武徳安民記ニ、神君ハ辰上刻に及て赤坂を御進発あり、路次ニ窪嶋孫兵衛馳来て、秀秋の籏色いまた敵とも味方とも知レさる由演説す、神君彼圧
へ勢藤堂・京極か手より迎鉄炮を放つへきよし命せらると云々中略
神君ハ毛井辺ニ押来らせ給ふ処ニ、路次ニ御先手の諸将より段々首級を捧上覧に入る、就中藤堂新七良勝彼手の一番首を得て、高虎か従士高橋
金右衛門ニ持せ献する処ニ甚是を感せられ、夫より毛井の灰配と云山原迄御出張、是より御先隊まて十五町有、時に鉄炮頭渡辺半蔵守綱諌て曰、
此陳地早くして諸隊の働見へす、丘に移され可ならん、神君此旨ニ従はせ給ひ御本陳高きに遷されてより、味方の動静剛臆顕然たり、御馬廻は野上
関原の間ニ魚鱗鶴翼に備を設く、御籏は関原町の端まて十二町進め、西江孫太郎忠貞是を立る、此時逆徒敗績に及ひし故御籏を又九町進め、石
川長門守康通堂々として屯を設く、賊徒既に敗北すといへとも御譜代の諸将等列座を乱すへからす、且諸手之士卒長追すへからさるよし下知すへき
旨釣命有しかは、御使番の輩ハ五文字の差物をさし、四方へ馳巡り是を伝ふと云々
家忠日記云、既に大軍始、御味方の魁将福島正則西に向て敵に馳合、羽柴忠興・加藤嘉明・黒田長政等兵を発し、敵味方混雑して相戦 下略、同
書、大神君野上と関ヶ原の間ニ御陳を備らると有、
明徳民記曰、辰の上刻赤坂を御立有て、御先江籏七本一幅懸壱丈六尺麾壱丈、御家の御旗白地ニ葵御紋三ツ付らる、当度会津御首途の時より
是を止られ白旗を用ひ給ふといえり
関原軍記大成、内府公岡山御出馬之内
家康公ハ九月十五日の寅の刻に岡山を御出馬有て、野上村の西海道の南桃配 岡山より弐里半 といふ所に御馬を立られ、七本骨の扇の御まとゐ
御側にあり、朝霧立こめて細雨しきりに降けるか、しはらく有て天晴しかは又御馬をすゝめ給ひ、関ヶ原の町口を東より西の方へ十二町挽出して御陳
をすへらる、此時服部半蔵守綱地形の利害を説て、御本陳を移かへらるへしと申により、又三町御馬を進めらる、御旗本の先手酒井左衛門尉家次、
十二本の御旗は御本陳より九町はかり御先手ニ進み、諸将は定られしことく左右にわかれて兵をすゝむ 下略
関原軍記大成、秀家・正則合戦之内
かゝりけれは敵味方備を立よせて鉄炮迫合初りけるか、内府公の御旗本ニ貝の音聞へしかは、関東勢一同に関をつくつて馳かゝる、中にも下野守
殿ハ羽柴義弘の手江馳向ひしか、義弘の軍士松浦三郎兵衛をかけよせて、一太刀切給ひけるに、三郎兵衛受なかして忠吉の左の臂手のはつれを
きる、忠吉朝臣事ともせす馬上より組て落給ひしを、忠吉朝臣の家人加藤孫太郎松浦を引ふせて其首をとる、下野守殿立あかり給ひ又敵兵と太刀
打せらる、近臣四人・中間壱人なれは甚危く見へ給ひけるに、井伊兵部少輔手の者を下知して突かゝる、木俣右京・鈴木平兵衛 後号石見 属兵を励し
て力戦す、木俣か手におひて尾畑勘兵衛母羅武者を突伏て首をとる、脇五右衛門・岡本半助傍輩にこへて能働く、向山外記をはしめ撃死する者若
干なり、此時松倉豊後守も井伊直政か手につきて自身の高名あり、忠吉朝臣此時馬にはなれ給ひしを、直政か家人江坂何某馳つきて馬を奉る、本
多中務大輔二男内記も嶋津・小西と戦ひけるか、内記自身太刀打して敵二人馬上より切て落す、其家人吉原新助・長野四郎・青山三四郎等首をと
る、山内主水・永田覚左衛門・加藤忠左衛門粉骨の働あり、忠勝ハ秀忠公より給りたる三国驢馬とて九寸ある馬に乗けるか、其馬深手を負けれは
其家人梶金平おのれか馬に忠勝をのせたり、又桑山左衛門佐も本多忠勝か手につきて自身の高名あり、是より先に石川伊豆守貞政石田か物見服
部新左衛門か首をとる、彼服部新左衛門ハ関東の御家人服部仲か従弟也、すなはち家康公実検ありて是を今日一番首に定めらる、福島正則の兵
士渡辺彦助 後号弥兵衛 、石川豆州より先ニ首を撃取けれとも、主人正則の実検に備へける其間に、石川豆州高名して御旗本へ参りしゆへに、渡辺
彦助か高名は一番首にならすとかや、先陳羽柴正則以下の関東勢ハ道筋を西向に秀家の手へ打てかゝる、備前中納言ハ弐万余人を五段ニ立かゝ
り来る敵を待たれしか、太鞁の丸の旗をさしかさし、先一万弐千人鬨をつくつておとしかくる、関東勢相かゝりに馳あわせ一足もひかしと相戦ふ、正則
の家人仙石但馬一番ニ首をとる、此外正則の強兵我劣らしと戦ひけれ共、備前勢ニかけ立られて四五町はかり引退く、星野又八返し合せ薙刀にて
敵二三ひとかけ倒し、其場におゐて撃死す、其外正則の家人死をいたすもの二三十人に及へり、此時秀家郎従に高名する者許多なり、正則は銀の
芭蕉の揚葉付たる忍旗を打立、二陳にひかへられしか、先手崩れけるを甚怒つて馬を乗廻し、今日の先手にありなから臆病をあらわす者ともかな、
かへせ/\と下知せらる、福島丹波・尾関石見・長尾隼人等属兵を励して秀家の先手を追かへす、此時秀家の太鼓の丸の旗と正則の山道の旗進
退事、二三度におよひたりとかや下略