1960年にオハイオ州でダッジ・コルネットという大型乗用車の中古を買って新婚の妻と乗り回していた。クリーム色と水色のツートンカラーが気に入って妻が選んだ車である。
学生街の道傍にイギリス製の真紅のMGスポーツカーがよく駐車してある。時々、幌が空けたまま駐車してある。シンプルなダッシュボードに木目のハンドルがついている。自分の大型乗用車はパワーステアリングにオートマチック・トランスミッションだがMGは手動のギアチェンジ。軽快な構造で車体のフォルムが流れるように美しい。そばを通るたびにMGのところで、しばし足を止める。
同級生にMGで通学している中年の男が居た。空軍大佐で、引退後の転職の準備に博士の学位をとりに来ていた。あるとき、そのMGで家まで招待してくれた。車体が軽くてスピードを上げると飛び上がるように疾駆する。エンジンのゴロゴロという音が体をしびれさせる。
それ以来、一生の間に一度はMGのようなスポーツカーを持ってみたいと考えるようになった。
それから30年以上たってしまったが、夢はますます強くなる。子供もずいぶん前に独立し、収入もフルタイムなので十分ある。最後のチャンスと思い数年前にMGと同じような軽スポーツカーのマツダ・ロードスターの中古を買う。いすず・ウイザード3500ccの他にもう一台買うので家人の同意を慎重に得る必要がある。そこで家人の好みの色合いの車を探す。エンジンにガタが来ていてもどうせ3年だけと決めているので大丈夫。やっと落ち着いたマリンブルーの中古を見つけた。試乗で自宅に寄り、色を見せる。家人が笑顔で合格と言う。3年間、山の小屋や土浦のヨットへと散々乗った後で予定通り売ってしまった。
スポーツカーに3年乗った結論。見ているほどロマンチックな代物ではない。椅子が硬くて、バネが最小限度しか付いていないので腰が痛くなる。椅子が低い位置にあり、ドアーが小さいので乗り降りが非常に不便である。タイヤの音が大きいので4輪すべてを一番静かな新品タイヤへ変えたが、やはりうるさい。屋根が幌なので他の車の騒音が入って来るのだ。
快晴のときには幌を畳んで走る。たしかに爽快である。しかし埃や砂粒は遠慮なく顔を叩く。
陽射しがまともに顔に当たる。
家人が側に座ると若い2人連れと思うのか皆がみてくれる。家人が喜ぶ。いろいろ有ったが、長年の夢がかなって満足した。(終わり)