍団単位で野戦病院を設置、治療を実施します。自衛隊の場合は軍団単位で野戦病院を設置するよりも専守防衛故に大都市病院施設をそのまま利用できます。

自衛隊の衛生装備はこうした背景から、包帯所の十数kmから数十km後方には野外衛生システムを展開させ、入院可能な病院施設までの究極の応急処置というべき外科手術を含めた野戦医療体制を構築しているのです。ただ、この有事に備える装備体系をもう少し視点を変えて考えてゆく時代を迎えているのかもしれません、特にあの3.11以降の我が国では。

巨大災害。さて自衛隊の医療システムですが幸いにして自衛隊創設以来国土が戦場となる事態は回避出来ています。しかし日本国内で大量の死者が発生する状況を戦後に限って回顧してみますと、5000名以上の人命が失われる事態では、1959年伊勢湾台風、1995年阪神大震災、2011年東日本大震災、実に三回ありました。これは異常事態といえましょう。

先進国で短時間に5000名以上の人命が失われる事態、戦争を含めて、なかなかありません。1000名以上の人命が失われる、と限定しますと2001年の9.11同時多発テロや2005年のハリケーンカトリーナというアメリカの事例が加わりますが、我が国では1940年代から1950年代にかけ多数発生しています。戦災直後故にこの実情を忘れてはいないでしょうか。

地震災害と台風災害、死者数で1000名以上という規模で再考しますと、1945年枕崎台風の3756名、1946年南海地震の1443名、1947年カスリーン台風の1930名、1948年福井地震の3769名、1954年洞爺丸台風の1761名、1958年狩野川台風1269名、1959年伊勢湾台風の5098名、実に9回にも上ります。防災対策の多寡もありますが災害規模も大きい。

公共事業の膨大な実施、実のところ日本は戦後、ソ連軍の北海道上陸よりも巨大台風の本州上陸のほうが脅威としては蓋然性が高く、この為に主権者が求める優先度の高さは軍事的な防衛もさることながら国土強靱化を求める声の方が大きかったといえるでしょう。しかし、国土強靭化、堤防建設や防波堤建設に耐震構造強化には限界を突き付けられました。

2011年東日本大震災は19000名以上の人命が一度に失われるという未曾有の大災害となりました。安全神話、という単語は1995年阪神大震災の阪神高速道路や山陽新幹線橋脚崩落とともに過去のものとなった、とは云われているところですが、あくまで京阪神地区の限られたものとの認識であったのでしょうか、社会を変革させるものではありませんでした。

2011年東日本大震災はこの部分に直接揺さぶりを掛けた構図といえましょう。そこで、災害と武力攻撃を一つの“有事”という概念で包括的に受け止め、その上で受傷後の救命を社会インフラが機能しない状況下においても平時と同様に維持する機構として、衛生自衛隊、という概念を陸海空自衛隊と同格の新しい自衛隊として検証する必要を、提示したい。

衛生自衛隊、実のところ規格外の巨大災害に備えるには自治体の防災システムには限界があり、社会インフラというものも東日本大震災規模のものに確実に備えられる水準のものを整備することは不可能であり、自衛隊の構造そのものを変革し、強靱な防災枠組みと防衛枠組、巨大災害を有事と例えて、いや有事そのもの、と取り組む必要はないでしょうか。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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