長~い、長~い「中の川緑地」だった。「中の川緑地」は新川に合流する河口から上流に向かう堤防上を散策路として整備された約4キロにわたる長~く、細~く伸びる緑地だった。
※ 「中の川緑地」の一つの風景だが、川側は写真のように枡の中で樹を育成していた。
中の川緑地 126,001㎡(ドーム約2.5個分)
「中の川」は、私が緑道めぐりで訪れた「西野緑道」の山中に端を発し、札幌市の西区、手稲区を横切り、「新川」に合流する所謂「新川水系」に属する2級河川だそうだ。
※ 中の川(手前)が新川(向こう側)に合流するところです。
緑地は新川と合流する地点から、上流に約4キロほどの両岸が緑地として指定されているようだ。(正確な情報ではないが)
私は往路は左岸を、復路は右岸を歩こうと計画したが、JR鉄橋を越すところが左岸の場合大回りしなくてはならなかったため、一部を右岸に移って鉄橋や車道橋(「虎杖橋」と「追分橋」)の下を潜る通路を通ったために、往路が完全に左岸だけとはならなかった。
※ 「虎杖橋」、「JR鉄橋」、「追分橋」が三本並行で走っているところです。
※ その三本の橋の下を潜るために橋脚の下へ降りる階段です。
※ 三本の橋の下を一気に潜って通過するトンネルです。
私は新川との合流地点から上流に向けて「中の川」左岸のウォーキングを開始した。するととても目立ったのが、すれ違う人の多さだった。老若男女思い思いに散策、あるいはウォーキングに励んでいる人が多かった。周りが住宅地に囲まれている証拠の一つかもしれないが、緑地が住民によく利用されていることがうかがわれた。
※ 何人もの方に花の名を伺ったのですが、どの方も知らなかった。緑地で目立った。
そしてもう一つ目立ったのが「人道橋」の多さだった。私が歩いた約4キロの間に実に5つもの「人道橋」が架かっていた。もともと札幌市の市街地を縦断する「中の川」だから橋そのものは当然多くなる。数えてみると「車道橋」は8つ架かっていた。車道橋は当然人も渡ることができるので、両岸の人たちは合計13の橋で結ばれていることになる。この「人道橋」の多さは、緑地造成の際に両岸の人たちが一帯となることを願って造成されたのではないかと私は想像した。
ちなみに、記録として5つの「人道橋」の橋の名を記しておくことにする。①「ゆたか橋」、②「のぞみ公園橋」、③「望の橋」、④「日時計橋」、⑤「宮富橋」の5つである。ユニークだったのは「日時計橋」である。橋の中央に棒状のものが立ててあり、底面には時刻が刻まれていて時刻が分かるようになっていた。この日はやや薄日だったが、私が通過した午後3時ころには、確かに3時の方向を影が差していた。
※ 人道橋1号「ゆたか橋」です。
※ 「のぞみ公園橋」です。
※ 「望の橋」です。
※ 「日時計橋」です。
※ 「日時計橋」の中央に設えられた日時計です。影は3時を差している?
※ 「宮富橋」です。
驚いたのは先に示した「緑地マップ」には掲載されていない2つの「車道橋」が存在したことだった。一つは「共栄橋」のすぐ近くにあった「新発寒稲積橋」、そしてもう一つは「追分橋」、鉄道橋と平行して造られた「虎杖橋(いたどりばし)」である。「中の川緑地」の告知年が1995年だから、その後になって交通量の多くなり新たな橋が造成されたのだろうか?(調べたところ「新発寒稲積橋」は2015年に、「虎杖橋」は2010年竣工となっていた)
※ 「虎杖橋」と共に緑地告知年の1995年以降に建設された「新発寒稲積橋」です。
緑地の施設としては、堤防上であるから大きな造成物は特になく、東屋とベンチが適度に配置されているだけだった。
※ このような東屋が緑地の各所に立てられていました。
※ 普通のベンチのほかに、このようなも樹木枡を利用したベンチもありました。
※ 緑地内の散策路は全てではありませんが、こうしたレンガ色に舗装された通路でした。
最近、体力の衰えを自覚している私にとっては長い長い往復約8キロのウォーキングだった。(まだまだ長い「新川緑地」が待っているのだが…)
※ 国道5号線が通る「追分橋」の上はさすがに交通量が多いですね。
※ 折り返し点となった「上富丘橋」です。これより上流には散策路がありませんでした。