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縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

今の騒動と4400年前の騒動(縄文時代の楽しみ方 3/10 )

2020-04-03 | 第五章「和解と平和」

  先日、京王相模原線の多摩境駅周辺を散策した。いつもは近くのストーンサークル・田端遺跡が多いのだが、その近くの粘土採掘場の多摩ニュータウンNo.248遺跡と多摩境駅東側のNo.939遺跡である。

  写真は、土器につかう粘土の採掘地として縄文中期に栄えた場所で、斜面の上方尾根緑道(戦車道路)から撮ったものだ。写真の奥の建物の向こうには、田端遺跡や土器づくりの村・No.245があり、江ノ島に向かう境川が見えた筈だ。私は土を掘る真似をしているが、当時の道具は石器装着の道具ではなく、固い木の棒だと推定されている。ここでは良質の粘土が採れ、南の境川周辺の村々などに1000年くらいにわたって提供していたのだろう。因みに拙書「縄文小説 森と海と月 5000年前の愛と魂」ではNo.245が登場しサトやウタリなどが活躍する。

 こうした活況を呈していた関東から中部高原の縄文中期の世界(富士眉月弧文化圏)は、4300年くらい前に大きく変貌を遂げ、この地域に住む人は激減する。この変貌の原因は、気候の冷涼化とかいろいろ言われているが、ある研究者は、この時期あたりから住人の使用していた言語も変わってしまったのではないかと問いかけている。従来は今のアイヌ語に近い言語だったが、弥生時代のだいぶ前に日本語に近い言語を話すようになったのではないかとしている。言語が変わるというと、戦争などでの支配を想像する人が多いが、新しい言語を話す人がいっしょに伝染病を持ち込んで、先住民が壊滅的打撃を受け、言語も変るというシナリオなども考えられるのだ。弥生時代には結核が持ち込まれたというのは遺骨の研究から分かっているが、それ以前の中期末から後期にも何かがあっても不思議ではない。日本語はご存じの通り、沖縄・南西諸島から日本列島の北を除く大和の地で話されていた。一方最近の遺伝子研究からは列島の北と南により縄文人の遺伝子が保存されていることから、弥生時代に大陸から移民が来たことによる二重構造モデルがほぼ証明されている。

  
 多摩境の駅は谷の中にあるが、東側の谷の下に札次神社がある。なかなか趣のある神社であり、ひっそりとして桜が綺麗であった。私は縄文遺跡の側にある祠や神社に良く立ち寄る。相模の岡田遺跡の近くの寒川神社。この地域には大きな神社は無いが、蛭ケ岳(丹沢最高峰)に冬至の入り日が落ちるのを眺められる位置を考えると、府中の大国魂神社も関係があるかもしれない。

   

 札次神社から長い階段を登り、駅の東側の台地に上がると公園になっている。そこがNo. 939遺跡の場所でやや狭い中央広場を持った環状集落が縄文中期後半にあったようだ。その時代は多摩丘陵を中心として、連弧文土器や背面人体土偶といった独自の文化が見え隠れした時期だった。中央高地方面の曾利式土器、東関東から始まった加曽利E型土器、そして多摩独自の連弧文土器とその影響下の背面人体紋土偶もこの939遺跡からでてくる。

 今でも、八王子や町田は東京の郊外と簡単に言えない複雑な顔を見せている。横浜線が典型的だが神奈川県との密接な歴史的関係があるのだ。そして、山梨県・中央高地にも近く、人の行き来も馬鹿にできない。それは、縄文時代でも似ていて、この小宇宙のような村は、山梨の出先機関があったのではないかと思えるような土器や土偶が発見されている。もちろん千葉の加曽利貝塚の影響で命名された東関東を代表する加曽利E型の土器も沢山でてきていて、当時の複雑なアイデンティティのありようを物語っている。特に4400年前ころは多摩丘陵などを含む地域で連弧文土器といった独自のブランドもでてくるが、時代の流れの中で加曽利E型に収束していく。もちろん縄文時代は土器だけの文化ではなく木工文化や食文化などの隠れた部分も実は大きいと思うが、今と同じような時代のうねりの中でアイデンティティを模索し変化していく様子が垣間見られる。恐らく、変化の中で祖先達は主張しあったり、喧嘩をしたり、妥協をしたりして、生き抜いてきたのだろう。

 ところで、昨今の新型コロナウィルス問題。朝から晩までマスコミやSNSを通じてさまざまな情報が駆け巡っている。特に今回は世界中が同じ問題に向き合うということで、壮大な比較文化、比較宗教の研究対象のような側面もあるようだ。あることが起こっても、人により解釈が全く違う。深層心理学では「自分以外の他人は驚きの対象」というが、本当にそうなのだろう。生まれ育った文化の違いで人は全く違う解釈をするものだ。それが本当の姿だと思う。
 しかし、心優しい私を含めた多くの人は、自分の解釈が結構普遍的なものと思い込むことが多い。そして、相手に同意を求める。しかし、生育史によってさまざまなので微妙に違ったりするものである。それがストレスとなり、やがて自己肯定・他者否定のスタンスが拡大し刺々しさが増す。人と人との間を2m開けよ。マスクをせよ。布製マスクは粗いのでキッチンタオルを挟め.飛沫感染を防ぐという意味では同じかもしれないが文化により随分解釈が違うものである。海外の報道を見ていると多様な解釈の意味がよく分かる。生育史が異なるので当然なのだが。そして、いつの間にか感謝をする余裕を失い、非難しあったりする。あるいは、マスクをして2m開けよといった新しい解釈が何となく生まれて来たりする。
 U先生の生き甲斐の心理学で学んできて役立っていることの一つは、自己肯定・他者肯定の自然体のスタンスを思い出しなさいということがある。それは、自分のこころの歪みを是正し自由にしてくれる。自己肯定・他者肯定の自然体のスタンスを思い出す簡単な自問自答の一つは感謝を思い出すことかもしれない。マスク2枚でも何だこれだけかと解釈するか、2枚も頂いて有難いと解釈するか。感謝の方向にベクトルを持つと今まで見えなかったものが見えてくる。もちろん、現政権を擁護したり非難したりすることと別の次元としての話である。4400年前の939の村人はどうだったのだろうか。

縄文時代の楽しみ方 3/10 

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