「腕は立つし、人もいい左官の長兵衛は、困ったことに大の博打好き。見かねた娘のお久は、吉原に身を売る決意をします。事情を察した妓楼の女房・お駒は、長兵衛を諭し、50両の金を貸し与えるが、その帰り道…。」
夜の部ラストは「人情噺 文七元結」。
故勘三郎が映画でも主演しており、中村屋にとっては馴染みの演目のようだ。
あらすじは比較的単純で、登場人物によるポトラッチの連鎖によってストーリーが展開する。
最初のポトラッチは、バクチ好きの父が作った借金返済のため、娘のお久が吉原に身売りするという、純正ポトラッチである。
その対価として50両を受け取った長兵衛は、その帰り道、回収した売掛金50両を道で掏摸に摺られたと錯覚し、身投げをしようとしていた文七に遭遇する。
文七は、両親を亡くした自分を大切に育ててくれたご主人・清兵衛に言い訳が出来ないというので、死んでお詫びをしようとしていた。
つまり、ポトラッチとしての自殺(=ここでは「疑似ポトラッチ」の方)を図っていたのである。
長兵衛は、親身になって話を聞くうちに同情し、「人の命は金じゃあ買えねえ」と、文七にポンと50両を渡してしまう。
「追い詰められた一人」を救うための行為であり、これ自体は正当なことと思えるし、一種のポトラッチと見ることが出来そうだ。
もっとも、後先考えない長兵衛は、文七の名前すら聞かずに走り去ってしまった。
家に戻ると、当然のことながら、大切な 50両を見ず知らずの人物に、名前すら聞くことなく渡したという話を信用しない妻・お金は、「またバクチで摺ったんでしょ?」と厳しく責める(七之助の名演技に本日一番の拍手!)。
すると、文七と清兵衛が、昨日のお礼ということで長兵衛宅を訪れ、50両を返却する。
50両は摺られたのではなく、客先の碁盤の下に置き忘れていたのである。
だが、どういうわけか長兵衛は50両を受け取ろうとしない。
そこへ鳶頭の伊兵衛がお久を連れて登場。
実は、文七からお久の孝行話を聞いた清兵衛が、文七が受けた恩義のお礼にと、吉原からお久を50両で身請けしたのだった。
これも一種のポトラッチと言えそうだ。
そして文七とお久は夫婦になるというハッピー・エンド。
・・・ポトラッチ合戦における給付と反対給付を見ていくと、最後に清兵衛が行なったポトラッチの代償は、「文七が受けた恩義」という話である。
要するに、長兵衛は、50両を文七に贈与したことにより、「お久が戻って来る」という反対給付を受けたのであった。
だが、長兵衛は、依然として、受け取った50両を債権者に返済する義務を負っている。
というわけで、借金を返済するまで、この話は終わらないのである。