「教えることの復権」(大村はま。苅谷剛彦・夏子)ちくま新書。
はい。とりあえず、今日最後まで読みました。
大村はまさんの謦咳(けいがい)に接するつもりで
パラパラと読みはじめたので、他の人の箇所は
読まなくてもいいかなあ、などと思っていたのでした。
最後の第5章は苅谷剛彦さんが書いておりました。
大村はまさんの重要箇所を、掬い上げておられて、
ハッとするまとめになっておりました。
うん。それはそうとして、ここは、きっと
私に、忘れがたい細部になるだろうという
箇所を引用しておくことに。
夏子】 私が大村教室で学んだとことのなかで、
・・・忘れてならない部分は、話しことば、
とくに話し合いについての基礎だと思います。・・
大村】 戦争の後、それまでの世の中のことを振り返ると
呆然となってしまって・・・・・
それで新制中学へ出て、新しい民主的な国になっていくために、
きちんと役に立つ国語教育を本気でやっていこうと決めたのです。
そのとき、大きな目標となるのが、話す力、
話し合う力を育てることでした。・・・・・
私自身も・・きちんとした話す力は持っていないと思いました。
それで、会議の仕方なんていうのを、アメリカ人を講師とする
講習会に行って習ったりもしたんですよ。
そのときに習ったことですが、話すときにエーっといってしまう
ことがあるでしょう、あれはことばではないと言うのね。
ことばでないことを言うのは邪魔だと先生がまず言われた。
でも、それは一種の癖みたいなものなのだから、
やめなさいと言って直るものではないというのね。
それで、エーっと言おうとするその瞬間を見きわめて、
あっと思ったときにきれいな音のするベルをチーン。
すると言いかけていたのが出てこない。言わずじまいになる。
そういうふうにして直すんだと教えてくれた。
この考え方は、エーっに限らず、
のちに私はたいへん大事にするようになったけれども。
その先生の教え方も、ユーモラスでとても楽しかった。
( p68~69 )
はい。何だか、こういう細部が印象深く思い浮かんできます。