現在の大量平行シークエンシングはPyrophosphate法を使った454/Rochegが先陣を切り、ついで、Solexa/Illumina、ABIの合計三社が機器とサービスを提供していますが、更に第三世代のシークエンシング法といえるsingle molecule sequencingが、既に商業化されていることを知りました。2008-6-20のエントリーで紹介しましたように、一分子シークエンシングは現行の平行シークエンス法と違って、PCRを使わないので、長いシークエンスが読める可能性という利点があり、「ヒトゲノムシークエンスを$1000で行う」という目標に向けて、必須の技術となるであろうと考えられます。
現時点では、 マサチューセッツ州ケンブリッジの会社、Helicos (http://www.helicosbio.com/) が最初の単一分子シークエンシングを商業化したようです。そのテクノロジーについては、今年のScience四月号での論文で紹介されており、その号の表紙も飾っています (Science. Vol. 320, no. 5872, pp. 106-109. 2008)。残念ながら、私の理解した範囲ですと、この第一世代の一分子シークエンス法では、それほど長いリードは読めないようで、現在の平行シークエンス法と性能的には大差はないのではないかという印象です。現在、Genome-wide association study (GWAS) のサービスを提供している会社、Expression Analysis社が、Helicos True Single Molecule Sequencing (tSMS)を使った遺伝学のプロジェクトをサポートするグラントの応募を募っています(http://www.expressionanalysis.com/grant/)。この技術は基本的にはPCRを使わない点だけが、従来法との違いのような感じで、肝腎のリードの長さに関しては、余り進歩がないように思います。またあと数種類違った原理を使う一分子シークエンス法が開発中なので、将来的にこのHelicosの技術が生き残れるかどうかは分かりませんが、今後の発展が楽しみです。Helicos自身も現在の技術を第一世代の一分子シーエンス法と言っていますから、この発展系を今後リリースする予定はあるのでしょう。マクサムギルバート法を前世代、サンガー法を第一世代、PCRを使った平行シークエンス法を第二世代、一分子シークエンスを第三世代のシークンス法と呼ぶとするならば、このHelicos tSMSは第三世代シークエンシングの第一世代ということになります。一分子シークエンシング技術の開発に関しては、日本では岡崎統合バイオセンターの永山博士が、電子顕微鏡を使って、一秒間に数万塩基を読み、一年にテラベースをシークエンスするためのシークエンシング法の開発を目指し、その名もズバリ、テラベース社というベンチャーを数年前に立ち上げています。あいにく、現在の所、こちらは実用に至る道はかなり険しいそうです。いずれにせよ、こうした技術に支えられた遺伝子の大量データ生産は加速する一方ですが、この大量のデータは人間の頭ではそのまま理解することはできません。大量の塩基データを人間が解釈できるような形に加工、抽出していくことは、実はそう簡単なことではありません。解釈できないデータは役に立ちません。シークエンシング法のハードの進歩は、必然的にソフトの進歩を引き起こすであろうとは思いますが、実はこのソフトの進歩の方が律速段階になるのではと、私は思っています。
これだけ莫大なコストと労力をかけて開発する新しいシークエンサーですが、新しいものが必ずしも古いものよりよいとは限らないし、よいものが必ずしも市場を制覇するとは言えないというあたりがビジネスの難しさですね。ついさっき、 「内田樹の研究室 http://blog.tatsuru.com/」で知った話。
QWERT配列というのをご存じだろうか。
みなさんのコンピュータのキーボードの配列のことである。
この文字配列は「打ちやすい」ように並べられているわけではない。「打ちにくい」ように配列されているのである。
初期のタイプライターではタイピストが熟練してくるとキータッチが早くなりすぎて、アームが絡まってしまうということが頻発した。それを防ぐためにキータッチを遅らせるキー配列が工夫されたのである。
最初はごく一部のタイプライターにしか採用されなかったが、大手のレミントンがこの配列を導入したことで、一気にスタンダードになった。
そして、私たちは今やキーをどれほど早く打ってもアームが絡まる気遣いがないメカニズムにシフトしたにもかかわらず、「打ちにくい」配列をそのまま踏襲しているのである。
機能的にすぐれたものが生き残るとは限らないという自然選択説に反するような話ですが、一分子シークエンス法に関しては、リードの短いヘリコスの方式では勝ち残れないでしょう。Roche、Illumina、ABIという大企業が手がけているシークエンサーが十分利益をあげて市場を飽和させるまではヘリコス方式は、いくら、PCRを使わないので正確性が上がるとか、リードの数が多いとかいうマイナーな長所があったとしても、それが大企業が売っている現行のシークエンサーと比べて、劇的によいわけではないですから、メジャーにはなれず、HD DVDやβ式のビデオテーブのような運命になってしまうのではないでしょうか。もしも、リードの長さが数キロ塩基というレベルになったら、その劇的な性能の向上によって、一分子法は、すぐに現行のparallel sequencerを駆追してしまうとは思います。
とここまで書いた所で、実は、Pacific Bioscencesというカリフォルニアの会社が一分子法で1キロ塩基以上読めるシステム(Single Molecule Real Time; SMRT)を開発、3-4年後を目処に販売開始を予定しているという話を知りました。この技術のもとになっているナノの世界の特性を最大限に生かしたアイデアは、普通の化学者ではちょっと思いつかないのではないでしょうか。詳しくは、 http://www.pacificbiosciences.com/index.php?q=observation-window でどうぞ。
これが実現すれば、「ヒトゲノム解読$1,000」の目標にぐっと近づきそうです。
現時点では、 マサチューセッツ州ケンブリッジの会社、Helicos (http://www.helicosbio.com/) が最初の単一分子シークエンシングを商業化したようです。そのテクノロジーについては、今年のScience四月号での論文で紹介されており、その号の表紙も飾っています (Science. Vol. 320, no. 5872, pp. 106-109. 2008)。残念ながら、私の理解した範囲ですと、この第一世代の一分子シークエンス法では、それほど長いリードは読めないようで、現在の平行シークエンス法と性能的には大差はないのではないかという印象です。現在、Genome-wide association study (GWAS) のサービスを提供している会社、Expression Analysis社が、Helicos True Single Molecule Sequencing (tSMS)を使った遺伝学のプロジェクトをサポートするグラントの応募を募っています(http://www.expressionanalysis.com/grant/)。この技術は基本的にはPCRを使わない点だけが、従来法との違いのような感じで、肝腎のリードの長さに関しては、余り進歩がないように思います。またあと数種類違った原理を使う一分子シークエンス法が開発中なので、将来的にこのHelicosの技術が生き残れるかどうかは分かりませんが、今後の発展が楽しみです。Helicos自身も現在の技術を第一世代の一分子シーエンス法と言っていますから、この発展系を今後リリースする予定はあるのでしょう。マクサムギルバート法を前世代、サンガー法を第一世代、PCRを使った平行シークエンス法を第二世代、一分子シークエンスを第三世代のシークンス法と呼ぶとするならば、このHelicos tSMSは第三世代シークエンシングの第一世代ということになります。一分子シークエンシング技術の開発に関しては、日本では岡崎統合バイオセンターの永山博士が、電子顕微鏡を使って、一秒間に数万塩基を読み、一年にテラベースをシークエンスするためのシークエンシング法の開発を目指し、その名もズバリ、テラベース社というベンチャーを数年前に立ち上げています。あいにく、現在の所、こちらは実用に至る道はかなり険しいそうです。いずれにせよ、こうした技術に支えられた遺伝子の大量データ生産は加速する一方ですが、この大量のデータは人間の頭ではそのまま理解することはできません。大量の塩基データを人間が解釈できるような形に加工、抽出していくことは、実はそう簡単なことではありません。解釈できないデータは役に立ちません。シークエンシング法のハードの進歩は、必然的にソフトの進歩を引き起こすであろうとは思いますが、実はこのソフトの進歩の方が律速段階になるのではと、私は思っています。
これだけ莫大なコストと労力をかけて開発する新しいシークエンサーですが、新しいものが必ずしも古いものよりよいとは限らないし、よいものが必ずしも市場を制覇するとは言えないというあたりがビジネスの難しさですね。ついさっき、 「内田樹の研究室 http://blog.tatsuru.com/」で知った話。
QWERT配列というのをご存じだろうか。
みなさんのコンピュータのキーボードの配列のことである。
この文字配列は「打ちやすい」ように並べられているわけではない。「打ちにくい」ように配列されているのである。
初期のタイプライターではタイピストが熟練してくるとキータッチが早くなりすぎて、アームが絡まってしまうということが頻発した。それを防ぐためにキータッチを遅らせるキー配列が工夫されたのである。
最初はごく一部のタイプライターにしか採用されなかったが、大手のレミントンがこの配列を導入したことで、一気にスタンダードになった。
そして、私たちは今やキーをどれほど早く打ってもアームが絡まる気遣いがないメカニズムにシフトしたにもかかわらず、「打ちにくい」配列をそのまま踏襲しているのである。
機能的にすぐれたものが生き残るとは限らないという自然選択説に反するような話ですが、一分子シークエンス法に関しては、リードの短いヘリコスの方式では勝ち残れないでしょう。Roche、Illumina、ABIという大企業が手がけているシークエンサーが十分利益をあげて市場を飽和させるまではヘリコス方式は、いくら、PCRを使わないので正確性が上がるとか、リードの数が多いとかいうマイナーな長所があったとしても、それが大企業が売っている現行のシークエンサーと比べて、劇的によいわけではないですから、メジャーにはなれず、HD DVDやβ式のビデオテーブのような運命になってしまうのではないでしょうか。もしも、リードの長さが数キロ塩基というレベルになったら、その劇的な性能の向上によって、一分子法は、すぐに現行のparallel sequencerを駆追してしまうとは思います。
とここまで書いた所で、実は、Pacific Bioscencesというカリフォルニアの会社が一分子法で1キロ塩基以上読めるシステム(Single Molecule Real Time; SMRT)を開発、3-4年後を目処に販売開始を予定しているという話を知りました。この技術のもとになっているナノの世界の特性を最大限に生かしたアイデアは、普通の化学者ではちょっと思いつかないのではないでしょうか。詳しくは、 http://www.pacificbiosciences.com/index.php?q=observation-window でどうぞ。
これが実現すれば、「ヒトゲノム解読$1,000」の目標にぐっと近づきそうです。