沖縄のことをけっして忘れているわけではありません。
レポートすべき順序を考えた結果、一時沖縄レポートを休み、最近のことをレポートすることにしました。
「いつでも行ける」と前売券を持っていながら悠長に構えていた「吉村作治の早大エジプト発掘40年展」ですが、気がついたら会期末が迫っていました。
というのも、津波のように押し寄せる(けっしてオーバーな表現じゃありません)観覧者の人の波に恐れをなし、なかなか足を運べないでいたのです。
一度などは美術館まで行きながら、その人の多さに引き返してしまったくらいだったのです。
札幌の春山ハイキングでほとんど疲れを感じなかったものですから、その日の夕方ようやく観覧に出向きました。
午後4時近くにもかかわらず、館内は人で混雑していました。
とてもゆっくり、静かに観賞するという雰囲気ではありません。
人の波がなかなか動かないのにしびれを切らし、私は人の背中越しに見て歩くことにしました。
PRの上手な吉村教授ですから(失礼な言い方をお許しください)それほど期待していたわけではなかったのですが、いい意味で期待を裏切ってくれました。
セヌウのミイラマスクや木棺、ファイナンス製の首飾り、あるいはライオン女神像など、見応えのある発掘品が数多く並べられ、吉村氏の業績の素晴らしさを十分に感じ取れる内容でした。
同時に、発掘に使用した機器の展示や、発掘の際のテントなどを模したところは、吉村教授のサービス精神が表れた点ではなかったのかと思いました。
毎日押し寄せた観覧者の数はこの一ヶ月強(34日間?)の間にどれくらいの数にのぼったのでしょうか?主催者からの発表が待たれます。
レポートすべき順序を考えた結果、一時沖縄レポートを休み、最近のことをレポートすることにしました。
「いつでも行ける」と前売券を持っていながら悠長に構えていた「吉村作治の早大エジプト発掘40年展」ですが、気がついたら会期末が迫っていました。
というのも、津波のように押し寄せる(けっしてオーバーな表現じゃありません)観覧者の人の波に恐れをなし、なかなか足を運べないでいたのです。
一度などは美術館まで行きながら、その人の多さに引き返してしまったくらいだったのです。
札幌の春山ハイキングでほとんど疲れを感じなかったものですから、その日の夕方ようやく観覧に出向きました。
午後4時近くにもかかわらず、館内は人で混雑していました。
とてもゆっくり、静かに観賞するという雰囲気ではありません。
人の波がなかなか動かないのにしびれを切らし、私は人の背中越しに見て歩くことにしました。
PRの上手な吉村教授ですから(失礼な言い方をお許しください)それほど期待していたわけではなかったのですが、いい意味で期待を裏切ってくれました。
セヌウのミイラマスクや木棺、ファイナンス製の首飾り、あるいはライオン女神像など、見応えのある発掘品が数多く並べられ、吉村氏の業績の素晴らしさを十分に感じ取れる内容でした。
同時に、発掘に使用した機器の展示や、発掘の際のテントなどを模したところは、吉村教授のサービス精神が表れた点ではなかったのかと思いました。
毎日押し寄せた観覧者の数はこの一ヶ月強(34日間?)の間にどれくらいの数にのぼったのでしょうか?主催者からの発表が待たれます。