和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

人生の笑いを清くする。

2022-04-19 | 柳田国男を読む
『清く』ということで、
柳田国男の「女性と俳諧」が思い浮かぶ。
この文の中に出てくるのでした。

「小さな素朴な何でもないやうな言葉でも、心の底から
 ほほゑましく、又をかしくもなることは幾らもあるのです。

 女がその群に加はるといふことは・・・・・
 人生の笑ひを清くする為にもしばしば必要でありました。
 ・・・・・・
 私の見やうが偏して居るかも知れませんが、
 俳諧に女性の参加することを可能にした、
 芭蕉翁の志は貴く、又仰ぐべきものかと思って居ります。」

うん。先を急ぎすぎました。
『女性と俳諧』のはじまりから引用してみます。

「こなひだから気を付けて見て居りますが、
 もとは女の俳人といふものは、絶無に近かったやうですね。

 芭蕉翁の最も大きな功績といってよいのは、
 知らぬうちに俳諧の定義を一変して、幅をひろげ、
 方向と目標を新たにし、従ってその意義を深いものに
 したことに在ると思ひます・・・・・

 いはゆる蕉風(せいふう)の初期に於ては、
 女性の俳諧の座に参加した者は、伊賀に一人、
 伊勢に一人、それから又大阪にも一人といふほどの、
 至って寥々たるものではありましたが、それすらも
 談林(だんりん)以前の文化社会では、殆と全く
 望まれないことでありました。

 理由は至って単純で、つまり俳諧は即ち滑稽であり、
 その滑稽は粗野な戦国時代を経過して、堕落し得る
 限り下品になり、あくどい聞きぐるしい悪ふざけが
 喝采せられ、それを程よいところに引留めることに、
 全力を傾けるやうな世の中だったからです。
 
 女がその仲間に加はろうとしなかったのは
 当り前ぢゃありませんか。            」

はい。はじまりのところが肝心かと思いますので
もうすこし引用におつきあいください。

「それが芭蕉の実作指導によって、天地はまだこの様にも
 広かったといふことを、教へられたのであります。

 連歌(れんが)の一座はいふにも及ばず、
 前の句の作者までが予測もしなかったやうな、
 新しい次の場面が突如として展開して来るのを見て、

 思はず破顔するといふ古風な境地に、やや軽い静かな
 笑ひを捜し求めることが勧誘せられました。

 是だったら女にも俳諧は可能である、といふよりも
 寧(むし)ろ慧敏なる家刀自(いえとじ)たちの、
 それは昔からの長処でありました。

 歴代の女歌人などは、簾や几帳を隔てた応酬を以て、
 よく顎鬚の痕の青い連中を閉口させて居たのです。

 清少和泉の既に名を成した領域に、未来の閨秀(けいしゅう)
 たちが追随し得ない道理は無かったのであります。」


うん。だいぶ引用をしちゃいました。
最後の、『清少和泉(せいせういづみ)の・・領域』といえば、
思いうかべるのは、古今和歌集の仮名序でした。
うん。最後も古今和歌集の仮名序から引用。

「 和歌(やまとうた)は、
  人の心を種として、万(よろづ)の言の葉とぞなれりける。
  ・・・・
  花に鳴く鶯、水に住むかはづの声を聞けば、
  生きとし生けるもの、いづれか歌をよまざりける。

  力をも入れずして天地(あめつち)を動かし、
  目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、
  男(をとこ)女のなかをもやはらげ、
  猛き武士(もののふ)の心をもなぐさめるは、
  歌なり。                   」

そこでですが、柳田国男は、
芭蕉がどこまで成就したか、
それを正確に推し量ります。

「 翁の願ひはそれが成就するならば、
  俳諧がもっと楽しいものになるやうな願ひでありました。
  そうしてそれは十分に成就しなかったのであります。   」

「 芭蕉が企てて五十一歳までに、為し遂げずに終ったことを、
  ちっとも考へて見ようとせぬのは不当であります。
  俳諧を復興しようとするならば、先づ作者を楽しましめ、
  次には是を傍観する我々に、楽しい同情を抱かしめる
  やうにしなければなりません。・・・         」
 
          ( 柳田国男「病める俳人への手紙」から )


うん。どうやら、芭蕉の成就目標はというと、

「  力をも入れずして天地を動かし
   目に見える鬼神をもあはれと思はせ
   男女のなかをもやはらげ
   猛き武士の心をもなぐさむる    」

そんな芭蕉の俳諧だったのだとするならば、
一代では、とうてい成就は無理だったのだ
そう柳田国男は推し量っていたのでしょう。
この感触で、また柳田国男を読んでみます。



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