中根氏といえば平清盛の伯父・忠正を祖とする戸沢・中根・服部氏があり、後年徳川家光の側衆を勤めた正盛が著名である。その家紋は「抱き茗荷」だとされる。
細川家家臣中根氏の家紋も「抱き茗荷」である。一族であることは間違いないところであろう。
初代市左衛門(御鉄炮頭衆 千石)以来、御番頭を輩出する家柄で、明治に至たった。
三代次兵衛・正春(御物奉行-小兵衛組・千石 御侍帳・元禄五年比カ)の室が、奥田権左衛門(初代)女・きちであるため「転切支丹奥田権左衛門・系図」に中根氏も名を連ねている。
又、分家・市十郎家(500石)があり、その資料「中根家文書」が熊本市立図書館に収蔵されている。
細川家家臣中根氏の家紋も「抱き茗荷」である。一族であることは間違いないところであろう。
初代市左衛門(御鉄炮頭衆 千石)以来、御番頭を輩出する家柄で、明治に至たった。
三代次兵衛・正春(御物奉行-小兵衛組・千石 御侍帳・元禄五年比カ)の室が、奥田権左衛門(初代)女・きちであるため「転切支丹奥田権左衛門・系図」に中根氏も名を連ねている。
又、分家・市十郎家(500石)があり、その資料「中根家文書」が熊本市立図書館に収蔵されている。