後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

あなたが学校の歴史で習わない領主、成田氏の城

2010年11月27日 | 日記・エッセイ・コラム

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埼玉県、行田市は利根川と荒川の間にある低地です。周りは水を満々と湛えた水田が果てしなく広がっています。江戸時代にはこの水田はほとんど沼や湖でした。文政6年(1823年)、岩崎長谷の描いた「忍名所圖絵」を見ると沼に長い橋がかかり、その袂で農民が鵜飼をしています。

そんな湖沼を外堀代わりに忍城を作ったのが、熊谷を本拠にしていた戦国武将の成田顕泰(あきやす)です。1479年に完成しています。外堀のような湖沼が周りに広がり、敵が近づけない難攻不落の名城でした。その後111年間、1590年の秀吉による関東平定まで成田氏の城として存続しました。

1590年の秀吉の小田原城攻略の時には、城主の成田氏長が北条氏に味方します。

石田三成の率いる軍勢が忍城を取り囲みました。三成は湖沼の地形を巧みに利用して水攻めに出ました。利根川と荒川へ延長14kmもの堤を築き、多量の水を流し込んだそうです。今でも堤の一部が三成堤という名で残っています。

深い水で完全に囲まれましたが、なかなか落城しません。それを見た人々は、「城が浮いているから落城しない。浮き城だ!」と言い合ったそうです。

しかし、小田原城が落ちた後では、忍城も開城せざるを得ません。

江戸時代には徳川の城として、親藩、譜代16人の城主が在城する。

上の写真にある白い天守閣のような建物は三階櫓と称する建物で1702年に完成しました。1639年に忍城に城番になった阿部忠秋が城の大改修をした時に作りました。

全く根拠意の無い想像です。「江戸幕府へ遠慮して天守閣を作らないーでも天守閣のように見える立派な三階櫓を作ろう!」、こんな気持ちがあったのかも知れません。江戸時代は常に徳川幕府の意向を伺いながら生きて行かねばならない時代でした。

幸い、阿部氏はその後184年間城主を務めます。明治維新後、城は取り壊され民間へ払い下げになりました。現在の三階櫓は1988年に行田市によって再現された建物です。(終わり)

撮影日時:20086月7日午後1時頃。 撮影者:Mrs.藤山


私達が学校で習う日本の歴史は現実とは違い過ぎる!

2010年11月27日 | 日記・エッセイ・コラム

私たちが学校で習う日本の歴史の教科書は明治政府成立以来、文部省が指導して作ったものです。廃藩置県を実施し、明治天皇と中央政府が全権力を握り、国内を統一しました。国内を統一し富国強兵を実行し欧米の植民地になるのを防ぎました。

従って国民へ教える日本とは飛鳥時代から江戸時代まで天皇と幕府の権力が国の隅々まで統一し、一糸乱れぬ統治をしていたと教える必要があったのです。日本は近代国家と変わらぬ一つの強力な国として存続していたと信じさせる必要があったのです。

したがって地方地方に小規模な武力集団が居て農民を勝手に領有し、一方では中央政権へ年貢の一部を上納し、忠誠を誓っていた実態は教えないことになっていました。このような武力集団の頭は、国人とか国衆と呼ばれ領主として君臨していたのです。国衆が強大になった場合は守護職を天皇から委託され公的にも権限を振るっていたのです。飛鳥、奈良、平安、鎌倉、室町、戦国と時代が変わっても地方の小さな武力集団と領主の存在は変わらなかったのが実態だったのです。その領主が成り上がった戦国大名で徳川側についた一群が江戸時代の各藩として生き残ったのです。

現在の東京にはそのような領主が作った城跡が沢山あります。江戸城、御殿山城、荏原氏館、品川氏館、池上氏館、馬込城、赤堤砦、奥沢城、世田谷城、渋谷城、滝野川城、板橋城、志村城、石神井城、練馬城、深大寺城、立川氏館、平山氏館、小野路城、小山田城、八王子城、滝山城、片倉城、高月城、桧原城などなどです。そしてこの領主の作った城の名前が品川区、世田谷区、渋谷区、板橋区、練馬区、立川市、八王子市、桧原村という名前と関係があるのです。これは東京地方の一例で、同じようなことは全国の各地にあると思います。

誤解を恐れずに明快に言えば、日本は明治維新以前までは完全な地方自治がおこなわれていたのです。明治維新はこの地方分権を完全に消滅させることになったのです。それを現在、地方自治の重要性を宣伝しています。しかし現在の国家体制のままでは地方分権への変革には大きな制約が存在しています。それは武力無き自治権です。当然、国家政策と国税の許す範囲の中に限定された地方分権なのです。

このような視点で日本の歴史を見ると、地方、地方の歴史を調べることの重要さがご理解できると思います。皆様の住んでいらっしゃる地方の歴史はいかがでしょうか?

今日も皆様のご健康と平和をお祈り致します。藤山杜人