津々堂のたわごと日録

爺様のたわごとは果たして世の中で通用するのか?

■三斎の書簡を読む

2021-09-26 08:37:42 | 史料

 最近ある方がヤフオクで三斎の書簡を手に入れれられた。大変高額の「極」がついた正真正銘の三斎公の書簡である。
     「極付」これぞ三斎公筆
それを読んでほしいとの申し出を受けた。少々時間を頂戴して何とかチャレンジしてみたいと思っている。
三斎の筆跡は自由奔放なところがあり中々読みずらい。
私は、M家所蔵文書のコピーや、展覧会の図録・ヤフーオークションの古文書等をコピーして収集しているが、すべてが網羅できるわけではないから、まさに手探り状態である。
それでも上記書簡をできる限りを読んだ後、コレクションともいうべき三斎忠興の書簡のコピーを改めて眺めていると、そこに二三のヒントを見出し、読解の手助けをしてくれる。
それに加えて文章の流れや、その時代独特の熟語や省略可されている人名の知識なども必要になってくる。
 
    原文           元和四年の茶会の道具附に於ける「信及」の文字
                                                                                            図録「細川家の至宝‐珠玉の永青文庫コレクション」p164

上記の原文を見た当初、悪戦苦闘し挙句「言上請一木□」と読んで、全く意味が通じずしばらく置いたが、「上請」が「」であることが資料で判明(上記写真・右)、そこで一気に「言(云)庵・一木工」であることが判った。
「言(云)庵」は槙島昭光のことである。我が家の先祖附には「雲庵」と書かれいるから「うんあん」と読むのであろうか。
「庵」の字については「崩し字用例辞典」をみてもこのような崩しは紹介されていないから、三斎独特のものなのだろう。
これが判明したら、下の三文字は一気に読めたのだが、これは「言庵」の弟・一色杢之助のことだと判る。
一色の「色」を省略、杢を「木工」としている。言庵・杢之助兄弟は三斎に近侍した。

古文書を読むのは謎解きの世界だ。たった五文字を読むのに一日を過ごしてしまったが、悪戦苦闘もまた楽しではある。

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有吉家文書解説「年中行事抜粋」(四十七・了)四日政府出初、同日時習館出初、東榭御入之事

2021-09-26 07:32:56 | 有吉家文書

○ 四日政府出初

一、麻上下着四時出仕之事 但上張有無勝手次第
  麻裃を着け四つ時(10時)出仕の事 但上張りの有無は勝手次第
一、御熨斗坊主持出候間座順之通頂戴仕候事
        御奉行
        御目附
        御郡御目附
        御勘定頭
  右之通一切ニて詰間江罷出候事
     右之外御勘定所御目附御郡代根役等有之候節ハ本行一同ニ罷出候事
  御熨斗は坊主が持出すので、座順の通り頂戴する事
        御奉行・御目附・御郡御目附・御勘定頭
  右の通り一切にて詰間へ罷り出る事
     右の外、御勘定所御目附・御郡代根役等之ある節は本行一同に罷り出る事
一、正福寺定例御祈祷之神酒供物等出候間坐順之通頂戴欠席之人江者供物等少完包分出席之坊主より差出候事
     但追々御祈祷之品々出候節右之通ニ候事
  付紙
     文化十三年正月四日神酒供物出不申候付寺社方江承候処戌年より御省略中ハ御礼計出候由

  正福寺定例御祈祷の神酒・供物等出されるので、坐順の通り頂戴し欠席の人へは供物等少し完包分出席の坊主より差出す事
     但追々御祈祷の品々出される節は右の通り事
  付紙
     文化十三年正月四日神酒・供物出申さずに付、寺社方へ承れば戌年より御省略中は御礼計り出る由
一、五日頃まてハ御用番茂見計早引不苦加番も十五日まてハ早引勝手次第之事
  五日頃まては御用番も見計い早引苦しからず、加番も十五日まては早引勝手次第の事


 ○ 同日時習館出初

一、五半時揃ニ而麻上下着同刻例之通出席前別黙之事
  五つ半時(9時)揃にて麻裃を着し、同刻例の通り出席前別黙の事
一、詰間江者助教学校御目附罷出候
  詰間へは助教・学校御目附罷出る
一、講堂江師役繰付ニ相成候上学校御目附より案内有之御使番不罷出出席堂中東側北より二間半五畳目ニ座着不相替目出
  度段
会尺いたし直ニ詰間江退去之事
  講堂へ師役繰付に成れば、学校御目附より案内有り、御使番罷出づ出席堂中東側北より二間半五畳目に座着、相替らず目出度段会釈いたし直に
    詰間へ
退去の事
一、助教以下ハ堂中北頭ニ西側より南側ニ折廻しニ座着之事
     但今日之師役は助教初算学師等館中之師役待てニ而武芸藝之師役不罷出候事
  助教以下は堂中北頭に西側より南側に折廻しに座着の事
     但今日の師役は助教初め算学師等館中の師役待てにて武芸藝の師役は罷出ずの事
一、右相済又学校御目附詰間江罷出候間一ト通致会尺候退去之事右之通相済政府江出仕候事
  右相済み又学校御目附詰間へ罷出る間、一ト通り会釈いたして退去の事、右の通り相済み政府へ出仕の事


 ○ 東榭
  御入之事

一、講堂講尺相済直ニ御供廻被仰出候左候得者御供申上候前見計尊明閣之上まて罷出居御供申上ニ相成候之節御敷出ニ下
  落椽江出御敷出東
之方ニ罷出候大御目附ハ同席之横南之方ニ差出ニ相成候事
  講堂講尺相済め直に御供廻り仰出される、左あれば御供申上げる前を見計らい尊明閣の上まて罷り出居り御供申上に成りたる節、御敷出に下
  落椽へ出、御敷出東の方に罷り出て大御目附は同席(家老)の横南の方に差出し成る事

一、夫より東榭弓之榭入る口より被為入右之所茂落椽ニて御敷出出来ニ相成居候事
     但同席ハ御跡より直ニ御供申上刀ハ坊主ニ申付置候得ハ坊主尊明閣下まて持参候間直ニ御敷出横脇ニより見計
     直ニ刀を差坊主一人草履取
一人召連候事

  夫より東榭弓の榭入る口より入りなされ、右の所も落椽にて御敷出出来に成り居る事
     但同席は御跡より直に御供申し上げ、刀は坊主に申付け置けば、坊主尊明閣下まて持参するので直に御敷出横脇により見計い、直に刀を差
     し坊主一人草履取一人を召連る事

一、御居間者弓之榭場之下り口之脇ニ御屏風運ニ而出来ニ相成居候事
  御居間は弓之榭場之下り口の脇に御屏風運びて出来に成り居る事
一、同席之休憩所ハ見分之節休息所出来ニ相成居候所より少東ニより出来ニ相成居候事
     但坊主ハ跡より付参居煙草盆差出候事
  同席(家老)の休憩所は見分の節休息所出来に成り居る所より少し東により出来に成り居る事
     但坊主は跡より付参り居り、煙草盆差出の事
一、御覧所ハ東榭中程より少南ニ寄小御屏風ニ而出来ニ同席之致坐着居候所ハ北之方江二枚屏風立居其脇ニ坐着いたし候
  事
  御覧所は東榭中程より少南に寄り小御屏風にて出来に、同席(家老)の坐着いたし居る所は北の方へ二枚屏風立ち居り其脇に坐着いたす事
一、上江者名付差上ニ相成候事
     但同席者無之候事
  上(殿様)へは名付差上げに相成る事
     但同席(家老)は之なき事
一、御立前江為入候上一度被召出候其節ハ御用人より案内有之候事
  御立(帰館)前へお入なされたる上、一度召出さる、其節は御用人より案内有る事
一、御立之筋見計御敷出南之方に罷出候尤至而之狭所ニ付壁ニ引付罷出候見計御辞儀申上候事
  御立の筋を見計い御敷出南の方に罷り出る、尤至って狭い所に付壁に引付罷り出て見計い御辞儀申上る事
一、御立跡より直ニ供は坊主申付引取候事
  御立跡より直に供は坊主に申付け引取る事
一、御跡より直ニ出勤奉窺御機嫌候併刻限次第ニ直ニ引取候事
  御跡より直に出勤、御機嫌伺い奉り併て刻限次第に直に引取る事

 

  ・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・今回を以て有吉家文書解説「年中行事抜粋」は終了いたしました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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