映画「私がやりました」を映画館で観てきました。
映画「私がやりました」はフランスの奇才フランソワ・オゾン監督のコメディタッチのサスペンス映画である。新作となると観に行く監督だ。本年公開でも「苦い涙」という作品があった。男色系で室内劇ということで、自分には合わないだろうと思ったけど、予想通りだった。でも、今回はフランソワオゾン監督が元来得意とするミステリータッチのようだ。期待して映画館に向かう。
1935年のパリ、大物映画プロデューサーが自宅で殺された。その日に家にいき出演交渉を受けていた若手女優マドレーヌ(ナディア・テレスキウィッツ)に警察は疑いを持つが本人は否定する。ところが、一転マドレーヌは自分がやったと自白する。裁判ではルームメイトの弁護士(ポーリーヌレベッカ・マルデール)に言われた通りに、プロデューサーに強引に迫られての正当防衛だと主張する。結局、陪審員の受けも良く無罪となり、悲劇のヒロインとして仕事が殺到する。
ところが、豪華な新居に移った2人のもとを一世を風靡したかつての大女優オデット(イザベル・ユペール)がプロデューサー殺しの真犯人は自分だと名乗りでる。
あきずに100分を駆け抜けるテンポのいいフレンチコメディである。
歴代のフランソワオゾン監督の作品と比較してもおもしろい。前作の「苦い涙」ではサスペンスの味わいがなく、しかも室内劇で強い閉塞感があった。男色系の異常人物を登場させ気持ちが悪かった。
元来フランソワオゾンはコメディーの匂いがするサスペンスタッチのストーリーが得意である。最近干されて新作が出ていないウディ・アレン監督の作風を連想する。若手2人の主演女優の会話のテンポが良く,ベテランのイザベルユベールは貫禄でグロリアスワンソンのような無声映画時代の大女優を演じる。早口言葉でうさん臭い姿が映画の雰囲気を盛り上げる。脇役のベテランコメディ男優もコミカルに演じる。
主人公のマドレーヌは4ヶ月も賃料滞納して,大家から強く支払いを求められている。せっかくの有名映画プロデューサーからのお金になる出演依頼も,愛人になるおまけ付きのオーダーなので断っていた。当然ぶ然としてプロデューサーの家を出たわけであった。それなのに,突然刑事がマドレーヌの部屋を訪問して,殺害されたその日にプロデューサの家にいただろうと問い詰めてくる。
当然やってないわけだから否定する。しかし、ここで同居人の新米弁護士と悪だくみを考えるのだ。それがまんまと成功する。やっていないのにやったと言ってしかも無実を勝ち取るのだ。
フランソワ・オゾン監督の作品では,ある一定のところまで話が主人公の思い通りになって,その後逆転降下するストーリーが多い。今回もその類である。突然現れた真犯人に一瞬おどおどする。でもしぶとい女性2人の悪だくみはそれでは終わらない。粘り強く往年の名女優と対峙していく。
この2人がいかに悪知恵を発揮させるのかという展開を楽しむわけである。元来,モリエールの時代からジャン・アヌイに至るまでフランスの戯曲にはこういう喜劇基調でストーリーの逆転を楽しむものが多い。元ネタもあるようだが,フランソワオゾン監督は良い素材を選んだ。
それに加えて今までの作品よりもお金がかかっている。1935年のパリを再現させてビリーワイルダー監督の「ろくでなし」を公開している映画館を映し出す。また,大勢の傍聴人がいる法廷の場面, スイミングプールがある豪邸など様々な場面を用意して、視覚的にも我々の目を楽しまさせてくれる。終わり方も悪くない。簡潔に映画の素材をまとめた自分の好きなタイプの作品である。
映画「私がやりました」はフランスの奇才フランソワ・オゾン監督のコメディタッチのサスペンス映画である。新作となると観に行く監督だ。本年公開でも「苦い涙」という作品があった。男色系で室内劇ということで、自分には合わないだろうと思ったけど、予想通りだった。でも、今回はフランソワオゾン監督が元来得意とするミステリータッチのようだ。期待して映画館に向かう。
1935年のパリ、大物映画プロデューサーが自宅で殺された。その日に家にいき出演交渉を受けていた若手女優マドレーヌ(ナディア・テレスキウィッツ)に警察は疑いを持つが本人は否定する。ところが、一転マドレーヌは自分がやったと自白する。裁判ではルームメイトの弁護士(ポーリーヌレベッカ・マルデール)に言われた通りに、プロデューサーに強引に迫られての正当防衛だと主張する。結局、陪審員の受けも良く無罪となり、悲劇のヒロインとして仕事が殺到する。
ところが、豪華な新居に移った2人のもとを一世を風靡したかつての大女優オデット(イザベル・ユペール)がプロデューサー殺しの真犯人は自分だと名乗りでる。
あきずに100分を駆け抜けるテンポのいいフレンチコメディである。
歴代のフランソワオゾン監督の作品と比較してもおもしろい。前作の「苦い涙」ではサスペンスの味わいがなく、しかも室内劇で強い閉塞感があった。男色系の異常人物を登場させ気持ちが悪かった。
元来フランソワオゾンはコメディーの匂いがするサスペンスタッチのストーリーが得意である。最近干されて新作が出ていないウディ・アレン監督の作風を連想する。若手2人の主演女優の会話のテンポが良く,ベテランのイザベルユベールは貫禄でグロリアスワンソンのような無声映画時代の大女優を演じる。早口言葉でうさん臭い姿が映画の雰囲気を盛り上げる。脇役のベテランコメディ男優もコミカルに演じる。
主人公のマドレーヌは4ヶ月も賃料滞納して,大家から強く支払いを求められている。せっかくの有名映画プロデューサーからのお金になる出演依頼も,愛人になるおまけ付きのオーダーなので断っていた。当然ぶ然としてプロデューサーの家を出たわけであった。それなのに,突然刑事がマドレーヌの部屋を訪問して,殺害されたその日にプロデューサの家にいただろうと問い詰めてくる。
当然やってないわけだから否定する。しかし、ここで同居人の新米弁護士と悪だくみを考えるのだ。それがまんまと成功する。やっていないのにやったと言ってしかも無実を勝ち取るのだ。
フランソワ・オゾン監督の作品では,ある一定のところまで話が主人公の思い通りになって,その後逆転降下するストーリーが多い。今回もその類である。突然現れた真犯人に一瞬おどおどする。でもしぶとい女性2人の悪だくみはそれでは終わらない。粘り強く往年の名女優と対峙していく。
この2人がいかに悪知恵を発揮させるのかという展開を楽しむわけである。元来,モリエールの時代からジャン・アヌイに至るまでフランスの戯曲にはこういう喜劇基調でストーリーの逆転を楽しむものが多い。元ネタもあるようだが,フランソワオゾン監督は良い素材を選んだ。
それに加えて今までの作品よりもお金がかかっている。1935年のパリを再現させてビリーワイルダー監督の「ろくでなし」を公開している映画館を映し出す。また,大勢の傍聴人がいる法廷の場面, スイミングプールがある豪邸など様々な場面を用意して、視覚的にも我々の目を楽しまさせてくれる。終わり方も悪くない。簡潔に映画の素材をまとめた自分の好きなタイプの作品である。