山・旅日記

クラブの仲間や家族と一緒に登山、トレッキング、旅行に出かけます。その時の様子を写真付きで紹介します。

ベトナムへの旅(2/8~14) その2(フエ市)

2013-02-19 21:07:08 | 海外旅行

2月10日 旅の3日目はベトナム中部の都市フエの観光だ。ここはベトナム最後の王朝、グエン朝(1802-1945)の都が置かれたところ。現在も残る王朝の建造物は世界遺産に登録されている。
この日はベトナムの旧正月の元日でいたるところに新年を祝う垂れ幕がかかっており、人々も新年の挨拶に出かけるので道路は混雑していた。

・2月10日朝 旧正月の元日 ホテルの前では華やかに新年を祝う踊り

・本日最初の観光はグエン朝王宮。堅固な城壁だ。旗はベトナムの国旗

・礼仁門をくぐり王宮内へ

・王宮門の前でも新年を祝う踊りが。見物人が多い

・池にピンクの色鮮やかなスイレンが咲いていた

・グエン朝王宮の次に訪れたのはテイエンムー寺。1601年に建てられた八角形七層の塔。フエのシンボル的寺院

    

・大勢の参拝客で賑わっていた

・ここの池にも真っ白なスイレンが咲いていた

・3番目に訪れたのはベトナム王朝ではもっとも善政を施したと言われる4代トウドク帝の廟。比較的質素なお墓だった

  

・参道脇に見たことも無い果物が見られた

・4番目に訪れたのは12代カイデン帝の廟。悪政を敷いたことで評判が良くない。自己中心的な王で生前に建てた廟は豪華

・王様の写真。なんとなくおっとりしているような感じだ

  

フエを離れ、150km南の、本日のお宿のあるホイアンへ。かってはヨーロッパとアジアの交易の中心地だった。時間があったので旧市街を散策。アオザイを着て盛装の親子を内緒で撮る

・ベトナムの人力車シクロに乗って市内見物

来遠橋は1593年ホイアンに住む日本人が建造したと言われる。別名日本橋。ベトナムのお札にも印刷されている

 

次回はミーソン遺跡観光(2月11日)をアップします

 

 

 

 



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4 コメント

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Unknown (magamik)
2013-02-19 22:03:51
こんばんわ~
今日は午前中は雪が舞う寒い日でした。

ベトナム旅行、旧正月のとても良い時にお出かけになられたのですね。
艶やかな衣装の踊りは素晴らしかったことでしょう。

テイエンムー寺、日本橋くらいは知ってましたが、他には知らないことばかりですので興味深く拝見させていただいてます。
民族衣装のアオザイ、いいものですね~。
男性は来ておられませんね。

人力車シクロでの市内観光はとても楽しそう!

ありがとうございました。



見るからに中世の町ですね~。 (オオルリー55)
2013-02-20 16:38:28
新興国のお正月は非常に賑やかでしょう。国民全部が
お祝いしてる感じですね。日本は最近そうゆう風潮が無くなりつつ有りますね~。国旗は無論門松も無くなりつつありますよ。特に都会はその傾向が強いですね。写真で見るとこの国が大国アメリカと戦って勝利したとは思えませんね。やはり民族意識が高いのでしょうね。東南アジアは
我々先輩の墓場ですね。まだまだ多くの人が眠って居るのでしょう。
magamikさん (高花六無斎)
2013-02-22 20:25:58
magamikさん こんばんは!
こちらは厳しい寒さが続いています。庭の紅梅が3週間遅れでようやく咲き始めました。

フエはベトナム中部の町ですが、日中の気温はホーチミンと変わらぬ暑さでしたね。2月10日は旧正月の元日で町はとても賑わっていました。新年オメデトウの垂れ幕があちこちで見られましたね。
この日はグエン朝時代の王宮と代表的な王様の廟を巡りましたがどこも沢山の観光客でしたね。
午後ホイアンの町の旧市街を人力車シクロに乗り巡りましたが、風情ある建物が多くありましたね。
日本橋とも呼ばれる橋には正直驚きましたが、江戸時代にこの地を訪れた日本の貿易商人が多く居たことに驚きました。
アオザイを着た女性を沢山見ましたが、スリムな方が多くアオザイが似合うようでした。
コメント有難うございました
オオルリー55さん (高花六無斎)
2013-02-22 20:43:38
オオルリー55さん こんばんは!

2月10日は旧正月の元日で、町のいたるところ"新年オメデトウ”の垂れ幕がかかっておりましたね。さらに新年の挨拶に親類を巡るバイクが道路に溢れていましたね。
最近の日本では、仰るように、正月の行事は質素になりましたが、ベトナムでは賑やかに行うようです。
殆ど家には国旗が掲げられており、役所ではプラスして共産党の旗もありました。
この国にはあまりでっぷりと太った人が少なく、男女ともスリムな感じの人が多いですね。この人たちがベトナム戦争でアメリカと戦って勝利したのは不思議ですね。

ただ、小生の推測ですが、この戦いは大国の代理戦争、かつ、民主国家VS共産国家の戦いで、裏から中国軍、ソ連軍が相当人的、物量でベトナムを援助したと思います。そうでなければ勝つのは難しかったと思いますよ。中国人、ベトナム人は風貌だけでは見分けがつきませんから。
今は中国とベトナムは敵対関係で、むしろベトナムはアメリカと仲良くしつつあります。国益を重視すれば敵・味方は絶えず変わりますね。
コメント有難うございました。

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