イキイキと生きる!

縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

毎日が事件!

2009-09-25 | 第十章「今ここでの恩寵」

 昨日の八王子カウンセリング勉強会で、話題になったことで、自己構造の領域(理想)の問題があった。

 例えば、暗い感情は理想と現実のギャップから起こると仮定すると、暗い感情を引き起こす原因の一つは、個人の理想の持ち方(自己構造)なのだということに気が付く。

 自分の理想の領域はどんなふうになっているのか?そんなころを、いろいろ考えた。

 生き甲斐とか理念とか、一段上の理想の世界もあれば、ちょっとした日常生活での感情を引き起こす理想もある。そして、不思議なことに自分では当たり前の理想は、他人から見ると異常なものだったりする(身体や生育史が違うので当たり前なのだが、よく心理学の勉強会で言われる「自分以外の他人は驚きの対象」と言われるが)。

 昨日は、午前中が勉強会。午後は仕事のない日であったので、本を読んだり、たまたま家に来ていた娘と孫の世話をしたり外出したりした。極めて平凡ではあるが幸せな(幸福感を伴う)一日であった。

 しかし、考えてみれば、いくつかの事件・異物がこころをよぎった。自分のどこかにある理想の領域(自己構造の領域)に何かが触れる。大げさに事件・異物と言ったらよいのか・・・。

 朝、勉強会の会場の準備をしていたが、その時緑が美しいので、外の回廊に続く扉を開けた。すると、きらきら光る羽のようなものが飛んできた。蜻蛉(トンボ)かなと瞬間思ったが、良く見ると蝶(アゲハ蝶の仲間)であった。

 蝶は、そそくさと、一直線に左から右に飛び去っていった。

 一昨日、いろいろお世話になったBさん亡くなったという連絡を受けた。家族で悲しんだり、もう一度お見舞いに行ければと後悔したりした。

 その蝶の飛び方が、Bさんの気配そのもののようで、Bさんの魂が来てくれたのかと思い、ハッとしたのだ。こころの奥底のBさんに関わる自己構造が、蝶に触れ、不思議な気分にしていただいたのかもしれない(心理学の理論は、ちょっと即物的で寂しいものだが)。

 昨日は、それ以外にも外出先や村上春樹の著作を読みながら、恐怖を味わったり、身に降りかかる事件を紋切形(マスコミ的メッセージ?)ではない形でいろいろ味わったりした。豊な味わいのある一日に感謝である。

 自分の理想、自己構造は、何か事件・異物が到来しないと、中々気がつかない。それに気が付き、自分の変化があったりする。そのまま過ぎ去ることも沢山あるが。

 事件・異物はサムシング・グレートからの貴重なプレゼントかもしれない。

<異物 1/8>

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