米バイオ企業のアドバンスド・セル・テクノロジー社は23日、あらゆる細胞に変化できるES細胞(胚性幹細胞)から作った網膜細胞を、ものがほとんど見えない患者2人に移植して視力を回復させることに成功したと発表した。
英医学誌ランセットに掲載された。ES細胞を使った治療で効果が論文として報告されたのは初めて。
同社は2010年11月から、ともに網膜に原因があって視力が低下した加齢黄斑変性症の70歳代女性と、スターガート病の50歳代女性に臨床試験を実施。ES細胞から作った網膜色素上皮細胞5万個を、片側の目に移植した。
その結果、70歳代女性はそれまで手の動きしか識別できなかったが、移植の1週間後には指の本数を数えられるようになった。50歳代女性も識別できる文字の数が増えたという。手術から4か月が経過した時点でも、移植した細胞の異常増殖など、安全上の問題は見られないという。同社は、さらに多くの患者で安全性と有効性を確認する。
というニュース。
疑り深くてナンですが、本当でしょうか。ついこの間のNatureでこの会社のことがカバーされていて、興味深く読んだところだったからです("Never say die" Nature 2012 481m 130 - 3)。
この会社、確か、マウスのクローニングをやった若松さんが一時、在職していたこともある当時はかなり先端のバイオテクでした。このNatureの記事によると、過去の仕事は華やかです。98年にウシのクローン、2001年にはヒトのクローン(しかし細胞分裂は数回しかせず)、2006年は数細胞ステージのヒト胎児の一個の細胞からクローン化など、クローン技術に関しては、かなりのハイインパクト論文を出してきています。最後の論文は私も覚えていますが、同時期にiPSの論文が発表されて、ヒトES細胞に対する人々の興味がiPSへと急激に移っていきました。クローン技術に関しての華やかな業績の一方で、ヒトクローン化技術やES細胞に対する風当たりが強くなってきたこと、応用技術開発の困難から、この会社は、過去10年間、ずっと資金繰りに苦しんできています。2005年には、株式上場で資金を集めようとしましたが、上場資金がなく、ユタの人形販売のパッとしない上場企業と合併することで、株式市場から資金を集めたりもしています。そんな中で、ACTよりも大手のライバル会社、GeronがES細胞ベースの治療法の開発の中断を昨年11月に決定し、事実上、ヒトES細胞を使った治療開発を行っているのはこの会社だけになったという事情があります。
つまり、何が何でもこの臨床試験を成功させなければ、会社は潰れる、という状況に会社はあるのです。小さな会社や私の研究室のようなところはどこでも同じでしょう。自転車操業ですから回転が止まった瞬間に全てが終わりです。小さな会社や研究室ではリスクヘッジするだけの余裕があるところは稀です。
この臨床試験の終了は13年の予定です。仮に成功したところで、無事、商品化できて、利益が上げられるかどうかわかりません。会社の命運はまだまだ、わかりません。しかし、それまでの臨床試験のコストや会社の運営費、などなど、金はどんどんかかります。その金をどこから集めるのか、投資者から集めるしかありません。そして、ポジティブなデータを一流紙に発表することが、投資者の興味を集めるのには極めて有効であるのは論をまたないでしょう。会社としては、何が何でもポジティブデータを出したいという強い願望があります。