私にとっては縁遠い存在の歌舞伎の世界である。第一に浮世離れした物語の展開についていけない。さらには、次々と俳優の名跡が代替わりしていくのに付いていけない。などなど…、どうも馴染めない歌舞伎であるが、その歌舞伎を楽しむ勧めを聴いた。
8月8日(水)午後、「ほっかいどう学」かでる講座の8月講座が開講された。
今回のテーマは「歌舞伎を楽しむ ~歌舞伎と北海道~ 」と題して、能・歌舞伎サロンを主宰する大野洋子氏が講師を務められた。
大野氏はいわゆる歌舞伎ファンが高じて、歌舞伎について深く探求され、その成果を市内の喫茶店において定期的に歌舞伎について講じているという。
お話はご自身の歌舞伎愛好歴を語られた後、歌舞伎のあれこれについて語られた。
その概要を記すと、歌舞伎は日本を代表する演劇であり、総合芸能だとした。そして他の演劇にない特徴として「女形」、「花道」、「隈取」などの特徴があるとした。
そして歌舞伎の魅力を、目に楽しく(美男と美女・豪華の衣装・アッと驚く舞台転換)、耳に楽しく(音楽)、奇抜な設定や意外な展開にワクワク、ドキドキ! 役者に惚れてハマリ込む、とし庶民の娯楽であると語った。
その他についてもさまざま語られたが、話をお聴きしているうちになんだか歌舞伎についての参考書を聞かされているような思いになったのは私だけだろうか。
そうした中で、歌舞伎の家と屋号についての話になったのだが、この辺りになると私は話についていけなかった。歌舞伎の世界の特徴として、後継者が次々と先代の名を継承していくという風習がある。(落語などの世界にもあるが…)そうなると、私のような関心の薄いものにとっては誰が誰なのかまったく分からなくなってしまう。
そのことが歌舞伎を縁遠いものにしているようにも思う。
大野氏のお話で唯一興味深かったことは、北海道における素人歌舞伎(農村歌舞伎)の存在である。北海道(特に札幌周辺)において明治年代に本州から移住してきた開拓民によって新琴似や篠路において農村歌舞伎が盛んになった時期があったという話である。
私もその存在については以前から認識していて、新琴似においては「若松座」という専用に芝居小屋があったということ、篠路歌舞伎を起ち上げた花岡義信の顕彰碑を訪ねたことなどがあり、多少は身近な存在と感じられた。
二つの素人歌舞伎は現在、それぞれ地域の方々の手によって細々とではあるが復活継承されているという。いずれかの機会にぜひ鑑賞してみたいと思う。
また、本物の歌舞伎についても機会があれば一度本場において体験してみたいと思わせてくれたかでる講座だった。