鮎と戯れて・・・魚族に感謝

東北地方を中心とした短い夏のあまり多くない鮎釣りの記録。家族に感謝して。近くの広瀬川の環境等にも拘るも、オフは時事問題も

2月もおしまいです

2015-02-28 16:38:54 | お知らせ

 今2月28日土曜日午後4時40分です。 ですが、きょうの天気はどうだったかなと、総括しようとしてもはっきりとすぐに時系列に思い出せないのが現実です。

              (午前10時10分頃)

  

                        

  

 河原に散歩に行って写真を撮った時は明るく青い空、白い雲、少し風が強かったかなあ、午後は風はなくなったようだし、空は明るかった、とまとめていいのかなと・・・。

                            

 そうそう親子で凧揚げをやっていました。 風邪は強かった。 だから凧は揚がるものの、非常に不安定な状態で、上空回転したり、急降下したり、これではなかなか子どもが操作するのは難しいです・

  

 実際にやっていたのはお父さんで、子どもは小さなバケツやショベルを持って堤防に上ろうとしていました。5歳前後の男の子で、子どもの力では持ちこたえられないくらいの風圧、風の力と見ました。

 この凧が日本の凧だったらもっといいのですがね。

            

 

 きょうは鳥類(カモやサギ)は見当たりませんでした。 その代り?凧が揚がっていました。

        

 

 きのうきょうと作業する人は来ていないようです。 仮設の事務所での仕事のようで、出勤している人も一人か二人くらいの感じですね。

 風があって川面は波立っているので、川面にはビル群の投影はありません。

         

 ごごから近くの市民センターでの講座に参加してきました。 それぞれ独立している3回の連続講座で、1回目は22日に行われましたが別の用件で参加できませんでした。

   『よく生きるということ ~震災から4年が経過して~ 』

               

 きょうは2回目で、講座の演題は『死に向き合う方のそばに臨んで ~震災と病、そこにある生死~ 』 講師は、曹洞宗の副住職でありながら臨床宗教師でもある若いお坊さんでした。 (3回目は『生きているうちに往く極楽 ~迷いにある生者と死者のことを大震災の現場から考える~ 』)

 まもなく東日本大震災から丸4年が経過します。 ややもすれば地震や津波の被害は忘れ去られようとしています。2万人近い方がなくなったというのでも風化が進んでいるのが現状です。 

 フクシマの原発被害でさえ取り扱いが小さくなり(今は汚染水の漏れでまた騒いでいますが、東電の危機管理意識は下がる一方であることをはからずも露呈しています。)、鹿児島の川内原発はまもなく再稼働されるようです。

 これは責められませんともいえます。被災県民でもある我々でさえもややもすると現実生活に追われて忘れかねません。 そういう時期ですから、今回の柏木市民センターでの主催講座は時宜にかなったものと思います。

 話の趣旨は、””震災と在宅緩和ケアの現場を中心として、そこに関わった私が、宗教者として変化していったこと””ということだったので興味を持って聞いた次第です。

 そうそう「臨床宗教師」ということばを聞いたことがありましたか? 恥ずかしながら私は初めて聞きました。 「傾聴」と少し似ているようですが、あくまでも僧侶(仏教に限りません)であるという点が特徴でしょうか。

 臨床宗教師の特徴は、「主として所属教団の信徒以外を対象として」 「宗教協力を前提として」 「布教伝道を目的とせずに」 「公共空間において」 「公的機関と連携しながら」 「スピリチュアルケアと宗教的ケアを提供する」 「宗教者」 ということです。

 きちんとまとめてみなさまにお知らせできないのが心苦しいのですが、「人の生死に触れてきた」講師はこういいました。「その人がその人の人生を生きてその人の死を持つ。」 「人間いいことをしても悪いことをしても死ぬ時は死ぬ。どんな死に方をするか分からない。」 「必死に生きるって難しい。必死に生きても(津波は)連れ去ってしまう。」 「言葉では伝えられない。」

 その上で、よく生きるとは、「日日是好日」に尽きる。 ””いいとか悪いとかの感情を超えたものが「好日」。そのまま受け止めるしかない。何があっても、何が起きても今生きている命を精一杯生きる。””

 心に寄り添う、手を合わせるということは強調していましたね。 消化不良の内容となって申し訳ないです。


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