◆破綻したNATOの重装備軽視域外対応戦略
ウクライナのヴィクトルヤヌコーヴィチ親ロシア政権に対する反対運動は暴動に展開、政権が崩壊し大統領はロシア国内へ脱出、暫定政権の親欧路線を警戒したロシア軍が軍事介入、非常な緊張状態となっています。
北大路機関では自衛隊の新防衛大綱に基づく戦車300両体制への転換について、その選択肢に現在示されている機甲師団一個の維持に加え、戦車の北海道取集配備による少数の戦車部隊維持ではなく、戦車と協同する装甲戦闘車を編成に加えた機械化大隊を全国に配置し、装甲機動部隊という意味での機甲部隊を維持する苦肉の策を提示してきましたが、特に重装備を過度に軽視することは有事の際の選択肢を狭めるのではないか、という懸念も示しています。この危惧について、今回のNATOがウクライナ危機に際し執った方策を検討しますと、やはり改めて重装備部隊の意味合いを考えてみるべきでは、として一筆取りました。
今回の事案とこれに対応するNATO各国の対応から、学べるものを見てみましょう。我が国として我が国は冷戦時代、日本海と宗谷海峡を隔てソ連軍と対峙、陸上自衛隊は戦車師団を含む4個師団を北海道に駐屯させ、本州より3個師団の増強準備を以て有事に備えていました。これが現在、師団を縮小し戦車や火砲等の重装備を冷戦時代の四分の一にまで縮小する政策を実施中ですが、NATO加盟国は我が国以上の縮小を実施しています。もちろん、同時に共同交戦能力の強化など一連の情報共有能力強化への施策と並行しているため、全体としてはその作戦能力は重装備の削減と比例しないのですが、抑止力の内容は変化してしまったというべきでしょうか。
今回、完全に裏目となったのはNATOが冷戦終結後、新冷戦時代とも呼ばれるテロとの戦いの時代においてNATOの主任務を欧州加盟国での防衛戦闘から、欧州域外での域外対応戦略へ転換し、今後冷戦時代型の大規模戦争は生じないという前提の下で、欧州周辺地域での地域紛争が欧州へ危機を及ぼす前に迅速に対処するとの戦略へ転換を進めてきました点で、言い換えれば初動で紛争が拡大する前に何らかの措置を採って抑止を行わなければ、緊急展開部隊の初動失敗を後から抑える重装備部隊が縮小しているため、対処が難しくなている事を意味し、現状がまさにそれに当たるといえるでしょう。
NATO圏内での防衛戦略から欧州域外での危機対応戦略への転換、これが意味することは重装備を以て侵攻を迎え撃つ冷戦時代の方式から緊急展開能力を強化し打って出る新冷戦時代の方式へ転換したことを意味しまして、同時に戦車や火砲といった敵主力の阻止撃滅に用いる重装備から空中機動と装甲戦闘車といった機動力と秩序回復を目的とした装備体系への転換を意味するところ。NATO加盟国では冷戦末期に1000両以上の戦車を保有したオランダが戦車を全廃するなど戦車部隊の縮小が進み、ドイツ連邦軍の戦車保有数もかつての2800両より350から300両まで縮小する方針が示され、全ての加盟国が縮小へ転換しています。
反面、武装ヘリコプターから高度な戦闘ヘリコプターへの近代化や装甲兵員輸送車の代替に大口径機関砲と高度な火器管制装置を装備した装甲戦闘車への近代化が進められ、特に域外の紛争地へは戦車を政治的に送り込みにくい状況に配慮した装甲車両の充実が行われてきました。冷戦時代にAH-1という専用ヘリコプターを保有していたのはトルコ陸軍等NATOで限られていましたが、現在はAH-64やEC-665、A-129といった戦闘ヘリコプターの装備国が増えていますし、装甲戦闘車も冷戦時代はマルダーのほか、FV-510にAMX-10Pくらいしか無かったものが現在はCV-90にASCOD等、採用国が増えているところがこれを端的に示しています。
一方で、今回のウクライナ騒乱に際しては、緊急展開部隊を派遣する準備期間さえも有効に活用できませんでした。ご承知の通り、NATO理事会が対応を協議している最中にロシア軍が介入、現時点でNATOは人道支援を含めた行動を行えば黒海でロシア軍と対峙することとなり第三次世界大戦へ展開する危険さえもあるため、今となっては採り得ない選択肢が多くある訳です。即ち、採りえる選択肢は時機を逸し、ロシア政府の情勢判断と介入への政治的な速度戦にNATOは完敗したといえるかもしれません。
BBCが日本時間今朝までに報じた情報をまとめますと、ロシア軍は黒海艦隊基地の置かれたクリミア半島を中心に展開しており、クリミア半島南西部サキ市のカチャ基地にはMi-24攻撃ヘリコプター11機が強襲し占拠、半島中央部のシンフェロポリ市近郊の民間空港にはIl-76輸送機5機が空挺部隊を展開しています。黒海艦隊の展開する南部のセバストポリ基地にはロシア本土からIl-76輸送機13機がやはり空挺部隊を展開させ、市内には2S1自走榴弾砲4両が展開、南部のヤルタ近郊にはティーガー軽装甲車の護衛を受けた自動車化部隊が進出、南東部の黒海沿岸フェオドシヤにはエアクッション揚陸艇が上陸し、沿岸部を占領中です。東部のケルチ等ではMi-28攻撃ヘリコプターの編隊を見たとの情報もあり、展開部隊は既に6000名となるもよう。
もちろん、NATOは最初からウクライナ介入という選択肢を行使する事は出来ませんが、政権打倒の暴動が発生した際に親ロシア政策を採るヤヌコヴィッチ政権を人道支援名目で支援するなどの名目で、暴動がソフトランディングさせる選択肢を執って、艦艇による人道支援を進めていたならば、現状は違ったものとなっていたかもしれません。しかし、EUのウクライナ支援策とNATOのウクライナ危機対応策が一致点を探る前に、上記の通り、ロシア軍が大規模介入を開始してしまった、というかたち。
冷戦時代にはプラハの春軍事介入等が実施されていますが、我が国としてはこうした迅速なロシア軍の展開について、軍事的な教訓を見出さなければなりません。無論、例えば次の我が国選挙とその結果がロシアからの介入を招く可能性というものは考慮する必要などないのですが、NATOの緊急展開部隊重視と重装備軽視の視点が、結局緊急展開部隊を必要な時に逡巡無い政治決断の下で介入させる、言い換えれば緊急展開能力の速度に見合った政治決断を採れない場合、軽装備の緊急展開部隊では如何ともしがたい状況に陥った際の次の選択肢が無くなってしまう、という厳しい現実を見る必要があるのではないでしょうか。
特に我が国では危機の正面となる地域は南西方面であり、この島嶼部防衛任務に際し必要となる機動力を重視する体制へ転換を続けています。同時に必然的結果として機動力重視への各種装備主として航空機ですが、その導入を進めた結果、重装備の保有数が手薄となっています。もちろん、機動力が無ければ緊急時への迅速な展開が出来ないため、有事の際に拡大する状況を阻止し地域紛争が全面戦争に展開する事となってしまうのですが、緊急展開部隊を支える重装備部隊というものがなければ、全体の戦力均衡を破綻させ、引いては抑止力体系そのものを破壊してしまう、という視点は、今回のNATOの対応から見てとるべき重要な部分です。
軽装備の緊急展開部隊は初動の火消し部隊です、緊急展開部隊では重装備の脅威に対応する事は出来ません。初動で出動するかどうか検討し、大火災となった地域へ消火器を抱えて駆けつけても無意味なのです。この部分について、特にNATO加盟国であるポーランドは、ウクライナ情勢が隣国であることから非常な懸念を以て推移を見守っています。これは、ウクライナ南部へ現在のところロシア軍が展開している状況ではあるのですが、北部の首都キエフへロシア軍が介入するというような状況に展開すれば、ポーランド国境付近へ紛争が拡大する可能性がありますし、ポーランド軍はドイツ製レオパルド2戦車などで近代化を進めてはいるのですが、全体の戦力として、仮にウクライナ情勢が内戦に展開した場合の備えは充分とは言い難い。
NATOは機甲部隊の縮小に対し、一応戦闘機ではEF-2000タイフーン戦闘機の開発を筆頭に、航空戦力の近代化を進めており、冷戦時代から航空阻止任務を重視したNATOは、必要であれば機甲部隊だけではなく航空阻止任務を戦闘機に実施させ、必要な打撃力を構成することは、勿論可能です。しかし、ここでも今回この選択肢を執れるか、と言いますと、航空戦力では戦車のような抑止ではなく、飛行させ打撃を加えなければ機能しません。ところが、この選択肢を執れば確実に航空戦闘となり、全面戦争となることから、やはり選択肢として採る事は出来ない。現時点のNATOは手詰まりそのもの。
NATOの戦略はウクライナ情勢が暴動になる以前にEU等を含めた政治的介入により、親ロシア政権を維持する結果となってでも長期的視野に立ち、暴動による親欧暫定政権の樹立を回避する方策を採り、暫定政権が樹立した際にはロシアに対する政治的牽制ではなく、国際平和維持活動や選挙監視団派遣など共同展開の方策を模索するべきでした。ロシア軍がウクライナ国境周辺での軍事演習準備を開始した際にはNATOは緊急展開部隊を準備し、以上の通り共同歩調を模索することで、ロシア軍単独の展開を抑制する方策を目指すべきでしたが、現時点となっては不可能な選択肢です。緊急展開部隊重視となっているため後詰めの重装備部隊が無く、そもそもNATOの現状が重装備の圧力に空軍力などの打撃力を以て応える事しかできず、重装備には重装備に威圧で対応する方式が採れなくなっている。
我が国としても、特に南西諸島有事を想定した場合、如何に緊急展開部隊を整備したとしても、緊急展開部隊の進出速度に見合った政治意思決定能力を制度面として整備しなければ対応できません。着上陸の兆候を敵両用戦部隊が出港する以前、港湾に展開し空挺強襲部隊が空軍基地に集合する時点で自衛隊は緊急展開部隊が対向規模での演習を実施し、場合によってはそのまま防衛戦闘に展開するような態勢を政治的に、国会の場で迅速かつ的確な判断が出来なければ無意味になってしまう、ということ。
ただ、これが現実的に展開できるのかと問われれば、非常に懐疑的なものとなります。我が国は専守防衛を国是としていますので、防衛戦闘を主体的に展開、言い換えれば攻撃兆候を感知した時点で予防的に攻撃を行うことが憲法上不可能であるのですから。また、制度面以外でも実際にイラク戦争に際しアメリカが展開したような専制的自衛権の行使は支持を集めにくく道義的にも行うべきではありません。すると、緊急展開部隊を重視し重装備を軽視する方策は、かなりのリスクを抱える事となるようにも。
重装備だけあればそれで何とかなる、というものではありませんが、元来我が国は冷戦時代より輸送ヘリコプター部隊を重視し対戦車ヘリコプターも専用機を整備するなど重視したものとなっています。すると、冷戦時代末期の自衛隊装備体系であっても、実のところ機甲重視というものではなく、空中機動重視の体制を採っていたのではないか、という視点にも至るところですので、重装備について、二割三割削減し航空重視を強化する選択肢はあったのかもしれませんが、現状では行き過ぎているようにも感じます。重装備を一定数保有していれば政治が重装備の鈍重な機動力程度の判断速度しか発揮でき無い場合でも防御力で持ちこたえることが出来ますが、緊急展開重視の部隊にはそれに見合った政治判断の迅速化が、それこそ不可欠、ということ。
もちろん、ここで島嶼部防衛の特殊性を無視してはいけません。そのため、水陸両用と空中機動能力は必要となります、此処で重要なのは極端がよくない、という事です。また、今回のNATOの対応は、緊急展開部隊を域外に展開させるという戦略が、政治的に展開しにくくも欧州周辺部に位置する地域がある、という事を如実に示しました。我が国の場合、海洋が隔てていますが、我が国周辺事態に際し、現状では警戒を強化することまでしかできず、緊急展開部隊を如何に強化してもその能力を以て我が国に波及する以前に対応するという選択肢はとりにくい。
こうして考えますと、島嶼部防衛へ緊急展開部隊を重視し重装備部隊を大きく省いたとしても必要な防衛力を発揮できるという考えは、余りに近視眼的といえるのではないでしょうか。この点で、打撃力に航空打撃力と洋上打撃力を整備したとしても、打撃力は同じく抑止力を代替する事は出来ません。単純に火力指数だけで防衛力を考えますと、その特性上抑止力で紛争を防ぐのではなく実戦で撃破するという状況と同義になってしまい、これでは国家を戦争から守る事は出来ません。ウクライナ危機は現在進行中で対応を考えなければなりませんが、一方で今回のNATOの状況はこのように色々と考えさせられるものでした。
北大路機関:はるな
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