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未知を読む、未知に気づく

2008年08月07日 | 読書
 学校がすることのうちでもっとも重要な一つは、この未知を読む能力を育てることだ
 『読みの整理学』(外山滋比古著 ちくま文庫)

 この本によると未知を読む「ベーター読み」の力。それを育てることが学校の使命の一つとなる。
 では、その実現のために何が必要と言えるだろう。

 一つは、語いを増やしていくこと。ある程度のことばの知識がなければ、「未知」そのものも理解できないのは当然のことだ。
 次は、読みの技能を育てること。例えば文学作品であれ説明的文章であれ、読みとるために着目すべきポイントが必ずある。そのいくつかをしっかり身につけさせなければならない。
 そして、読むという意欲を持ち続けられる習慣も大切なことだ。これは単に読書習慣だけでなく、向上心といったとらえ方なのかもしれない。
 これらを発達段階や個別の実態にそってレベル調整していくことが、読みの指導だと思う。

…こう書いてみるときわめて平凡なことであり、そんな「読み」しかできなかったのかなと自分で思ってしまう。

 現実的には既知と未知というように明確な区分はできず、既知にも未知の部分があると筆者は書いている。
 そうすれば、未知を読むことは既知を目指すことでなく、既知と未知を区分し身を処するということなのかもしれない、などという考えが浮かぶ。

 未知の部分をどこまでも深く掘り下げる人もいれば、ほっといて次なる未知の地平に向かおうとする人もいるだろう。また戻ってくることも考えられる。
 そんなふうに未知に向う気持ちこそ大切なのではないか…、既知を読む楽しさに浸かって甘い読みを続けている大人たちよ、自分よ。
 もう既知に潜む未知にも気づかなくなっているのではないか。