ヨーロッパ文化と言えば、キリスト教、油絵、クラシック音楽、などを思いつきます。
しかし身近な日用品を美しく飾った工芸技術もヨーロパ文化のもう一つの側面です。ルネ・ラリックは1860年にフランスで生まれ、1945年に死んだ天才的なガラス細工の職人でした。装身具、香水瓶からオリエント急行の壁飾りガラスまで実に多種多様のガラス細工を生涯にわたって作りました。箱根ラリック美術館には彼の一生の工芸品を数多く蒐集して展示してあります。その全てを見て回ると、精緻な細工と美しさに感動します。そして19世紀末のヨーロッパ文化の爛熟と退廃的な雰囲気が身近に感じられるのです。ガレー、ドームのアールヌーボウに共通する感覚です。そして彼の後半の作品はアール・デコなのです。
誤解を恐れずに書くと、その美には病的な影がつきまとっています。私は今まで「世紀末の退廃美」という言葉の意味が判りませんでした。今回初めて理解できました。
その上、工芸品と芸術品との境界があまりはっきり判りませんでした。しかしラリック美術館を見たお陰で、その違いを説明する事が出来るようになりました。
ルネ・ラリックのガラス細工は優れた工芸品で、それと対照的な物は、箱根彫刻の森にあるヘンリー・ムーア、ザッキン、ブールデル、などなどの彫刻は芸術品です。工芸品は美しく作った実用品です。彫刻は実用品ではありません。実用上は何の役にも立たない無駄な存在です。しかし人間に何故か感動を与える存在なのです。
さて下の2枚の写真でルネ・ラリックのガラス細工を説明します。上はオリエント急行のサロン・カーの仕切り壁にある3枚の半透明なガラスの飾り板と天井にある電燈のシェードがラリックの作品です。
下の写真はフォードの初期の乗用車のラジュエーターの止水栓の上を飾ったカーマスコットで、半透明のガラスの飾り物を示しています。
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箱根のラリック美術館には建物の美しい内装や浴室のガラス壁から多数の香水ビン、女性の装身具まであらゆる種類のガラス細工、金細工、宝石細工が徹底的に蒐集され展示されています。コティ香水会社のニューヨーク支店の建物の内外装の映像もあります。ルネ・ラリックの一生の息使いが感じられるのです。
このように一人の職人の作品を網羅した美術館は稀です。感動します。そして彼の作品が世紀末の退廃美を漂わせてるのです。
ヨーロッパは20世紀になるとロシア革命が起き、キリスト教を排除した共産主義国家が出来るのです。そして第一次世界大戦と第二次大戦が起き、大戦争の世紀を迎えたのです。世紀末の文化はその前兆だったのです。
そのような事を考えさせる箱根ラリック美術館です。そしてその近所にある箱根ガラスの森美術館は古代からベネチアガラスに至るまでのヨーロッパのガラス工芸の優れた作品を展示しています。ラリック美術館を理解する上で大変参考になりました。箱根に行ったら、この2つの美術館と箱根彫刻の森美術館をご覧になると面白いと思います。(終わり)