鮎と戯れて・・・魚族に感謝

東北地方を中心とした短い夏のあまり多くない鮎釣りの記録。家族に感謝して。近くの広瀬川の環境等にも拘るも、オフは時事問題も

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2013-01-23 22:06:37 | 思いつくまま

 がっかりさせてすみません。 特別教室の先生になった夢の続き、3回目は見られませんでした。 心のどこかに先生になりたかったという願望があったのかもしれません。 でも40年以上前になりますが、大学では教職単位は途中で、途中も途中でやめてしまいました。教育原理、教育心理の授業には出たのですが、あまりに面白くなくて止めてしまいました。もっと辛抱すればよかったのですが、時代がそれを許しませんでした。(格好いい表現?)

 

 今起きだしてちょっとだけ調子のいいと思わせられている間に書いています。

 きのうの夕方から悪化?したように感じ、今朝方 必死の思い で病院に行ってきました。背骨まわりに2か所注射をしてもらいました。 脊柱は複雑な構造をしているのですね。 軟骨自体は減ってもそれだけでは痛くはなく、第五仙骨の背中側の牙みたいな部分が、軟骨が減っているために上の仙骨にぶつかり、そのたびに激痛が走るという構造のようです。

 何か闘病記。病床記のような感じです。 病床123 とでも命名しますか?

 

 きょうは1月23日。 1 2 3 と続くのですね。 きのうは22日(当たり前です)でしたが、丁度一か月前は何がありましたか? そうです、仙フィルの特別演奏日、第九を歌った日です。もうあれから一か月経ちました。 というか、これはまだ一か月かという感じです。 もっと経っているように感じてしまいます。 折角 高音 も出るようになったのに、空白が半年も続くためにまた元に戻ってしまいます。 今年の 第九 はどうするか? どういう形で参加するか?

 そして今日が23日。 丁度一年前のきょう、大学時代の一年先輩(かれは現役、私は一浪でしたので、年齢は同じですが)が珍しい病気で亡くなった日です。 早い時の経過を感じます。 奥さんの方には供花の手配をして、きのうかきょうは塩釜の実家に行って線香をあげて来ようと思っていたのですが、腰痛のために無理となってしまいました。残念無念です。

 去年の1月26日が告別式でした。 前日のお通夜のときに奥さんから弔辞を頼まれ、深夜までかかって初めて弔辞を書きました。 長い弔辞となってしまいましたが、故人に対する思いが籠った弔辞だったのではないかと自分では思っています。  合掌


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