遺品整理中に発見された未公開・未完成だった作品。小川国夫らしい「透徹した」心、そしてそこから生じる外界の事物への、関わりのある人々への澄んだ「まなざし」をひしひしと感じさせる。
自伝的小説。主人公(語り手)の僕=剛二。旧制志太中学(現・藤枝東高校)時代、学徒勤労動員で用宗海岸にある小柳造船所に通っていた頃の物語。
漠然とした「死」への思いが切実なものとして感じられる日々。戦争末期(昭和19年夏から昭和20年夏)の一年間。「生と死」を日常性の中でとらえ続けようとした青年前期の心情を今また昇華した立場で見つめ直す。そういう小川の作風がよくうかがわれる作品。
これがどうして未完のままで終わって、そしていつしか埋もれてしまったのか?
解説で、原稿(コピー)の発見のいきさつと背景、出版に至った経過など詳細に書かれているので、ここではあえて触れない。ただ、「無題」だった小説に「動員時代―海へ」と名付けたのはちょっと・・・。同人雑誌『青銅時代』の名に借りたにしても、「動員時代」という言葉の軽さに不満すら。もちろん、今は亡き小川国夫にはなんの責任もないが。
「浩」ものとして少年時代の「物語」(あえてこう呼びます)にも珠玉のような作品があるが、この作品でも、感受性が人一倍豊かな青年らしい視線、初々しくもそれでいて老成された(人生を達観した)まなこを強く感じた。なかでも自殺した叔母さんの存在。剛二を「陸士」に誘おうとする、ホモセクシャルすら感じる副官の存在。そして、姉、母親。・・・。
印象的な場面は副官と遠泳をし、おぼれそうになった場面。大きな海のうねりと死への恐怖・・・。大海原、見え隠れする大地、副官の姿。助けられたときのたゆたう水音。・・・
副官と姉との逢瀬を垣間見る場面。
叔母との会話。
――死ぬのは苦しいことじゃないわよ。
――苦しいことじゃない・・・、そうだろう、それでなにもかも終わるからな。死は生のない状態だ。そいうことになるじゃないか
――そうじゃないわよ。死のことはだれにもわからない。どうなるかわからない。
苦しいことなのか、楽しいことなのかわからないわよ。
――苦しいことだ。どう考えたって、苦しいことだよ。
――あなたには解らない、叔母は眼を大きくしていった。まん丸く瞳が見えた。あの時見えた瞳孔が、今も見える。
そして、姉の失踪。副官も行方をくらます。突然の刑事の訪問。・・・
ばたばたと挿話が積み重なっていくまま、未完。
光あふれる故郷の海の、包み込む懐の大きさと、その中で地に足をつけた人々が織りなす、ささやかな、それでいて重たい、一人ひとりの、そして人々の、生の営み・深さを感じた。
自伝的小説。主人公(語り手)の僕=剛二。旧制志太中学(現・藤枝東高校)時代、学徒勤労動員で用宗海岸にある小柳造船所に通っていた頃の物語。
漠然とした「死」への思いが切実なものとして感じられる日々。戦争末期(昭和19年夏から昭和20年夏)の一年間。「生と死」を日常性の中でとらえ続けようとした青年前期の心情を今また昇華した立場で見つめ直す。そういう小川の作風がよくうかがわれる作品。
これがどうして未完のままで終わって、そしていつしか埋もれてしまったのか?
解説で、原稿(コピー)の発見のいきさつと背景、出版に至った経過など詳細に書かれているので、ここではあえて触れない。ただ、「無題」だった小説に「動員時代―海へ」と名付けたのはちょっと・・・。同人雑誌『青銅時代』の名に借りたにしても、「動員時代」という言葉の軽さに不満すら。もちろん、今は亡き小川国夫にはなんの責任もないが。
「浩」ものとして少年時代の「物語」(あえてこう呼びます)にも珠玉のような作品があるが、この作品でも、感受性が人一倍豊かな青年らしい視線、初々しくもそれでいて老成された(人生を達観した)まなこを強く感じた。なかでも自殺した叔母さんの存在。剛二を「陸士」に誘おうとする、ホモセクシャルすら感じる副官の存在。そして、姉、母親。・・・。
印象的な場面は副官と遠泳をし、おぼれそうになった場面。大きな海のうねりと死への恐怖・・・。大海原、見え隠れする大地、副官の姿。助けられたときのたゆたう水音。・・・
副官と姉との逢瀬を垣間見る場面。
叔母との会話。
――死ぬのは苦しいことじゃないわよ。
――苦しいことじゃない・・・、そうだろう、それでなにもかも終わるからな。死は生のない状態だ。そいうことになるじゃないか
――そうじゃないわよ。死のことはだれにもわからない。どうなるかわからない。
苦しいことなのか、楽しいことなのかわからないわよ。
――苦しいことだ。どう考えたって、苦しいことだよ。
――あなたには解らない、叔母は眼を大きくしていった。まん丸く瞳が見えた。あの時見えた瞳孔が、今も見える。
そして、姉の失踪。副官も行方をくらます。突然の刑事の訪問。・・・
ばたばたと挿話が積み重なっていくまま、未完。
光あふれる故郷の海の、包み込む懐の大きさと、その中で地に足をつけた人々が織りなす、ささやかな、それでいて重たい、一人ひとりの、そして人々の、生の営み・深さを感じた。