後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

戦没画学生の絵画(1)杉原基司さんの「神戸東亜ロード」

2010年11月18日 | インポート

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杉原基司さんは神戸生まれ、東京美術学校を卒業し、戦闘機に乗りました。昭和20年2月16日、厚木飛行場の上空で来襲して来た米軍機と空中戦をし、激墜され戦死しました。享年23歳でした。

・・・・・・戦死した後で妹が書いています。・・・・・・

水泳部で派手に水しぶきをあげていた兄。

ガラスの窓にドクロの絵を描いて妹の私を泣かせた兄。

クラシックと讃美歌しかなかったわが家でジャズやクンパルシータを初めて聞かせてくれた兄。

そんな兄が、美校を卒業して海軍予備学生となり、

沢山の兵隊さんが死ぬゼロ戦を志願したのは、やっぱり持ち前の好奇心

”飛行機に乗りたい”と思ったからでしょうか?

昭和20年2月16日、、、、厚木上空に初めて米軍戦闘機が来襲したとき

兄は23歳の生命をちらしました。・・・・・・・・・・・

絵と文章の出典は以下の通りです。

NHKきんきメディアプラン発行、「無言館 遺された絵画」2005年版、123ぺージ


写真教室「彩華」と「わの会」の2つの写真展示会のご案内です

2010年11月18日 | 日記・エッセイ・コラム

昨日、卒業後60年になる中学校の同窓会へ出ました。当時は可愛い少女だったKTさんが色々な写真のグループに所属していて大活躍していることに驚きました。

2つの写真展示会でその作品が出展されるそうです。

以下にご案内致しますので皆様振るってご観覧ください。

(1)写真家、三輪薫を囲む、「わの会」第6回写真展、

  四谷駅近くのポートレートギャラリーにて、12月2日(木)から8日(水)

  10:00から18:00時まで、最終日は14:00時まで、場所詳細は、

  ポートレートギャラリーを検索すると出て居ます。下にHPから会場風景を転載い   たします。

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(2)写真教室「彩華」写真展、花ー彩り (主宰:田ノ岡哲哉)

  横濱 みなとみらいギャラリーにて、12月6日(月)から12日(日)まで、

  11:00から19:00時まで(初日13:00時から・最終日17:00時まで)

  地図の詳細は、横濱 みなとみらいギャラリーを検索すると出て来ます。

  下にギャアリー入口の様子をそのHPから転載致します。

どうぞ皆様振るって御出け下さい。

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戦没画学生の描いた街の風景を求めて銀座をさまよう

2010年11月18日 | 旅行記

200704171414213251 10年程前、東京ステーションギャラリーで「戦没画学生の遺作展」があった。ポスターには母のような女性が描いてある。出征する前に精魂込めて描いた絵だ。企画展では数十枚の油絵が展示してある。戦争で死んだ画学生の作品。家族の人物像が多い。征く前に寸暇を惜しんで描いている。時間が無くなり、未完成のものもある。

パンフレットに遺作画を常時展示している、「無言舘」のことが紹介してある。泊がけで訪ねて行った。

上の写真に示した無言舘は、長野県上田市、別所温泉近くの山中にある。車で、山の中を探しあぐねた末に辿り着いた。

鎮魂という言葉を連想させる、修道院のようなコンクリート製の建物がある。

戦没画学生の作品を常設展示している。館長が遺族を訪問し、一枚一枚集めた絵画である。建物に入って2番目の部屋に縦長の大きなキャンバスに高いビルヂングがあり、前の歩道に小さく通行人が描いてある。背景の明るい青空が白い都会風のビルヂングを浮き立たせ楽しそうな絵だ。間もなく出征して楽しかった都会生活とも別れなければならない。その悲しみが何処となく感じれる。都会生活への惜別の絵だ。

何故か印象に残った一枚。しかし無言館発行の絵画集には収録されていない。編集者の好みに合わなかったらしい。それだけに一層私の記憶に鮮明に残っている。

昨日、銀座で会合があった。出席する数日前から、「あの戦没学生の描いた風景を銀座で探す」というテーマを温めていた。散会後、小雨降る銀座の街々をさまよって歩いた。無い。無い。戦前の白いタイル貼りのビルヂングなど一つも無い。

そうだ。私の探していたのは建物ではなかったのだ。楽しい都会生活と別れて野蛮な戦場の生活へ飛び込む直前の悲しさ、緊張感が見える風景を探していたのだ。

現在の銀座の風景に其れが有る筈がない。あの絵を描いて、出征し、戦死した若い画学生の見た風景は消えてしまった。

その代わり、洒落た、楽しげな店店が並んでいる。戦没した画学生へそのような店の2枚の写真を供えて、冥福をお祈りします。悲しそうに小雨の降っていた夕方の写真です。

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少し考える。そうだ、敵国にも戦没した若い画学生が沢山居たに違いない。戦争の悲劇は勝った、負けたという事だけでは済まない。大きな傷跡が残る。

今日は若くして戦没した日本の、そして敵国の画学生の為に、そして残された遺族達の為にお祈り致します。藤山杜人