百醜千拙草

何とかやっています

ニシンの燻製 カリブ風

2018-04-24 | Weblog

よい仕事をした後で一杯のお茶をすする時、空腹の時にご飯の味をかみしめる時、その一瞬、世界は完結します。しかし、よい仕事ができなくても、空腹でなくても、お茶やご飯を心から味わえるようでありたいものです。
明日は何が起こるかわかりません。今、目の前にあるお茶やご飯を純粋に楽しむこと、それが人生の一大事であると思います。

というわけで、先日、スーパーで、ニシンの燻製を見つけたので、何のオチもないですが食べ物の話。
ニシンは私にはあまり馴染みにない魚ですが、高校の時に覚えさせられた英語のイディオム、「red herring」や服の柄「herring bone」から西洋ではポピュラーな食品なのだろうと思っていました。追跡者を惑わせるための「おとり」という意味で使われるred herringという言い回しですが、これは実は赤い色になる塩漬け燻製のニシンが強い匂いを出すので、これをおとりに使って、猟犬の嗅覚を訓練したことに由来するそうです。

イギリスではKipperと呼ばれるこの燻製ニシン、二枚開きになっているものが多いようですが、私はスーパーで見つけたものはすでに頭と内臓と皮が除かれてフィレになっていました。濃い海水で塩漬けにしたものを燻していますから、まずは塩抜きをしないと塩辛くて食べれません。塩抜きは大きめのボウルの水につけて、水を取り替えて、一晩。急いでいる時は熱湯で数分加熱して、水を何度か取り替えればいいようです。その後、食べやすい大きさに適当に切ります。

フライパンで、玉ねぎを透き通るまで炒め、トマトのざく切り、ニンニク、タイム、唐辛子を加えます。旬で安くなった芽キャベツをたくさん買ってきていたので、これも半分に切って加えました。トマトは缶詰で青唐辛子があらかじめ入ったものを使いました。それからニシンを入れてさらに5分炒め、レモンを絞り、ネギを散らします。

塩抜きの時間を除けば、10分あまりでできてしまうお手軽料理ですが、なかなか美味しいです。ご飯にかければ、カリブ風ニシン丼。

燻製ニシンはイギリスではポピュラーな朝食のおかずだそうで、バターをつけて食べるらしいですが、カリブ海の熱帯の国々では、塩漬け燻製ニシンは揚げたり、炒めたりして料理するのが主なのだそうです。おそらく北欧での食習慣がイギリス領、フランス領のカリブの国々に伝わって、南国風にアレンジされたのだろうと思います。

日本ではニシンの干物を戻して使う料理といえば、ニシンそばに使う身欠きニシンの甘露煮がありますが、ニシンそばはもともとニシンが良質なタンパク質を含むためタンパク質補給のために京都で考案されたものらしいです。

というわけで、栄養もたっぷり。ニシンの身から出る旨味と残った塩気で味が付いているので、特に調味料は必要ありません。唐辛子の辛味、トマトの酸味、玉ねぎの甘み、ニシンの旨味、燻製の香りが絶妙に入り混じっています。アドリブで入れた芽キャベツも鮮やかな緑が食欲をそそります。カリブではキャベツを使うレシピもあるので、芽キャベツも間違いではないと思います。

ビールと一緒にいただきます。今日も仕事はパッとしませんでしたが、ソレはソレ、コレはコレ。この料理がビールとともに今この食卓にあるために、大変な労力と時間が費やされているという事実に思いをはせるとき、この料理は奇跡です。ニシンを取る人、捌く人、塩漬け燻製にする人、それを店まで届ける人、玉ねぎや芽キャベツやトマトを育てる人、収穫する人、缶詰にする人、その道具を作る人、大勢の人々の何ヶ月もの時間と努力がかけられています。冷えた一杯のビールも、同様に何ヶ月もの人々の努力と自然の恵みがあってはじめて私の食卓の上に存在することが可能になります。これらの数え切れない人々のおかげで私の食卓は成り立っています。その大勢の人々の働きがあたかも見えない目的に沿って協調し、結実して、そして私の口に幸福を届けてくれる一瞬、偉大なるワンネスを包含して世界は完結するのです。その偉大なる宇宙の神秘に感動したニシン料理でした。
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