楽譜に記された音符という共通言語は、地域を越え、時代を超え、繋がっていることを改めて認識させられた今夜のコンサートだった。世界各地から相集った若者たちが力強く、若々しい演奏を楽しませてくれた。
今夜(7月11日)、札幌コンサートホール(通称:キタラ)において、PMFオーケストラによる「バーンスタイン・レガシー・コンサート」が行われ、友人と一緒に鑑賞し、帰宅したところである。
演奏曲目は、
◇ベートーヴェン/ピアノ協奏曲 第1番 ハ長調 作品15
◇コープランド/市民のためのファンファーレ
◇ミヨー/屋根の上の牛 作品58
◇バーンスタイン/「ウェストサイド・ストーリー」からシンフォニック・ダンス
の4曲だった。
出演は、◇指揮/大山平一郎 ◇ピアノ/田村響 ◇演奏/PMFオーケストラ ◇MC/田中泰 という面々だった。
ベートーヴェンのピアノ協奏曲は、ピアノの田村響がメインだったのだが、私たちの席が格安のステージ背後の席だったこともあって、ピアノの音が伝わりにくい席だったこともあり、田村の実力を十分に堪能できなかったきらいがあった。ちょっと残念だが、しかたがない。
2曲目以降はPMFオーケストラがメインであり、彼らの良さを聴きとることができた。
2曲目「市民のためのファンファーレ」は、PMFオケの中の管楽器陣とパーカッションによる演奏だったが、若々しい勢いのある演奏が心地よかった。
3曲目の「屋根の上の牛」は、曲名そのものがなにやらわけの分からなさを表記しているが、音楽もまた既成のハーモニーを破壊するような音の重なりで、演奏する側もさぞかし大変だったのでは、と思わされる曲だった。
最後は、バーンスタイン作曲の曲である。曲は最初からあのミュージカルの決闘シーンをほうふつとさせる緊張感ある演奏から始まった。そして、夜明けを迎えるシーン、恋の語らいのシーン、等々…。バーンスタインの曲は、いわゆるクラシックとは一線を画す抑揚に富んだ曲が多いが、それを見事に演じ切ったという感じだった。
僅かな時間の音合わせで、よくぞここまで仕上げたもの、というのが私の正直な感想である。
その要因は、先のオープニング・コンサートのレポでも触れたが、PMFに集う若者たちのスキルがすでに相当なレベルにあるということが第一の要因だろう。若者たちはそれぞれの地にあるとき、すでに楽譜を渡されてかなりの練習を積んで集まってきているのだろう。
集まってからはそれぞれの音合わせで調整し、そして大山たちの指揮者によってさらに調整が図られて、今夜のステージだった思われる。
こうして世界各地から若者が集い、わずかな時間で一つの音楽を創り上げていくことが可能なのも、「音符」という優れた共通言語があるから可能なのだろう。
そして「音符」は、地域を繋ぐだけではなく、時代をも繋ぐツールであることを改めて認識させてくれた今夜のコンサートだった。
そのこととは別に、私は指揮者の大山平一郎氏について触れたい。
私は先のオープニング・コンサート、そして今夜のバーンスタイン・レガシー・コンサートで初めて大山平一郎氏の指揮に触れ、その魅力的な指揮のとりこになった感じである。
氏は当年69歳だそうだが、その指揮ぶりは非常に若々しく感じられた。若々しく、エネルギッシュな指揮は、どなたかのようなあざとさなど感じられず、オーケストラの音と一体となった指揮ぶりには爽快ささえ感じられた。私にとってはPMF2017の一つの収穫ともいえる大山氏の指揮だった。
今夜(7月11日)、札幌コンサートホール(通称:キタラ)において、PMFオーケストラによる「バーンスタイン・レガシー・コンサート」が行われ、友人と一緒に鑑賞し、帰宅したところである。
演奏曲目は、
◇ベートーヴェン/ピアノ協奏曲 第1番 ハ長調 作品15
◇コープランド/市民のためのファンファーレ
◇ミヨー/屋根の上の牛 作品58
◇バーンスタイン/「ウェストサイド・ストーリー」からシンフォニック・ダンス
の4曲だった。
出演は、◇指揮/大山平一郎 ◇ピアノ/田村響 ◇演奏/PMFオーケストラ ◇MC/田中泰 という面々だった。
ベートーヴェンのピアノ協奏曲は、ピアノの田村響がメインだったのだが、私たちの席が格安のステージ背後の席だったこともあって、ピアノの音が伝わりにくい席だったこともあり、田村の実力を十分に堪能できなかったきらいがあった。ちょっと残念だが、しかたがない。
2曲目以降はPMFオーケストラがメインであり、彼らの良さを聴きとることができた。
2曲目「市民のためのファンファーレ」は、PMFオケの中の管楽器陣とパーカッションによる演奏だったが、若々しい勢いのある演奏が心地よかった。
3曲目の「屋根の上の牛」は、曲名そのものがなにやらわけの分からなさを表記しているが、音楽もまた既成のハーモニーを破壊するような音の重なりで、演奏する側もさぞかし大変だったのでは、と思わされる曲だった。
最後は、バーンスタイン作曲の曲である。曲は最初からあのミュージカルの決闘シーンをほうふつとさせる緊張感ある演奏から始まった。そして、夜明けを迎えるシーン、恋の語らいのシーン、等々…。バーンスタインの曲は、いわゆるクラシックとは一線を画す抑揚に富んだ曲が多いが、それを見事に演じ切ったという感じだった。
僅かな時間の音合わせで、よくぞここまで仕上げたもの、というのが私の正直な感想である。
その要因は、先のオープニング・コンサートのレポでも触れたが、PMFに集う若者たちのスキルがすでに相当なレベルにあるということが第一の要因だろう。若者たちはそれぞれの地にあるとき、すでに楽譜を渡されてかなりの練習を積んで集まってきているのだろう。
集まってからはそれぞれの音合わせで調整し、そして大山たちの指揮者によってさらに調整が図られて、今夜のステージだった思われる。
こうして世界各地から若者が集い、わずかな時間で一つの音楽を創り上げていくことが可能なのも、「音符」という優れた共通言語があるから可能なのだろう。
そして「音符」は、地域を繋ぐだけではなく、時代をも繋ぐツールであることを改めて認識させてくれた今夜のコンサートだった。
そのこととは別に、私は指揮者の大山平一郎氏について触れたい。
私は先のオープニング・コンサート、そして今夜のバーンスタイン・レガシー・コンサートで初めて大山平一郎氏の指揮に触れ、その魅力的な指揮のとりこになった感じである。
氏は当年69歳だそうだが、その指揮ぶりは非常に若々しく感じられた。若々しく、エネルギッシュな指揮は、どなたかのようなあざとさなど感じられず、オーケストラの音と一体となった指揮ぶりには爽快ささえ感じられた。私にとってはPMF2017の一つの収穫ともいえる大山氏の指揮だった。