flow Trip -archive-

「漂い紀行 振り返り版」…私の過去の踏査ノートから… 言い伝えに秘められた歴史を訪ねて

斎場御嶽

2008-04-11 00:00:35 | かみのやしろ

(せーふぁうたき 君ガ嶽 主ガ嶽ノイビ 沖縄県南城市知念字久手堅 世界文化遺産 国指定史跡 県指定名勝)
 那覇から南城市知念半島に差し掛かった。
旧知念村のこの付近は、元来は海洋観光の地であり、イザイホーで知られる久高島を除き、信仰の場は直接の観光対象ではなかった。また、私もそう理解していた。然し、今回訪れると、観光一色となっており、入場料を徴収する観光施設の一つとなっていた。
 本土では、斎場は葬儀場のことであり、神道では儀式の場を意味するが、沖縄では「せーふぁ:最高位」を意味する。また、御嶽は、本土では「おんたけ、みたけ」と呼び、山岳信仰を意味するが、沖縄では「うたき:聖地」を意味する。つまり、最高位の聖地を意味するのである。
 御嶽の入口を御門口(うじょーぐち)といい、かつては男子禁制であった。また、斎場御嶽では、王族関係者以外は、御門口より奥に入ることができなかったという。そして、国王でも女装して御嶽入りしたのだという。
(御門口)
 石畳の坂を上ると、岩陰に最初の拝所(うがんじゅ)の大庫理(うふぐーい)がある。この場所は、聞得大君(きこえおおぎみ:最高位神女)の御新下り(おあらおり:就任の儀)の儀式が行われた場所であった。そして、その奥には昭和20年(1945)沖縄戦の着弾によってできた丸い池があり、更に奥、先程の大庫理の裏手に当たる場所には、寄満(ゆいんち=台所)と呼ばれる拝所がある。
(大庫理)
(着弾跡の丸池)
    (寄満)
 
 一旦戻り、海側の方に向かうと、三庫理(さんぐーい)と呼ばれる拝所がある。手前には二つの鍾乳石が下がり、「あまゆだる」と「しきよだゆる」といい、「あまがぬぴー:天からの霊水」をそれぞれ下に置かれた壺が受け止める。この水は、聞得大君の御水撫で(うびなでぃー)の儀式に使われ、また、壺に溜まる水の量で、その年の豊凶を占ったという。現在は陶器の壺が置かれているが、往時は「黄金の壺」が置かれていたという。
 (座敷檀)
(あまだゆる、しきよだゆる)
 壺の向こうには座敷檀があり、更にその向こうには、自然が造り上げた洞門があって、くぐり抜けると拝所となっている。右側は「ちょうのはな」といい、岩の壁を通して天を拝み、左側は、「あまみきよ:琉球開闢神」上陸地とされる、久高島の遥拝所となっている。また、この拝所に水が溜まらないよう、当時の排水設備が残されている。
   
(中央溝は、排水設備)

(遥拝所)(久高島)
 訪れたこのときも、住民の方々が拝所にて参拝をされていたが、その最中、本土観光客が何気に遥拝所の階段を上ったり、供物の置いてある台に上がったりと、果たして世界遺産とな何か、観光とは何かと考えさせられる場面があった。然し、それとは反対に、神々しくて洞門をくぐれない人もいるのだという。私がこの洞門をくぐったときは、それまで曇天であった空に、広い青空が現れた。然し、御嶽を後にする頃には、再び雲に覆われ始めていったのである。
 (ちょうのはな 礼拝) 

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コメント (2)
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