
鈴木清順監督の『ツィゴイネルワイゼン』の元となった「サラサーテの盤」を含む随想ともつかず短編ともつかない作品を集めたもの。文章表現のおもしろさは格別。特に「東京日記」「とおぼえ」「すきま風」など、読後にじっわとくる得体の知れないちょっと背後が気になるような恐怖感はただならぬものがありました。文学上のお師匠さん・夏目漱石には「夢十夜」という作品がありますが、読者を夢うつつの世界に導く巧みな構成は師をも越えている感じ。
他には、琴のお師匠さんだった宮城道雄の死を描いた「東海道刈谷駅」など多彩なジャンルの作品が取り上げてあります。
後の解説では、本来の解説文の他に、三島由紀夫が『日本の文学』34(昭和45年6月刊)に載せた解説もあわせて掲載されています。その中で、お化けや幽霊に関しては泉鏡花の作風と比較し、盲人の世界の感覚と心理については谷崎潤一郎『春琴抄』と比べて、そのたぐいまれなる語り口と姿勢を絶賛していたのが、今回読んでみての大収穫でした。
こうして文庫版でまとめて読むと(中にはすでに既読のものもありましたが)けっこう内田ワールドに引きずり込まれてしまいます。
細かな解説は譲ることにして、独特の浮遊感。さりげない日々の営みに潜む、非日常の世界。と同時に死者の魂と交流する生者の魂(生と死のあわい)の存在を感じます。その先は、それぞれの感じ方でしょうが。
・「御苑の暗い空から降り灑(そそ)ぐ大粒の雨は、花壇を包んで、檜皮(ひわだ)も油障子も突き破ろうとする下に菊花は闇をはね返して燦爛と輝いている。・・・」(菊の雨」)
・「ああやって、富士山が夜の内に根もとまで真赤になってしまうのではないかと思われて、私はいつまでも香りのいい風に吹かれながら、西の空を眺めて夜明けが近づくのを知らなかった。」(東京日記」)
・「先生の耳はどうだい」
「全くの木くらげよ、冷たくて」
目を上げて、もう一度私の顔を見据えた。
「かじって見ようか知ら、ごりごりと」
私が身構えたら目をそらして、「ウフッ」と云った。・・・(「ゆうべの雲」)
至極の文章作法です。