前回、キーボードのキー配列について「へーえ」と感心した話を「内田樹の研究室」から拾って紹介したのですが、キー配列研究の専門家の方からのobjectionがありましたので、それをさらに転載させていただきます。
深いですね。また「へーえ」と思ってしまいました。
私たちが事実と信じている歴史というのは、このようにして作られていくのかもしれませんね。
付記:先日「学校選択制」のところでキーボードのQWERTY配列について書いたところ、安岡さんという専門家の方から「それは間違い」というご指摘を受けた。
私がどこかで読み囓った情報が間違っていたようであるので、ここで謹んで訂正させていただく。
私の説明では用を弁じないのであろうから、ご叱正のメールをそのまま転記したい。
タイプライターやテレタイプやコンピュータにおけるキー配列の歴史を研究しております。貴殿のblogに昨日掲載された『学校選択制』というエントリーを拝読したのですが、そこでレトリックとして掲げられている「QWERT配列」に関する言説に、非常に大きな問題を感じましたのでメールいたします。
| この文字配列は「打ちやすい」ように並べられているわけではない。「打ちにくい」ように配列されているのである。
| 初期のタイプライターではタイピストが熟練してくるとキータッチが早くなりすぎて、アームが絡まってしまうということが頻発した。それを防ぐためにキータッチを遅らせるキー配列が工夫されたのである。
| 最初はごく一部のタイプライターにしか採用されなかったが、大手のレミントンがこの配列を導入したことで、一気にデファクト・スタンダードになった。
この3つの文章に書かれている内容は、全て誤謬であると思われます。まず、世界初の商用タイプライター『Sholes & Glidden Type-Writer』を1874年に発売したのは、レミントン(当時はE. Remington & Sons社)で、しかもその時点で既に上段のキーはQWERTYUIOPと並んでいました。『Sholes & Glidden Type-Writer』以前にはタイプライターという機械自体存在せず、したがって「タイピストが熟練」などということはありえません。また、『Sholes & Glidden Type-Writer』はアップストライク式のタイプライターですので、アームなどという機構を有しません。アームを有するフロントストライク式タイプライターは、1893年発売の『Daugherty Visible』が最初のもので、それ以前には存在しないのです。
さらに、QWERTY配列がデファクト・スタンダードになっていく過程では、レミントンよりむしろThe Union Typewriter社によって形成されたタイプライター・トラストが大きな役割を果たしているように思われます。ただ、このあたりに関しては、かなり複雑な歴史過程が渦巻いていますので、詳しくは拙著『キーボード配列 QWERTYの謎』をごらんいただけますと幸いです。ちなみに「打ちにくいように」というネタそのものは、1930年代にAugust Dvorakが独自のキー配列を考案した際、既存のキー配列を攻撃するために言い出したいわばイチャモンで、元となった論文(August Dvorak: "There Is a Better Typewriter Keyboard", National Business Education Quarterly, Vol.12, No.2 (December 1943), pp.51-58,66.)に書かれている記述そのものに、すでに誤謬があります。
なお、貴殿がお書きになった「QWERT配列」に関する言説は、すでに
http://blog.goo.ne.jp/tatkobayashi/e/06f88e608897a4e6043a95d776917515
http://blog.goo.ne.jp/hkaiho/e/f5ee6c7ecd5d74c44f1f3b5ba94fceda
などに飛び火しています。技術史研究者の私としては、このようなガセネタが広がっていくのは困りますので、とりあえず
http://slashdot.jp/~yasuoka/journal/456534
を書いたのですが、残念ながら、貴殿の言説の方が強く、まだまだ広がっていくものと思われます。貴殿がなぜ私の研究分野に土足で踏み込んできて、このようなガセネタをバラ撒いていくのか理解に苦しむのですが、どうしてもそのような必要があるのでしたら、是非メールあるいはブログでご説明くださると幸いです。
というものである。
ご叱正を多としたい。
私が「間違ったことを書いた本を読んで、それを真に受けた」のか「正しいことを書いた本を読んだのが、それを間違って記憶したのか」は判じがたいが、いずれにせよブログの読者のみなさんはこの機会に正しい情報をぜひご記憶にとどめておいていただきたいと思う。
深いですね。また「へーえ」と思ってしまいました。
私たちが事実と信じている歴史というのは、このようにして作られていくのかもしれませんね。
付記:先日「学校選択制」のところでキーボードのQWERTY配列について書いたところ、安岡さんという専門家の方から「それは間違い」というご指摘を受けた。
私がどこかで読み囓った情報が間違っていたようであるので、ここで謹んで訂正させていただく。
私の説明では用を弁じないのであろうから、ご叱正のメールをそのまま転記したい。
タイプライターやテレタイプやコンピュータにおけるキー配列の歴史を研究しております。貴殿のblogに昨日掲載された『学校選択制』というエントリーを拝読したのですが、そこでレトリックとして掲げられている「QWERT配列」に関する言説に、非常に大きな問題を感じましたのでメールいたします。
| この文字配列は「打ちやすい」ように並べられているわけではない。「打ちにくい」ように配列されているのである。
| 初期のタイプライターではタイピストが熟練してくるとキータッチが早くなりすぎて、アームが絡まってしまうということが頻発した。それを防ぐためにキータッチを遅らせるキー配列が工夫されたのである。
| 最初はごく一部のタイプライターにしか採用されなかったが、大手のレミントンがこの配列を導入したことで、一気にデファクト・スタンダードになった。
この3つの文章に書かれている内容は、全て誤謬であると思われます。まず、世界初の商用タイプライター『Sholes & Glidden Type-Writer』を1874年に発売したのは、レミントン(当時はE. Remington & Sons社)で、しかもその時点で既に上段のキーはQWERTYUIOPと並んでいました。『Sholes & Glidden Type-Writer』以前にはタイプライターという機械自体存在せず、したがって「タイピストが熟練」などということはありえません。また、『Sholes & Glidden Type-Writer』はアップストライク式のタイプライターですので、アームなどという機構を有しません。アームを有するフロントストライク式タイプライターは、1893年発売の『Daugherty Visible』が最初のもので、それ以前には存在しないのです。
さらに、QWERTY配列がデファクト・スタンダードになっていく過程では、レミントンよりむしろThe Union Typewriter社によって形成されたタイプライター・トラストが大きな役割を果たしているように思われます。ただ、このあたりに関しては、かなり複雑な歴史過程が渦巻いていますので、詳しくは拙著『キーボード配列 QWERTYの謎』をごらんいただけますと幸いです。ちなみに「打ちにくいように」というネタそのものは、1930年代にAugust Dvorakが独自のキー配列を考案した際、既存のキー配列を攻撃するために言い出したいわばイチャモンで、元となった論文(August Dvorak: "There Is a Better Typewriter Keyboard", National Business Education Quarterly, Vol.12, No.2 (December 1943), pp.51-58,66.)に書かれている記述そのものに、すでに誤謬があります。
なお、貴殿がお書きになった「QWERT配列」に関する言説は、すでに
http://blog.goo.ne.jp/tatkobayashi/e/06f88e608897a4e6043a95d776917515
http://blog.goo.ne.jp/hkaiho/e/f5ee6c7ecd5d74c44f1f3b5ba94fceda
などに飛び火しています。技術史研究者の私としては、このようなガセネタが広がっていくのは困りますので、とりあえず
http://slashdot.jp/~yasuoka/journal/456534
を書いたのですが、残念ながら、貴殿の言説の方が強く、まだまだ広がっていくものと思われます。貴殿がなぜ私の研究分野に土足で踏み込んできて、このようなガセネタをバラ撒いていくのか理解に苦しむのですが、どうしてもそのような必要があるのでしたら、是非メールあるいはブログでご説明くださると幸いです。
というものである。
ご叱正を多としたい。
私が「間違ったことを書いた本を読んで、それを真に受けた」のか「正しいことを書いた本を読んだのが、それを間違って記憶したのか」は判じがたいが、いずれにせよブログの読者のみなさんはこの機会に正しい情報をぜひご記憶にとどめておいていただきたいと思う。