と『思想を織る』とは武谷三男が対談相手に語った、ある種の自伝である。ところが朝日新聞社から出版された『思想を織る』を武谷三男の研究者でこれを引用しない人はいないのに、もう一方の『聞かれるままに』(思想の科学社)はその認知度が低いように思われる。
どうしてだろうか。「武谷三男著作目録」(素粒子論研究電子版)を編集してその第5版まで出している私には不思議でならない。私の「武谷三男の著作目録」のコピーを持ち歩いていた武谷思想の研究者、八巻俊憲さんは多分この著書をお忘れではあるまいが。
岡本拓司さんにしても、金山浩司さんにしても『聞かれるままに』は引用しておられない。この二人は『昭和後期の科学思想』(勁草書房)で武谷三男の思想を論じられた気鋭の科学思想史家である。
もっともその存在は引用しておられなくても知っておられるのではあろうが、引用する必要がなかったということでもあろうか。それにしても冒頭にあげたような恐れもまったくないわけではない。
伊藤康彦さんは『武谷三男の生物学思想』を著された方であるが、武谷の『原水爆実験』(岩波新書)を引用してはおられなかった。それを読めば武谷への見方が変わったかもしれないのに。