百醜千拙草

何とかやっています

職業研究者の資質

2014-10-07 | Weblog
ようやく研究費申請書、提出しました。この二ヶ月ほどはこれに掛かりっきりになっており、二ヶ月前までは別の研究費申請書に掛かりっきりで、その準備は今年の一月から始めたので、この9ヶ月ほど、研究費申請のことばかり考えていました。とりあえず提出して一段落。この申請書もイヤになるぐらい推敲を繰り返しましたが、通るか通らないかはまた別問題です。通らなければゼロです。ま、なんとかなるでしょう。今月の末には前回に出したものの結果がわかるので、その結果次第でまた書きものの日々が続くことになるかもしれません。これも、なんとかなるだろうと楽観的にしています。できるだけのことはやったと思うので、それでも足りないのなら今の私にはどうしようもありませんし。その間に書かねばならない論文をコツコツと進めたいと思います。とはいうものの、いまいちモチベーションが湧かず、論文を数行書いては、集中力が切れて、どうでもよい雑用をしたり、このブログを書いてみたり、しようがないので、ダラダラと牛の歩みのように進めています。やはりリアルタイムで実験をしながらデータを見るのと、それらを論文のためにまとめるのとでは、ワクワク感が違います。しかし、ヒットやホームランにならないような研究でも着実に論文にしていくのは大切なことだと私は最近思うようになりました。

とはいうものの、何というか、ちょっと気が抜けたのか、体の奥からやる気が噴き出してこない感じです。こういう時はちょっと気分転換しようと思って、久しぶりに図書館に行ったら、何と、病院付属の図書館が閉館していました。雑誌がオンラインに移行してから、文献を探しに図書館に行くことはすっかりなくなり、月に一、二回、教科書を見に行ったり、安楽椅子で考え事をするために行ったりする程度でしたが、図書館で勉強したりする利用者はそれなりにいたので、まさか図書館そのものが物理的に閉館になるとは思いませんでした。今はバーチャル図書館が残っており、コンピューターから図書館のサイトを通じて文献にアクセスするようになっています。それにしても寂しいことです。

寂しいと言えば、ウチの講座も人が減る一方です。グラントを持っている人はよりよい条件の職場へ移るし、グラントがキープできない人は辞めざるを得ません。多分、最盛期の2/3ほどの規模に落ちたのではないかと思います。先の学会では、昔の旧友に会いました。十年ほど前まで、同じ講座にいたのですが、やはり資金切れで別の遠方の施設に移り、そこに数年いてからまた別の施設に移りました。話を聞くと、かなり努力して研究費を取ろうとしたがかなわず、結局、契約更新ができず、次の行き場もまだ見つかっていないという話。これまでの彼の苦難を考えると気の毒です。彼は根はいい人間なのですが、しかし、独立研究者として、ちょっと足りない部分があるのです。それは科学者としての能力の問題というよりは、むしろ世間の渡り方の問題だと私は思います。私は、世間の渡り方に関して講釈できるような立場では全くありませんが、これまで、Nature、Scienceクラスの論文も書き、それなりの業績もあり、頭も切れ、本人も研究が好きなのに、研究現場から去らねばならなくなった人を、何人か見てきました。一方、余り頭も切れるようではないし、一流雑誌の論文など一本もないのに、なぜか長年、研究を続けている人も見てきました。これらの人々を一歩下がってながめると、研究現場に残っている人には多少の共通点があるようです。

われわれのレベルで(もっとハイプロファイルの研究者は別です)研究現場に長期に残っている人は、総じて、明るく、楽観的、親切、寛容、不満を言わない、という研究能力とはあまり関係なさそうな人間としの美徳を持つ人が多いです。一方、残れなかった人は、頑固、寛容性に乏しい、視野が狭い、独善的で傲慢、秘密主義、素直でない、己の不運を他人のせいにする、の欠点があるように思います。結局は研究費をとれるかどうかで研究者のキャリアは決まるのに、不思議だなあと思います。あまり良い理由が思い浮かびませんが、研究費申請書を書く上で、こうした人間としての美徳がプラスに働くのではないか、と私は想像しています。学会で会った旧友の場合は、自分と回りの状況を客観的に解析して与えられた環境の中でベストの結果を追求していく、という点に多少の不足があったのではないかと私は思いました。ま、岡目八目ですから、私も偉そうなことは言えません。他人の目から自分を眺めるというのは難しいものです。

よい研究計画書を書くのは、論文を書くのとは別の技術が必要です。科学性や論理性という研究者の基本能力に加えて、読者の心理を読んだセールス技術が必要かつ重要になってきます。人の気持ちがわかること、他人の身になって考えることができること、そいいうことが自然とできる人はおそらく、読みやすく、好感のもてる研究申請書を書けるのではないでしょうか。

加えて、成功する人は、誰からでも学ぼうとし、結果を出すことにフォーカスし、そのためには自分のエゴを簡単にコントロールすることができる強い自己節制力を持つ傾向があると思います。私の講座にも10歳ほど年下の人がいますが、この人がまさに成功する人を絵に描いたような人です。素直で寛容、楽観的で行動的、向上心があり、大きな目標の達成のためにエゴをコントロールできる節制力、そういう性質が、学びを容易にし、人から好かれて、チャンスを拡げていくのであろうと思います。

私も、なるべくそういう人になるべく心がけてはいますが、なにかにつけ、未熟さを思い知らされる日々です。
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