◆その“多用途”とは?、原点に戻っての視点
多用途ヘリコプター、陸上自衛隊の主力汎用航空機といえる装備ですが、UH-Xについての一考察に先んじて、そもそもどういった任務に用いるのかを、考えてみましょう。
多用途ヘリコプターは小銃手等軽装備の部隊を10名程度空輸可能で、構造上野戦整備性が高く取得費用と維持費用ともに専用の戦闘ヘリコプターや輸送ヘリコプターよりも低く抑えられており、なによりも三次元立体機動を可能とするヘリコプターは陸上作戦体系に大きな柔軟性を与えてくれるもの。
小部隊であっても、情報収集や携帯火器の高度化、それら携帯火器を駆使する遊撃戦闘部隊としてのレンジャーの練成が行われており、このほか、10名程度の輸送能力というものは、工夫しだいによって様々な用途に用いることが出来、陸上自衛隊は長くその運用を強化し整備してきました。
ただ、文字通り様々な用途に用いるものですが、防御力と攻撃力の面で専門の攻撃ヘリコプター程の能力は持っていません。各国を見れば多用途ヘリコプターに対戦車誘導弾を搭載した武装ヘリコプターの事例はありますが、湾岸戦争ではイギリス軍のガゼル武装ヘリコプターがイラク軍T-55戦車に対し相当苦戦した事例があり、過度な期待は行えないという点は一つあります。
しかしながら、ヘリコプターという装備そのものの有用性は低くなったのか、と問われれば、当方としては否、という答えを示します。もちろん、限界は多く、脆弱性は山ほどあります。飛行する航空機なのですから優勢な防空網に飛び込めば携帯地対空誘導弾や機関砲などで簡単に撃墜されてしまうもので、2003年のイラク戦争では米陸軍のAH-64D戦闘ヘリの編隊がイラク軍防空網に気づかず進入し大打撃を受けました。
この点で、我が自衛隊も有事の際、特に我が国周辺国は対空防御を重視した編成の陸軍が比較的多く、その防空網へヘリコプターで反撃すれば手痛い打撃を受ける事となるでしょう。しかし、我が国は島国です。島嶼部においては、特に海上で対空戦闘部隊の待ち伏せを受けにくく、航空優勢と制海権は完全に掌握されれば打つ手が限られますが、競合状態であれば、匍匐飛行する航空機は中々捕捉できません。
これは多用途ヘリコプターの話ではなく、戦闘ヘリコプターに限った話ですが、戦闘ヘリコプターに搭載される対戦車誘導弾の射程は徐々に延伸しており、AH-1SのTOWは3.75kmでしたが、AH-64Dのヘルファイアは8km、徐々に短射程地対空誘導弾の射程を大きく上回り、アウトレンジを視野に含めるようになってきました。島嶼部防衛では陸上と違い眼下の洋上に対空戦闘部隊が潜む可能性は無く、文字通り一方的な戦闘が可能となるのではないでしょうか。
さて、多用途ヘリコプター。10名程度、多用途ヘリコプターの空輸能力は小銃班を空輸する程度ですので、これでは数機をまとめて運用しても小隊規模の空輸しかできず、更に降着地点に展開した時点で部隊は空中機動から徒歩機動に限定されるものとなります。10機で5往復すれば大隊規模の部隊を展開できますが、それは人員に限ったもので、そのまま輸送だけに限定しては能力は最大限発揮できないでしょう。
実はこの点、ヘリボーン作戦の草創期に早速指摘されています。ヘリボーン作戦の走りは多々挙げられますが、その草創期、イスラエル軍が1950年代に多用した戦術として、ヘリボーンで数名の火炎放射器部隊を高地の敵陣地背後に展開させ奇襲する馬乗り攻撃が成果を上げました。当初は文字通り背後からの強襲で成果は大きかったのですが、繰り返されると結局は少数の軽歩兵による強襲、逆に包囲されるようになってしまったとのこと。
ヘリボーンが最盛期となった1960年代のヴェトナム戦争時代には数十機のヘリコプターを集中し大隊規模の部隊を展開させる方式が成果を上げましたが、1970年代には対空火器の待ち伏せによる被害が目立ち始め、携帯地対空ミサイルの普及と共に1980年代に同様の戦術を実施したソ連軍はアフガニスタンで大損害を出すに至る。
こうしたなか、冷戦時代の西ドイツ軍と1980年代のイスラエル軍は非常に有用なヘリコプターの運用方法を確立し、1990年代の湾岸戦争では米軍がヘリコプター運用方法に新しい一歩を開拓しました。西ドイツ軍は、想定された欧州戦域において対戦車ヘリコプターと共にヘリボーン部隊を対戦車戦闘に活用する方策を模索したのです。
西ドイツ軍はTOW対戦車ミサイルなどをヘリボーンと空挺部隊により緊急展開させ、陣地戦闘に用いる方策を研究しました。一種、空挺部隊を最前線の対機甲戦闘にあてる無茶苦茶な戦術ですが、戦闘ヘリコプターなどと違い地上部隊は滞空時間の制限が無く、露出する空中と違い地形防御を駆使することが出来、友軍機甲部隊の到着まで遅滞戦闘を採ることは可能でした。
陸上自衛隊でも戦車部隊をヘリコプター隊へ置き換えた第12旅団では師団対戦車隊を維持し、ヘリコプター隊に装備するCH-47輸送ヘリコプターによる対戦車誘導弾の空中機動を比較的重視しています。一旦展開してしまえば距離上撤退は難しくなりますが、緊要地形を確保し地形防御に徹すれば、それなりの運用は可能、ということなのでしょう。
イスラエル軍は多用途ヘリコプターに対し、特に地上部隊の前進に合わせた戦闘支援の方策を構築、フランス軍も多用途ヘリコプターを同様に運用しています。具体的には機動戦闘の展開に際し、陸上からの補給支援よりも前に前進した場合に特に弾薬を空輸支援する、というものでした。
フランス軍は昨年のマリ介入サーバル作戦においてこの方式を、特に情報共有により少数の部隊が広く分散した状況下での相互位置把握による共同交戦能力の一環として実施し、中隊規模の部隊であっても、小隊毎に広く分散し、空中機動部隊からの補給を継続的に受け前進しました。ヘリコプターの天敵である対空脅威は元々少ない地域ですが、その対空脅威の天敵は地上の装甲部隊です。
地対空ミサイル部隊は、例えば1973年のイスラエル軍が経験した第四次中東戦争でも、航空支援を妨害した地対空ミサイル脅威は戦車が直接撃破し、無力化しました。我が国としては攻撃前進の速度を強化させる一助として、戦車部隊を含む重装備部隊へ適切な整備支援を空輸により維持すれば、従来以上の機動力を地上部隊が発揮できるかもしれません。
このほか、ヘリボーン部隊は特科部隊との連携にも大きな威力を発揮します。特科部隊との連携と言えば観測ヘリコプターが主に髣髴されるものでしょうが、イスラエル軍などは機甲部隊に随伴し高速で前進する自走砲の砲兵部隊に対し155mm砲弾を空輸し続けました。機動戦闘を考えた場合、適度な補給を補給線が混乱しないよう維持する方策は意外と重要です。
もちろん、着弾観測も重要です。従来の空中着弾観測は双眼鏡に依存し観測してきましたが、近年は、例えば東日本大震災福島第一原発空撮を30~40kmの距離から中継したNHK報道ヘリコプターの空撮器材のように、遠距離から情報を収集する機材は多数開発されているため、これらを装備することで、多用途ヘリコプターをかなり第一線よりも後方から運用することも十分考えられるでしょう、これは他の備忘録記事でも提案していますが、ね。
特科部隊との連携としては更に1990年代のロシア軍がチェチェン紛争において実施した前進観測班の山間部輸送が事例として挙げられるかもしれません。ロシア軍はチェチェン軍の小規模戦闘部隊の遊撃戦闘に対し、多数の前進観測班を編成し空輸展開、観測任務に充てました。今日では無人機により代用できるとも誤解されるでしょうが五感の駆使は今なお重要で、特殊作戦部隊の任務に偵察が含まれていることが何よりもの証左です。
特科火力の誘導の他前線航空統制にも用いることが出来る前進観測班ですが、部隊は決して大人数ではありませんので、ヘリボーン展開はそれほど目立つものではありませんし、少数部隊であれば補給も最小限で展開可能です。もちろん、前進観測班あ攻撃前進に先んじての運用や遅滞戦闘の一環として行われるかで、航空部隊展開には伏射の危険度合いが違ってきますが、盲撃の無駄よりは利点の方が多いでしょう。
多用途ヘリコプターはこのほか、負傷者の搬送や地雷散布による遅滞行動、災害時の情報収集や指揮官の連絡輸送など、このほかにも用途は幅広くあります。ですから、その用途を発揮するためにも、次期多用途ヘリコプター、UH-X選定は重要である、というわけです。
北大路機関:はるな
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